【21】三角フラスコのような小瓶【11】
──魔族自治領の『議事堂』。
今はヴィオレッタたちの拠点となっている煉瓦造りの五階建ての建物だ。
そこの三階にそれなりに広いスペースがある。
元は会議室だったらしきその部屋は今、ポムッハという少女の研究室となっている。
その場所で──ハルルは言葉を失い、何とか見つけた言葉は『今、ポムッハから言われた言葉』だけだった。
「ぼ……爆機槍が……元に戻せない、って……。本当ッスか?」
「そうなのだ。元には」
「や! やっぱり私が! 粉々にしてしまったからッスか……?」
「あ! いや、その! 勘違いしないで欲しいのだ!! ハルルが武器の原型を保たないくらいのメタメタにぶっ壊したせいじゃないのだ!」
「うぐ」
「くすくす。無自覚に相手にダメージを与える手合いだね。好き」
「ち、違うのだ! 流石にこれはぶっ壊しすぎだなぁとか思ってないのだ!」
「ぐは」
「くすくす。まぁハルルちゃんは武器の扱いは悪い方だからすぐ壊しちゃいそうだもんね。あくまでイメージだけど」
「ぎゃん」
ハルルが白くなってその場に蹲った。
そういうつもりで言った訳じゃないのだ! とポムッハが懸命のフォローを叫ぶがハルルの体力はもう無いようであった。
ハルルを(いじ)愛でてから、ヴィオレッタはポムッハを見直した。
「でさ。実際はどうして直せないの? 教えてよ」
「えーっと。ハルルにあげた『爆機槍』は元々ポムがギルドの受注を受けて作っていた『弾填槍』という試作武器が下地になっているのだ。
弾丸や魔法を装填して時には遠距離攻撃、時には魔法槍となる武器、という新武装だったのだ。
でも、せっかくハルルにプレゼントするモノなら、ハルルが使いやすいように『作り下ろし』──量産が前提に無い武器を仕上げようと思って作ったのが」
「『爆機槍』な訳ね」
「なのだ!」
「だったらますます不思議。貴方みたいな発明家さんなら、魔法機構の設計図面とか構文回路も残ってるでしょ?
魔法発動装置が特殊なのかもしれないけど、多分、大抵の物なら入手出来るよ。ジンが」
「サーキット? スクリプト? コンパイラー?
最後のは格闘技の技ってことは分かるんスけど……」
「パイルドライバーじゃねぇのだ」
「よくコンパイラーからパイルドライバーに辿り着けたね。私何も理解できなかったよ」
ヴィオレッタが呆れてため息を吐くと、ポムッハはカラッと笑った。
「もちろん、データは全部あるのだ。素材も必要な分は入手出来るのだ。ジンが」
「え、じゃぁ何で」
ポムッハは頬を掻いてから、ゴーグルを下ろした。
「今のハルルに、爆機槍が追い付いていないのだ」
「え?」
「ハルルは、強くなったのだ」
「ええ?? そ、そうッスか?」
「そうなのだ。爆発の魔法は結構な魔力を消費するのだ。ハルルは魔法の才能も高いのだ!
至銀で作った魔法機構が内部から焼け焦げていたのが何よりの証拠なのだ!」
「ひゅぅ。至銀製の回路で熱限界起こしたんだ。やるね、ハルルちゃん」
「え、ええっと?」
「腕力が付いたことを自覚し難いのと同じで、魔力もおんなじなのだ!」
「ちょっと専門用語が多すぎて追い付けてないんスけど……」
「まぁ……単純に言ったら、ハルル。──元の爆機槍には戻せないのだ。
代わりに──爆機槍で得たノウハウを生かし、強化改修した爆機槍をハルルに渡したいのだ!」
「お、おお! 本当ッスか!!」
「もちろんなのだ! ただ、それにはルキの力が必要なのだ。
だからまだ作れないのだー。ごめんなのだ……」
「いえいえ! 大丈夫ッス! ありがとうございますッス!」
「……いや、待って。解決していない。ポムちゃん。
ハルルちゃんに代理の武器とか貸してあげられない?」
「え? どうしてなのだ?」
「この後すぐにハルルちゃんを東に転移させなきゃいけなくて。それで爆機槍を取りに来たんだよね」
「ああ。そういうことだったのだ? うーん。代理の武器……家にはあるのだけれども……」
「いえ! 爆機槍がないならそれはそれで大丈夫ッス!
