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【21】これは勇者への報復デス【13】


 ◆ ◆ ◆


「上層部は現状の緊急性を理解しているのかッ!」

 熊顔の毛深い大男が、声を押し殺しながらも激しい怒気で言い放つ。


「お怒りご尤もですがマクベーアさん、声を荒げると傷口が開きますッ! それに」

「分かってるッ静かにするさ……!」


 暗い空。風も強く雪が降り始めて視界不良。

 この山の中腹から山頂付近は極めて見えにくいが──その白暗(ホワイトアウト)した山頂にも、その巨大な要塞はシルエットとして見えていた。


 ここは帝国領と王国領の間にある連山──雪厳連山(せつげんれんざん)

 その連山の中でも一番背の高い山の頂上にあるのが──あの『雪厳要塞』だ。


 王国の所有する要塞の中でも、最も堅牢と謳われている要塞である。

 まるでハリネズミが丸まったように無数の棘が立っている奇妙な要塞だ。もちろんその棘には意味があり、魔法防御や魔法攻撃を行う装置となっている。


 その要塞から1時間ほど王国側に下ったあたりに別の拠点がある。

 彼らはそこから要塞の動きを注視しながら、旅鞄(キャリーバッグ)程ある無線機の上に足を置いていた。

「けどよ、王都の連中は俺たちの言葉をまっすぐ小便(・・・・・・)も出来ない(・・・・・)酔っ払いの『戯言』だと思ってやがる」

「ええ。本当にそうですね。どっちも(・・・・)信じられないけど事実ですから、応援も来ない」

「酔ってはいたが、事実は事実だろッ」

「ええ。だから更に厄介です。──どうにかあの要塞から『逃げ出した我々』が伝えた情報がまともに取り合われないのは。

それに……あの後、かれこれもう15時間以上たちますが……帝国は嘘みたいに静かなんですから……」

「まぁ……そうだな。不気味だ」

 『ザザッ』と、ノイズが走る。踏みっぱなしの無線機から足を退けて、受話器を取った。


『こちら五号拠点。雪厳要塞の状態はどうなっているか、伝達をしてくれ』

「伝達!? お前、連絡は聞いていないのかっ!?」

『聞いている。ただ君たちは命辛々逃げてきたんだと聞いた。だから正常な判断が出来なか──』

「はぁ?? 何言ってやがるッ!」

 念話の魔法が込められた無線機から発された言葉を遮って、受話器に向かい男は低く怒鳴る。

『冷静になってくれ。いいか、繰り返すぞ。帝国側が要塞へ攻撃を仕掛けたはずだ。帝国側に要塞はどのように傷つけられたかを送れ。砲撃か、魔法爆撃か? ともかく状態は──』

「お前らこそ冷静に聞いてくれ……! 最初に言っただろ」

『冷静に双眼鏡を覗け。正しい状態を』



「だから言ってるんだ! ほぼ無傷だってな!」



『……本当にそうなのか』

「くどいッ! 俺たちだって信じたくなかったが、要塞の機能は半分以上、いや、殆ど無傷で生きてる! 急いで砲撃系の術式は破壊してから来たが、それでも修理されたら使える程度だ!」

 マクベーアの懸命な言葉だったが──受話器の向こうは溜め息をついていた。


『……分かった。じゃぁ敵はどの規模の軍隊だ。100か、1000か』


「一機だ!」

『何?』

「聞こえなかったのかよ! 一機だ、一機!! それも先に報告した! ちゃんと届いてないのかよ!」

『……こちらの落ち度のようだ。分かった、一機なんだな。機ということは帝国の新型の竜車と言うやつか?』

「違うっ。おい、ゾッとする話まで伝わってないのかッ! 

ちゃんと伝えたぞ! 王国民なら誰だって知ってるやつだって! 相手は、死んだはずの──」






「人を幽霊(ゴースト)みたいに言わないで欲しいデス! 

未確認生命体(ユーマ)よりも遥かに現実的な存在なのデスから!」






 長い藍色の髪と兎のような機耳(みみ)を灰色の雪風に揺らし、ほのかに光る深蒼明(ネイビーライト)の瞳が二人を捕捉(ロック)した。

 両腕は機械。服装はメイド服。

 後ろ首から赤と青のケーブル。ただその、機械的でなく、人受けする人懐っこくも凛々しい顔立ち。

 ──王国民なら誰でも知っている人物。

 彼女は《雷の翼》に所属していた『機人(ヒューマノイド)』の女性。そして『今は無き機人国(ヒューマノイダム)の姫殿下』。




「メッサーリナッ!!」




 鋼鉄の少女は微笑み銀の円盤。まるで馬車の車輪のような大きさの円盤が光る。

 べらぼうにデカいその武器は──『巨大なピザカッター』だ。そのピザカッターを軽々と鋼鉄の少女は振り上げる。同時にピンが宙に飛んだ。



「メッサーリナ? ノンノン──『リナ(リナ)』デスよ、ワタシは」



 駆動(ローター)音が響き渡る。煙が吐き出され、円盤(カッター)が自発回転する。

 それは最早、回転刃(チェーンソー)だ。それも特大の。

 振り下ろされる。


「ッ!!」


 マクベーアは通信中の無線を持ち上げてその刃を受け止め──。


 火花が散る。

 蛇口を手で塞いで激しく飛び散った水のように、細かく勢いの激しい目が眩むほどの火花。

 




「粗悪な鉄では、止まりまセーン、よ」




 ──受け止めきれない。


 鉄の円盤刃は、そのまま石の床へ吸い込まれる。

 床がプリンのような素材なのかと錯覚してしまう程、柔らかく円盤刃は刺さっていた。


 まるで切ったリンゴのように、真っ二つになった『赤くなった』無線機。

 左腕と、左の足首が転がった。マクベーアの、左腕と足首が──おもちゃのように簡単に取れた。


「アアあぁァああッ!!」

「マクベーアさんッ! くそ!」

 隣に居た男が遮二無二に片手剣を振り下ろす。

 メッサーリナ(リナ)は──避けもしない。



「ワタシの元存在(オリジン)は──メッサーリナは勇者でした。

しかし機能停止(しんでい)るそうデース。 何故、機能停止(しぼう)に追いやられたデス?」



 『キィン』という甲高い音。

 男は目を見開いてその剣を──その剣身を見る。



 メッサーリナ(リナ)の額に振り下ろされた片手剣は、折れた。そして剣身は、雪の上に今、刺さった。



「ワタシには過去の記録(データ)は少ない。少ないですが、知ってることあります」

「なっ、な」





元存在(オリジン)は勇者に盾にされて機能停止(しんだ)

これ──事実デスね。記録、バッチリデス」




 乱雑に。横薙ぎにされたピザカッターが壁と窓ガラスを切り裂いた。

 そして、そのついでと言わんばかりに──男の脇腹辺りから真横に。

 上半身と下半身を分けた。


「い、ぁ。痛ぁ、ぃい……ァ!」

 転がった男はまだ意識があった。涙で顔を歪めながら体を震わせる。

 その男の前に、メッサーリナ(リナ)は立つ。





「これは勇者への報復デス。──絶望を与えた『憎むべき勇者』を地上から根絶しまス。

と──マイマスター・フェイン様が仰っておりましたデス」




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