【21】教えてくれないか【08】
◆ ◆ ◆
──ハルル・ココという女の子は、俺の、……照れくさいが。その。……恋人である。
いろいろあってデートもまだで、恋の進展率は行って4%弱。
そんな関係値ではあるが──(認めていないが)師弟関係で半年以上は一緒に生活をしてきた仲でもある。
傲慢かもしれないが。アイツの──ハルルの考えてることは多少は理解しているつもりだ。
だから。
ガーが『ハルルが屋上で泣きそうにしていた』と教えてくれた後に、『センスイさんのことをまだ気にしているんじゃないか?』と話したんだが……俺は、そうじゃないと思うんだ。
いや。ガーの推察は理屈には合う。昨日の夜、色々話したとはいえ傷は癒えていないのではという推察は、正しい推察だ。
だが……俺は違うと思う。それは『ハルルの性格じゃあり得ない』って思う。
アイツは。他人の為に自らを犠牲にすることを厭わない奴だ。
それくらい他人に対して親身になれる。大切に思える。
その根源って、まぁ多分だけど『人の気持ちを考えられる奴だから』だと思う。
だから、いつまでも落ち込まない。
いつまでも落ち込んでいることが回りに『心配をかける』ということを知っている。誰に対しても不義理にもなることを分かってるんだ。
一人になって落ち込んでいた、という可能性も無くは……いや、無さそうだな。
ともかく。
俺は──屋上の扉を開けた。
風が冷たい。海が近いのもあるだろうが、もう上着を着なきゃ寒い時期だな。
ハルルが見えた。ちょうどここから横顔が見える。
確かに少し憂い顔だな。鉄柵に肘なんか乗せて、雲を見上げている。
ただ、その顔は……泣きそうというより──。
あ。俺に気付いた。
「あれ、師匠! どうしたんスか?」
──白い髪が風に靡く。柔らかい笑顔はいつも通り柔らかい。
どこからどう見ても普通。いつも通りのハルルだ。
ただ、やっぱり。少し変だな。ただ寂しそうでも悲しそうでもない。
あの顔は『何か心配ごとがある』顔……か? いや、完璧には当てられる自信はないが。
「ん。ああ」 とりあえず、どう声を掛けるか。
お前に会いたくて……は、無理。照れる。
風に当たりに来たんだ……は、やべぇ。カッコ付けすぎだ。
「師匠?」
ああ、そうだ。爆機槍が壊れたことから話題を広げていこう。
『お前の武器が壊れたけど今後どうしていくのか』って、言う感じで喋るか。
お前のことが心配で……は、直球過ぎるしな。
「どうしたッスか?」
「ああ。お前のことが心配で──」
「え? 心配?」
言い間違えた。……言い間違えたッ。
「あ……いや。悪い。えーっと」
やべぇな。どうにか言い訳を──。
「えへへ。師匠には何でもお見通しなんスね」
「……──そりゃな。当たり前だろ」
──出せる限りの低い声を出して、その勘違いに全力で乗っかっとこう。
「でも──大丈夫ッスよ! ちょっとだけ、気になっちゃっただけなんで」
「気になっちゃった?」
「いえ。……その。でもやっぱり。今は、気にしている暇はないッス。
ナズクルさんたちに宣戦布告もしましたし、予定通り迎え撃つ準備をしないとッスから!
罠に戦闘容易にチーム分け! いろいろ忙しいッスよー!」
「でも気になることがあるんだろ?」
「いえ。大丈夫ッス! 本当に気にしなくていいんで!」
ハルルが笑ってから、歩き出した。
「いや、ハルル。気になることがあるなら言えって」
「本当に大丈夫ッスから! それより早く部屋に戻りましょうッス! 風も冷えてきましたし!」
俺の隣を抜けようとした時──反射的に。
「……ジンさん」
その右手を掴んでいた。
「言いたくないなら、無理に言う必要は無い」
通り過ぎる時にハルルの右手首を握ってしまった。振り返って見てもハルルの表情が見えない。
「お前は、心配を掛けないように思ったことを言わないんだろ。
けどな。俺にくらい思ったこと言っていいんだ。俺に……その──」
──なんて言えば、俺の気持ちは伝わるだろうか。
俺が考えてることを、思ってることを、どうすればちゃんとハルルに伝わるんだろう。
飾りっ気無しに、ただ伝わって欲しい。
不思議だ。なんか考えれば考える程、不思議だな。
俺が、お前の恋人だから言って欲しい──『訳じゃない』。
皆に心配をかけるから言って欲しい──『訳でもない』。
俺は単純に──。
「……ジンさん?」
「──教えてくれないか」
「え?」
「お前が、どうしてそんな顔をしているか──俺は単純に知りたいんだ。
今のお前の顔は、悲しいとか寂しいとかじゃなく、『心配そうな顔』だ。
不安と言い換えてもいい。何でそんな顔をしているのか、知りたい。だから──教えてくれ、ハルル」
お前が何に悩んでいるのか、心配しているのか。
俺は知りたい。だから。
手を離して、振り返る。ハルルも振り返ってくれていた。
目と目が合った。その翡翠色の大きな目が、光ってるみたいだ。
「ジン、さん」
「悪いな。俺、気の利いた言葉は全然出ねぇから……カッコ付かない台詞になっちまう」
「そんなことないッス。ジンさんは──本当に。ほんと……」
「?」 ん? なんだって?
ぽすん、とハルルが俺の胸に額を押し当てた。
細っこい手が俺の肩のあたりに触れる。
これはこのまま抱き締めるか? ──いや、このままにした方がいいか?
「……家の。ことなんス」
「家?」
「はい。私の──実家、のことッス」
ハルルの実家? 確か、宿屋兼農家のご実家だ。
十年前──俺が勇者だった時代に立ち寄った。
確か、そう。魔王陣営との戦闘が激化した頃だったが、サクヤのお家騒動と神聖国との諍いがあって急遽ルートを東に切り替えて雪禍嶺を後にした時の──。
東。
「帝国の侵略……ということは、北東の国境の、雪厳連山を越えた、っていうことッスよね。もしかすると、その」
気付いた。
このまま侵略がなされたら。
「お前の故郷が、危ない」




