【21】今、話せますか?【14】
◆ ◆ ◆
ハルルの元へ向かう途中。
高台を蹴って空に上がった時、ふと後ろを振り返った。
遥か西方の神峰連山へと夕日が沈み、あの稜線が燃えているように見えた。
夜が始まる東から西に掛けて、青と橙が不均等に混ざり合っていく空は息を飲む程に綺麗に見えた。
そして一番に思ったのが、恥ずかしいが……アイツに。ハルルに見せたらなんて言うかな、だった。
ただ何気ない綺麗な空を、見て綺麗だよなと言い合いたい相手がいることが。
おっと、これ以上は流石に恥ずかしいからやっぱ無しな。
……【迅雷】を──術技を自由に使ってる時は、こういう景色に感動も無かったのにな。今じゃ綺麗だって思えるのは……年取ったせいだと思うことにした。
ともあれ、俺が神峰連山を跳び越えたのが昼過ぎ。
もう夕方過ぎか。結構な時間が経ってしまっていた。
まぁ理由があるんだ。王都周辺に不響やら覗視やらが施されていたんだよ。引っかかると勇者が騒ぎ出しちゃうだろ?
だから結局、迂回した。わざわざ王都から見て南にある交易都市側から、海沿いを北上する形で東部地方へな。
王都の魔法をぶっ壊せばいいって? ──いや、もちろんその程度の魔法をぶっ壊して突破してもいいんだが……。
一応、王国の防御魔法みたいだろ。ぶっ壊すのが忍びなかったので、触らないでおいた訳だ。
足に違和感。雷が弱まってるな。足を取り巻く稲光が震えている。
粉切れだ。
待て。ヤバい奴って訳じゃないからな! あくまで魔法の媒介だ!
と、とりあえず、手近なのは……あの灯台だな。
灯台の上に着地し、背中の鞄を下ろす。
しかし……まずいな。今度は『5分もせず』にタイムオーバーか。
この『雷を粉末にした白い粉』によるブーストは使えば使うだけ『使用時間』が少なくなっていくらしい。
あれか、体の中に耐性が出来る、的な? 違うか。まぁ燃費が悪いのだ。
「……乱用は控えるようにと処方箋にゃ書いてあったが……これは使わないと俺、空走れないからな……」
鞄の中の『駄目絶対にしか見えない白い粉』は、あれだけあったのに、もう半分以下になっていた。
ちょっと使い過ぎなのだろうか……。
まぁ結構な距離を迂回してしまったから、本来使う分の倍になってるんだろう。
それにしても。
俺は、東の方を睨む。あの雪厳連山の方。
少し妙に感じた。
……本当に攻め込んできてるのか?
いや、確かに、戦闘があったような雰囲気は感じる。だが、大軍が攻めて来た、という感じがしない。
軍団が攻めてきたら普通、この距離ですら『何かしらの変化』が見えるもんだ。
軍団が進んだ時の土煙しかり、戦闘の声しかり……。多少は、だが。
いや、油断は出来ないな。
少数精鋭の先攻部隊が好き勝手暴れてるパターンも、《雷の翼》みたいに遊撃隊が出てきているパターンだって想像できる。
……それにしたって、妙だよな。
帝国側の動きが。……いや、考えたって仕方が無いか。
俺に出来ることをしよう。
ともかく様子を見ながら進んだ方が良さそうだ。
◆ ◆ ◆
「ぶひゅひゅ。聞いたよ? え? ナズクル、キミ。悪魔みたいな選択したってぇ? ぶひゅひゅ」
巨漢。脂肪を塗り固めて作ったようなその大男は、顔に埋まったような眼鏡を指で掛けなおして、下卑な笑顔を浮かべていた。
その大男の名前はパバト・グッピ。人間に擬態こそしているが、生粋の魔族だ。元四翼という魔王腹心の立場だったが──その異常性から戦時中の魔王国からも『異端視』されていた存在だ。
そんなパバトは、この部屋の主──赤褐色の髪の男と組んでいる。
部屋の主の名前はナズクル・A・ディガルド。──王国の参謀長にして一時的な措置としての『国王代理』を務める男だ。
「常識的な措置だ」
「東側の地域を半分以上見捨てるんだってねぇ?」
「……盗み聞きか。どうやって聞いた」
「ぶひゅひゅ。どうやったと思う??」
パバトはニタニタ笑いながらソーセージのような指を一つ立てると──ナズクルの肩から何かが飛んだ。
蝶。と思ったがすぐにそんな美しい物ではないと気付く。
それは『耳』。二つの耳がくっ付き、蝶のように擬態しているだけの、耳だ。
「僕朕の術技で作った『耳の蝶』だよ。可愛いだろ?」
「……ふん。悪趣味だ」
「ぶひゅひゅ。東部を戦場にする選択をした非人道的な王様よりかは趣味悪くないと思うけどなぁ」
「パバト。お前の口から人道主義が出てくるとはな」
「ぶっひゅっひゅ! 僕朕はいつだって人間を愛してるからねぇ!」
「……ふん。気色悪い」
ナズクルはパバトの言葉を鼻で笑い飛ばしてから椅子に腰かける。
「まぁ、僕朕的には本当に色々と意外だったよ! 僕朕かあのユウを東に送って収めるかなぁとか思ってたからさぁー!」
「戦力を無駄にする訳にはいかないからな」
「うん?」
「あの東の戦闘は──帝国側の陽動作戦だろうからな」
「え……そうなの?」
「ああ。やり方が露骨だし、使い古された手だ。主戦力を優位な土地に誘き出し、全方位から叩く」
「はぁー、なるほど。東部地域は共和国とも隣接してるし、あれか、戦闘中に後ろからズドン! ってやつですなぁ、ぶひゅ」
「そうだ。しかもその後ろからというのはきっと『もっと別の所』もだろう」
「別の所?」
「ああ。『獣国』か、または『砂の国』か。まぁきっと昨夜と同じように軍事担当の勇者が今にもこの部屋に──」
『こんこんこん』──ノックの音が響いた。
「わお。予言者!」
「パバト。分かっての通り、その辺に隠れて出てくるなよ」
「ぶーひーどーきー。あ、オッケーって意味だぉ」
パバトをシカトし、ナズクルは立ち上がる。
ノックの音がまだ続く。
「今開ける」と乱雑に呟いてからため息を吐いてから、扉を開けた。
「次はどの国が兵を──っと」
ナズクルは扉を開けてから、目を少しだけ見開いた。
予想が外れた。そこに居たのは。
「ナズクルさん──今、話せますか?」
「ユウ。どうした?」
いつになく真剣な顔の少年然とした男──ユウ・ラシャギリがそこに立っていた。




