【21】嘘吐き執事の静かな決意【05】
◆ ◆ ◆
これは僕の十年前の──《雷の翼》という勇者隊に参加していた頃のこと。
《雷の翼》に仲間として迎え入れられ半年が過ぎた。
──遊撃部隊として幾つもの戦場を潜り抜けた。
魔王討伐の為に自由に進む《翼》は、魔族側から見れば神出鬼没の死神のようにしか見えなかっただろう。
僕が情報を幾ら流せど、タイムラグもある。それにこの隊は些か──。
「西へ直進するのが最短だとボクは思うね。敵なんて僕らにかかれば松ぼっくりみたいに軽く燃やせるだろ」
長い夜色の髪。尖がった帽子。ともかく気が強い魔法使いのルキさんがイライラとした声を上げた。
「ルキ。最短は敵が多すぎる。北部からの海路が最も奇襲に長けている」
赤褐色の男。白い軍服に軍帽の筋骨隆々のナズクルさんが言い返す。
「はっ。参謀気取りだな、ナズクル・A・ディガルド。隊長、何か言ってくれ」
「……時間を掛けない方がいいのは、間違いない。だが、俺たちは少数だ。囲まれればいらない摩耗が起こる」
金甲冑。金獅子兜の隊長、ライヴェルグ隊長はゆっくりと喋った。
「ほら! ナズクル! 聞いたか!? 時間を掛けずに最短で行けと、隊長も言ってるだろ!」
「囲まれればいらない摩耗が起こると言っていたぞ。ルキ。お前の耳は飾りか? 北部転進が理想形ということだ」
「ちょっと待ってくれよ、二人とも! ライヴェルグ師匠の意図は摩耗が無い地域への進行だろ! 二人とも話聞けよな!」
金髪のイケメン剣士、アレクスが青い目を光らせて声を荒げた。
年若い彼は隊の中でもライヴェルグを慕っている。まぁ僕から見るとかなり執着が悪い方へ、だけども。
「お前は師匠の後に付いていたいだけだろ。金魚の糞みたいにな、アレクス!」
「っっ!! 侮辱されました!! 師匠! ルキ・マギ・ナギリに侮辱をされましたっ!!」
「話にならんね! ウィン! メッサーリナ! 二人はどう思う!」
「んぇ~……そりゃあ、敵も味方もあんまし居ない方がええねぇ」
「ワタシはなんでも平気デス! ただ南には温泉言う物があると聞いたデス! 南進も一つではありまセンか!」
「……ふん。ドゥール。お前は意見あるか?」
「ナズクル。俺に振るな。……俺は軍人だ。建前上の上官はナズクル故、俺はナズクルに付いていかざるを得ない」
──いえ。かなり、連携が取れていません。
問題のある部隊です……。
彼らは本当に王国最強の部隊なのかと疑いたくなりますよ。
話し合いになればこうやって四六時中喧嘩。最初はあまりにも進軍先が決まらなかったので、僕が間諜なのがバレていて情報が機密にされているのかと勘繰った程ですよ……。
なのに。
物音の中に潜む異音。風に混じった鉄の香り。
たった一瞬、彼らは目も合わせずに武器を抜きました。
「敵」「だ」「な」「デェス」
「皆すごいさ~全然気づかなかったもんね~」
ウィンだけお調子者のように微笑んでから、彼らはそれぞれの行動を開始する。
そこからは一瞬。
雷の如き大剣が周囲一周の木を伐り燃やし──隠れた魔族を明らかにする。
水の矢が現れた魔族たちの足を突き刺し身動きを止めた。
炎の戦杖が敵の放った弾丸の魔法を打ち砕く。
鉄刃が回転、廻刃刈刀が機械音と共に魔族の持つ武器をスライスし。
銃弾が一発放たれ、跳弾を繰り返し、数十の魔族の頭を貫通させた。
一瞬。
たった一瞬で──42名程居た魔族は壊滅。
彼らは凄まじい。
こと戦場に出てしまえばそれぞれの連携は──無双。そんなチープな言葉しか出ない。
ライヴェルグだけでも厄介なのに。
「ユウ! 貴方サボってた! だから夕飯のデザート、ワタシが貰ってもいいデスネ!?」
「あはは。ええ、いいですよ。というか僕が何かやる必要無かったですし」
「代わーりに、白身魚をプレゼンツ! 食べると元気でまーす!」
