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【21】Bring it on.【06】


 ◆ ◆ ◆


 自分の名前? 色々と考えたけど『恋』が最も相応しいね。


 『恋は盲目』。文字通り、自分は盲目だ。洒落っ気があるでしょ。

 『恋は手段を択ばない』。その通り、自分は手段を択ばない。

 『恋は祈りで得られない』。まさしくそう。祈るのではなく行動するのだ。

 『恋は人を狂わせる』。素晴らしい、大正解だ。この世界の全てを狂わせるように、糸を引く。それが『恋』だ。


 え? 『恋』って名前、男には似合わないだろうって?

 よしてくれよ。これだけ顔がいいんだから似合うに決まってるだろう。


◇ ◇ ◇



 ウェーブが掛かった長い金髪。愛らしいフリルのドレスに身を包む、人形のように可憐な白い肌の少女。

 少女の名前はイクサ。彼女は、首を傾げて『恋』に訊ねた。


「……妄執。ナズクル様は、何に執着されているのですか?」


 それは、ナズクルの行動に対して『恋』が『妄執だ』と回答したからである。

 『恋』はイクサの頬を撫でる。柔らかい肌の弾力と、子供らしい温かさに自然と恋は微笑んだ。

「さぁ、何だと思う?」

「ええ。クイズですか、恋様。イクサはそういう問答、苦手なのです」


「そうだったね。ごめんごめん。まぁ、なんというべきかな。

大切な物を喪い過ぎて、全てを取り戻すことに駆られ……うーん。

まぁ女々しいんだろうね。恋と違って」


「ふふ。恋様は女々しくないのですか?」

 イクサが少し楽し気に弾んだ声で恋に語り掛けた。

「おや、酷いな。まぁ──女々しくない男なんてこの世に居ないか」

 恋が笑った時──イクサが机を見た。



「恋様。大変です。机の上で羽根ペンが急に動き始めてしまいました」



「ほう。……ああ、なるほど。そのペンの下に紙があるかい?」

「はい。あります。えっと」

「ああ、触らなくていいよ。ペンが止まったら読んでもらおうかな」

「は、はい。えっと」


「イクサ、見るの初めてかな? あれは『同時記録紙』という魔法具だよ」


「え、あれが同時記録紙ですか? イクサ、羽根ペンが書いていくタイプは初めて見ました」

「古いタイプだからねぇ。ナズクルは古い物や昔の物大好きだろ?」

「? そうなのですか? そういえば、この部屋の物もアンティーク調の物ばかりです」


「おや。そうなのかい──見てみたいな」

 恋が柔らかくそういうと、イクサは畏まりました、と丁寧に呟いた。


「まず、机からですね。机は、ビターチョコレート色の木目机です。

多分熊毛色樹(ベアブラウン・ウッド)で作られていますね! 

北部細工らしく細かい細工が綺麗な猫足の机ですね」

「へぇなるほど。趣味の良さそうな机だね。貰って帰っちゃおうか」


「それもいいかもしれませんね! 次は、恋様が横になってらっしゃるこのソファもアンティーク調です。

こちらはココア色のレザーですね。あまり寝心地は良さそうじゃないですけども」


「ううん。寝心地いいよ。革も冷たくて気持ちいんだよ。イクサも寝てみる?」

「はいっ!」

 イクサは頬を赤くしてから恋の腕の中に飛び込んだ。

 よしよし、と恋は彼女の頭を撫でてから微笑んで見せる。


「それから他には何があるんだい?」

「えっと。物が少ないので後は精々……ああ、あそこに。壁際にクローゼットがあります。

赤血樹(ブラドオーク)の赤交じりの焦げ茶のクローゼットですね。人が四人くらいは入れそうです」

「ほう……赤血樹(ブラドオーク)のクローゼットね。……それは、古風で嫌な物だね」


「? そうなのですか?」

「ああ。うん。そうだよ。古くて強力な、『転移魔法具』さ」

「だから大きいのですかね」


「かもね。ともかく塞いで置こう。イクサ。そこらにある万年筆を一本、扉に差して欲しい。

そうだな、(かんぬき)みたいに、持ち手を通して入れておいてくれ」

「えっと? はい、畏まりました! ですがこれだけの支えで中から転移してくるなら開けられてしまうのでは?」

「いいや。それはそのクローゼットに施錠(ロック)を掛ける方法なんだよ。魔法的なね」



「……お前たち、勝手にうちの道具を弄繰(いじく)り回すな」



 階段を上ってきたナズクルが開口一番で質問の声を上げた。

「ああ、ナズクル先輩。頼むから部屋に転移魔法具なんて置いておくなよ。

この恋はまだ『あの子』らに会いたくないんだから」

「ん? あぁ……施錠(ロック)してなかったか。すまない……──ん。同時記録紙が動いているな」


「らしいよ。心当たりは?」

「ある」


 一定の間隔で動いていた羽根ペンは、最後に突然、乱雑な挙動をした。

 文字通り『殴り書き』だろう。

 そして、羽根ペンがからんからんと音を立てて転がり、地面に落ちた。


 ナズクルは紙を手に持って内容を見てから──鼻を鳴らした。


「……まぁ、こうなるだろうな」


「こっち見せてくれよ、先輩。ああ、駄目だ。見せられても見えないんだった」

「代表団名簿の名前を切り替えたようだ」


 ■ ■ ■

 魔族自治領 代表団名簿


 ○ ヴィオレッタ・フェンズヴェイ

 ○ ライヴェルグ・A・E・B・シュヴァルド

 ○ セレネ・ケイロスェル

 ○ ルキ・マギ・ナギリ

 ○ リィンヴェレ・セクト

 ○ ガー・ちゃん

 ○ ハッチ・アベリア

 ○ ヴァネシオス・ド・ドール

 ○ 空欄

 ○ 空欄   Bring it on.


 ■ ■ ■


「どうやら、戦闘を得意とする者を……いや、覚悟が決まっている者だけをリストに載せたようだ。

そして最後の文字……ふ。よほど怒らせたようだ」

「それは、どういう意味なのです? イクサは分からないのですが」


「ブリンギットオン。路地裏(ストリート)の喧嘩でよく使われる言葉だね。

育ちがいい自分やイクサは知らなくて当然」

「嘘吐け。お前は知ってるだろ。──これは相手に挑発する言葉だ。

曰く──『かかってこい』だそうだ」


 ナズクルが目を細くして口だけで笑ませた。


「かかってこい? それって?」


「お行儀良く会議をするんじゃないってことだね」

「ああ。民間人を巻き込まず、このリストに載ってる奴らだけで裏で殺し合おうという『お誘い』だ。

まぁ──表での戦争が封じられたからな。

最初っからこっちはそういう意図で送り付けてやったんだがな。ようやく気付いたようだ」


「これでやりやすくなったね。後は向こうからもアクションがあればいいけど」

「いや。中々に面倒だな。この紙を送る時点で戦力は分散はしないだろ。

正直、ライヴェルグ一人を討つ為にはこちらの戦力全て導入する必要がある。

まぁ良くて引き分けだろうが。つまりあちらは領土から一歩も出てこな──」


『参謀長殿ッ!』


 扉が、叩かれる。激しく。そして、焦りに満ちた声が響いた。

 恋とイクサが人差し指を立てて自分たちの口に当ててこっそりと笑い合う。

 ナズクルはため息を吐いてから立ち上がった。


「なんだ。こんな時間に。王城に別の者を残して──」

『緊急なんです!! 参謀直ちに王城へ!!』

「? どうした」




『帝国が! 帝国が我が王国の国境を侵犯ッ! 帝国が攻めてきましたッ!』





 

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