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【21】皇帝フェイン・エイゼンシュタリオン【07】


 ◆ ◆ ◆


 ──それは、つい先日。

 魔族自治領発足式典があったその二日後の話。

 共和国領 クオンガ 外交官邸『白鷲館』。


 その日、一部の国賓たちは『帝国の招待の元、共和国領へ』招かれていた。それも秘密裏に。


 磨き上げられた白い大理石。豪奢なシャンデリア。

 食堂にあるような純白の長机──その部屋に彼らは居た。


 この場に居るのは──著名な人物らばかりだ。

 特に、王国で新聞を取っている人間なら必ず一度は見たことのあるような著名人たちが居た。

 『砂の大国の第三王子』。『東の列島の皇国の将軍』。『共和国の外交特使』。


 それだけでも新聞各社が報道したくなる程の顔ぶれだというのに──更にまだ著名人たちは座っていた。

 それは、今回の王国式典に参加していない国の人物ら。


 『海の国の特使』、『神聖国の執政官』。

 そして、『獣国の第一王子』。


 彼ら六名の重鎮は、言葉の一つも発さず音も立てない。

 ただ重苦しい空気が立ち込めていた。それこそ、低位(ヒラ)の役人がその場に居たら泡を吹いて気を失ってしまうような雰囲気であった。


 その重苦しい静寂を、扉が開く音が割って入る。

 かつんかつんと、音を立て──歩むのは一人の青年だ。

 青白い肌に、神経質な顔立ち。その吊り上がった細い目は周りの人間を小馬鹿に見下すような狐の風貌を彷彿とさせる。

 真っ黒な髪に黒い目は、帝国領の人間らしい色合いだ。

そして、かなり若く見える。いや、本当に若いのだろう。まだ10代後半か、行っていても20代前半だろう。

 白い襯衣(シャツ)灰色(グレー)のパンツスタイル──『低位(ヒラ)の役人』を絵に描いたようなラフな格好の男は、どこまでも阿呆のような笑顔を浮かべ──中央の椅子に座り、足を組んだ。


「やぁやぁ。どーもお待たせ! 第88代エイゼンシュタリオン帝国皇帝フェイン・エイゼンシュタリオンだよ!」


 彼を始めて見た一部の国の人間が混乱の表情を浮かべた。

 それを見てフェインは「見た目通り、この若造が皇帝だよ! もっと威厳がある奴が出てくると思ったかな?」と言葉を投げた。

「い、いえ。失礼致しました」 白いマントを羽織る老紳士が苦く笑う。


「気にしなくていいよ? まー! でも驚くよねぇ! 若すぎるもんね! 

でも間違いなく、このぼくが皇帝だよ。前皇帝も皇子も退けて玉座に付いた。

悲しかったけどね、兄弟同士で玉座を巡って戦い奪い、殺し合い!! 

血で血を洗う数多の戦い! ああ! あ、この話聞きたくない??」


 どこか芝居がかった喋り。独特な甲高い声に、彼を知らない老紳士は面食らってしまう。


「まー! いいね! とりあえず、楽しい楽しい本題を話そう! 

今日、みーんなに集まって貰ったのは他でもない! この話をする為に集まって貰ったんだよー? 

ねー! 最近さ~──」






「──王国、調子乗ってね?」






 フェインの狐目(ひとみ)が黒く光ったように見えた。

 誰もが息を呑み、彼の言葉を咀嚼する。


「王国が、調子に乗ってる、とは」

 老紳士が訊ねると、フェインは「そのままの意味だよー?」と笑い顔を作って返した。


「魔族を打ち払ったのは王国の力のおかげだ、って奴らは本気で思ってる。ぼくらがどーれだけ援助したか! 試算したことはあるかな?? 最後の5年だけでも城が200個は立っちゃう程なんだよー??」

「……安全保障上、やむを得ない策だったのではないのですか。フェイン殿」


「おいおい! 常識的なツッコミかっ! ははっ! まぁそうらしいね! 

だけど今はそんなの関係ない。結果、ぼくらに還元は何かあったかなぁ?? 

ないよねぇ? いくらかの領土解放と返礼金。それから、ほーんとに僅かな報奨金だけ! 