「? 元気?」
「ユウ。お前はどっちに進軍すべきだと思う?」
「んー。そうですね。ナズクルさんと一緒でいいですけど」
「……本当か?」
「え?」
「いや、南に行けば──」
「ふあぁ……良く寝た。ん。どうした、行先が決まらんのか??」
ふとテントの中から出てきたのは緑髪の女性──サシャラさんだ。
「サシャラさん! 丁度良かった! サシャラさんはどちらに向かうべきと思いますか?」
アレクスさんが訊ねると──サシャラさんは首をひねる。
そして、僕を見た。
「あー。なら南だな。途中で王都によって休憩をしよう」
「ふむ」「南! 温泉! ヤッター!」
それから、サシャラさんはくすっと笑った。
「私も休みたい! それにそれぞれ、たまには休日が必要だろう。な、ライ公!」
「……そうだな」
「え、ええ? いいんですか。勝手に戦線を下げて」
「ああ。王国から先週連絡があって、戦線拡大に伴い王国へ戻り士気向上の為に勲章授与と休暇を与えると連絡があったから、戻って平気だ」
……ライヴェルグさん??
隊長の言葉に全員がフリーズした。
「ライ公」「お前」「休暇だと?」
「しかも先週デースか?」
「「「それ先に言えよ!」」」
──まったく賑やかな、『パーティ』ですよ。
……本当に、嫌いな人はいない。
不思議と、喧嘩すら居心地がいいんですから。
今まで、友人と呼べる人間はいなかった。いえ、今後も居てはいけない。僕は、間諜ですから。
だから。
『魔族領本国へ。《雷の翼》は内部での連携は杜撰。進軍先も決め切らず。
現状の予定では王都へ戻りその後は南進する予定と──』
「ユウ。なぁ」
「はい、サシャラさん? どうしました?」
「ふっふっふ。……ほれ。これ」
「? これは?」
髪飾りを手渡されて、僕は本当に疑問を浮かべた。
サシャラさんはくすっと笑う。
「私からだ。南進すれば王都で休暇。あのお嬢様と少しでも会えるだろ?」
「え」
「ライ公もずっと気にしてたからな。お前はお嬢様の側から離れたく無さそうだったから、ってさ」
「……それ、は」
「ユウ。お前は嘘が下手だもんな! すぐに分かる! あのお嬢様がとにかく好きだってさ」
「なっ! お嬢様はお嬢様で、恋慕などっ!!」
「ふっふっふ~。恋慕とは一言も言ってないんだけどな~!」
「っっっ」
「ま。私が言うのもなんだが……。大切な人との時間は多く過ごした方がいい。……今回の休暇で、少しでもそういう時間を、な」
──その言葉はサシャラさん自身に対しても言っているようだった。
「皆、お前を心配しているぞ。最近、悩んでばかりだろ?」
「え?」
「ライ公が言ってたのさ。お嬢様宛の手紙、書いても出せずにいるようだとね」
「それは……」
この隊は。
そうかナズクルさんの質問は、僕が南に行けば王都を通れると、暗黙に言った訳か。
……白身魚で元気づけようとしてくれる人もいて、お嬢様に会って来いという人もいて。
僕は。……僕は。
『魔族領本国へ。《雷の翼》は内部での連携は杜撰。進軍先も決め切らず。
現状の予測として西部方面へ転進か北方の戦線に加わると思われる。
随時、情報は更新する』
気付けば僕は。
人間に──彼らの仲間になりたいと思っていた。
彼らは本当に、良い奴らで。
心から、落ち着ける。ずっと一緒に居られると思った。
だから。だから……。
◇ ◇ ◇
《雷の翼》に、フィニロットさんを半死人にした犯人がいる。
ルクスソリスはそう言った。
いるはずがない。
あの仲間たちの中に、僕の大切な人をあんな目に合わせた人間がいるなんて。
いるはずが……。
でも。
もし、居るのなら。
南部事件の時に行動していた、彼らの中にいるのか。
もし、居るのなら。
僕は、そいつを。許さない。
見つけ出して──
見つけ出して殺してやる。