実は一応、護身用であんまり使ってないんスけど。以前、ジンさんに貰った短槍があるので!」
「「ジンさんに」」
二人が同時にハルルを覗き込んだ。
「え、ええ……? い、いや別にプレゼント的な物じゃなくて」
「そこじゃない」「のだのだ」
「え。ええっと??」
「師匠、じゃなくて。ジンさんって呼んだね」
「んふふふ、なのだぁ。呼んだのだぁ」
「! い、いや! それは言葉のチョイスミスというかなんというかでッ!!」
「くすくす。二人でいる時はジンさん呼びなんだね?」
「ハルルの方は何て呼ばれてるのだぁ?」
「そ、それはっ」
「きっとあれだよ。マイハニーとか呼ばれてるんだよ」
「ありそうなのだ!」
「なっ! ないッス!!! べ、別に! 普通に呼び捨てッスもん!」
ハルルが顔を赤くするのを見てポムッハはにやにやと笑い続けた。
ふと──ヴィオレッタはくすっと微笑んだ顔から、目を少し細めた。
「? ヴィオレッタさん? どうかされたッスか?」
「ううん。なんでもないよ。ハルルちゃん。とりあえず準備が整ったなら行こうか」
「了解ッス! じゃぁポムさん行ってくるッス!」
「行ってらっしゃいなのだ~」
ヴィオレッタはその場で自分の右手首をぺろりと舐める。
じゅぅ、と溶けるような音に呼応するように──舐めた右手首から黒い靄が血のように滴り始める。
「それ、本当に痛くないんスか?」
「うん、全然痛くないよ?」
「ならいいんスけど。転移魔法を使う度に毎回、『血を使わせてしまう』ので……」
「ああ。うん。確かに最近は魔法使い過ぎて『結構ギリギリ』だけど……こういう時の為に保険があるから大丈夫。ほらこれ」
それは三角フラスコのような小瓶だ。
中で黒い靄が魚のように躍った。
「! なんなのだー! それー!」
「? あ、ヴィオレッタさんのお得意の瓶!」
「ポムちゃんは初めて見るね。いいよ、見て。はいどーぞ。割らないでね」
「わっ。な、なら投げないで欲しいのだーっ!」
「くすくす。ナイスキャッチじゃん。
私の靄は魔力をストックさせられるみたいだからね。気付いた時から貯めてるんだ。
その瓶は、この後来るジンを運ぶ分ね」
「いっそ、術技使わずに魔法を編んだら駄目なんスか?」
「んー。寧ろ術技を使わずに魔法を使う方が『魔力効率』も悪いし『発動速度』も掛かっちゃうから」
──ヴィオレッタの術技は【靄舞】。それは血を『魔法を保持する靄』に変える術技だ。
平たく言えば、靄に炎属性を与えれば炎の靄になり、鉄化させれば剣にも出来る。
これを応用して彼女は転移魔法を簡単に操っている。
本来、転移魔法での大幅な移動は賢者ですら数分から数十分の準備時間を要するのだ。
二人を中心に、靄が広がる。
それは、まるで大きな薔薇の花弁のような靄で描かれた紋様だった。
「……ヴィオレッタさんの魔法って、なんか綺麗ッスよね」
「? そう? はじめて言われた。くすくす」
「なんかこう……上質なレースみたいな。お土産屋さんで売ってそうな模様で好きッス!」
「それ褒めてる?」
「誉めてるッスよ!!」
「ま、いっか。くすくす。悪い気はしないし、じゃ。酔っぱらわないようにね」
「酔っ!? それって自分で制御出来る問題ッスかね!?」
「くすくす。『簡易転移』──『転移せよ』」
少し楽し気に──ヴィオレッタはそう呟いた。そして、靄が青黒く光る。
まるで逆再生のように、地面に広がった薔薇の花弁が蕾に戻るように二人を包んだ。
光も無く、煙だけ残して──二人は消えた。
「転移魔法、便利そうなのだ」
手の中の瓶を光に透かす。
靄は形を変えて動いている。それは黒い煙にも見えるし、質量の無い血にも見える。
「解析したいのだぁ……ちょっと開けたら怒られっかな?」
蓋の辺りを指で撫でる。
ポムッハ・カイメ・バルティエ。彼女はハルルと同い年だ。
だが、勇者の階級は上。それはひとえに彼女の研究成果が広く認められているからである。
彼女は、研究熱心であり好奇心旺盛だ。
「なーんて!! 流石に弁えてるのだ! 開けてお釈迦にしたら洒落にならないのだ!」
なははーと笑いながら小瓶を机の上に置──かない。
ポムッハはゴーグルを外し真剣な顔で天井の明かりに瓶を透かす。
(……術技は靄。瓶詰ということは揮発性。……空気の流入がないスポイト的な物で拾えば……。
瓶自体は市販だから、火点杭で下から穴を開けて……。気圧とか弄って逃げないようにすればいけんじゃね?
ちょっとだけ。先っちょだけ。ちょっと拾って研究を──)
「何やってんだ?」
「びゃっん!!?」
パリンと綺麗な音が立つ。分かりやすいくらい綺麗に割れた音。
「「あ」」
背後に立って声を掛けたジンが悪いのか。
手を滑らせたポムッハが悪いのか。