これじゃあぼくらは満足できないよね」


「……なるほど。それで今回は集まって、新たに条約を作ろうと」

「あー、違う違う、全然違うよ」

「え?」






「王国、奪い取ろう、って話だよ」






「奪い!?」「それは……皇帝殿。流石に」「戦争であるか」


 足を組みなおしてフェインは笑い、頬杖を付いた。


「ラッセル王は行方不明だろ? 王国の指揮系統は参謀って言っても元武人の男が握ってるだけ。

で、王国国内で収めてた魔族が魔王を立てた。

そして王国と対立する形になってるよね? つまりー、王国は内部分裂中だぁ!」


「つまり、王国の混乱に乗じて宣戦布告をすると」

「人聞きの悪い言い方をしないでくれ! まー! 結果的にそーなるんだけどね! はは!」

「皇帝殿。あまりにも人道から外れているのでは」

「かもね! だけどさー。ねぇ、みーんなに言いたいんだけどさ」

「?」




「ぼくら全員、王国のことは嫌いだろ?」




 冷たく。どこまでも凍ったような声が打ち付けられた。

 フェインの言葉に誰もが言葉を失う。

「まー! 同盟国や付き合いが長くてそんな嫌いじゃない国も今はあるかもしれないけどさ! 

王国なんて基本ベースは『クラスに一人はいるガキ大将』でしかないじゃん」


 フェインは笑いながら言葉を続けた。

「他のクラスの悪ガキと戦う為に煽てて置いたはいいけど、その悪ガキがもう居なくなったなら、もうこのクラスに要らないっていうのが本心だと思うけどねー! ぼくは!

そして、王国はただのガキ大将じゃあない。実力は竜! 王国が元気な時には誰も戦えない相手だよねー! 

だから、今を例えるなら、王国は頭が捥がれた竜だ。

またとない機会に、竜の腹の中じゃ別の病気(もんだい)が暴れて戦う力も削がれてる。

()なら今しかないと思うがね、ぼくは」


 フェインの言葉に、浅黒い肌の青年が、「だから我々を呼んだのか」と呟いた。

「ぴんぽんぴんぽーん! ダークエルフは頭がいいねぇ!!」

「……砂漠妖精人(デザルト・アルヴ)だ。その呼び方は」

「あー、差別用語なんだっけえ? ぼくァ別に差別してるつもりはないんだけどねえ、耳尖りくん(アルヴルムン)。まーいいさ」

「……どういうことだね。だから我々を呼んだ、というのは」

「まー。神聖国の執政官サマは察しが悪いねえ。説明するよ」


 フェインは何も知らないような笑顔を浮かべて手を叩いた。


「王国は、現在は7つの国と面してる!

まー! どの国も容易には越えられない国境があるけどね!!」


 北方、雪禍嶺(せっかりょう)を挟んで、『神聖国』。

 北東、雪厳(せつげん)連山を挟んで『帝国』。

 東方、ロアンジン大河を挟んで『共和国』。

 南方、山岳地帯を挟んで『獣国』。

 そして、南西の一部の砂漠地帯は『砂の大国』の領地。

 南西から海に出れば、『海の国』。

 そして、距離はあるが、交易都市側から南東へ海を挟んで、東の島国と呼ばれる『皇国』との国境線もある。


「……かといって、全世界で王国を攻撃などすれば」

「民衆の支持が」「ああ。うちの王は……」


「まー! 一概に嫌い! で、すまない国もあるのは分かってるよ!

それぞれ情とか法とか諸々あると思うからねー! だから、今回は小さなお願いをしたくて集まって貰ったんだ。

今回、ぼくら帝国と獣国がちょっかい出すからさ。そのちょっかいに『手を出さないでくれればいい』。あ! 神聖国と海の国はちょい協力して欲しいね!

ともかく、他国は王国への支援をしない。そして、ぼくらの侵攻を妨げない。見逃すだけでいい。

……はは! 簡単でしょ! 分かった、ね?」



 ◆ ◆ ◆



 帝国の領土侵犯の一報は、その日中に王国全土に伝わっていた。

 無論、魔族自治領にいる俺たちの耳にも入っていた。

 あの険しい連山を越えたのか。……いや、帝国は戦時中から王国を狙ってたからな。元からルートはあったのかもな。


 そして。その新聞を読んでから。


「ヴィオレッタ。ハルル見てないか?」

「? 見てないけど」


 どこ行ったんだハルルの奴は……。


「あ。ジンさん。ちょうど良い所に。今、オレ、一服してたんだけどさ」

 ふとガーが手を上げて呼んできた。

 なんだろうか。近づくと、ガーがあのさ、と小さく声を上げた。

 それで、俺に耳打ちしてきた──。





「ハルルッス、屋上で泣きそうにしてたけど、ジンさん何か知ってる??」





「は?? あ?」


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