【21】嘘吐き執事の偽り無き回想【01】
◆ ◆ ◆
僕は、嘘付きだ。
名前の全ては嘘で、経歴の殆ども嘘。
もっと言えば。
初めて彼女に会った時も、僕は嘘を吐いていた。
『初めまして。フィニロットお嬢様。
僕の名前は、ユウ。──今日から貴方の執事をさせて頂きます』
──僕のご主人様となるその人は普通の女の子だった。
長い銀髪。鮮やかな碧眼。少し焼けた肌が、活発な女の子だと教えてくれる。
彼女は、『僕の嘘を見破ったり』『一目で真実を語ったり』──などは一切無い。
特殊な力などない、笑い方だけは変な、普通の少女。
ただ。
『初めまして。ユウ。……ねえ。最初に話しておきたいんだけど、いいかな?』
『はい?』
『私、貴族に返り咲くの、全然、諦めてないの。だから──』
フィニロットさんは──彼女は、いわゆる没落貴族だった。
両親を事故と病で失った少女。そして、その弟は更に幼かったが、男児だった。その為、弟が家長となり、『別の貴族』の養子に出された。
いずれ成人した折、その貴族の娘の一人と結婚させられ、この領地を全て失うだろう。
僕的には、その弟はそれで幸せかもしれないとも思えるが──フィニロットさんは決意を固めていた。
『──あの子を、迎えに行きたいから。私、貴族になるから』
『あはは。そうですか。……じゃあ応援しますよ』
『あれ。貴方。それでいいの?』
『はい?』
『王国から、私を貴族にさせないようにって派遣された執事なんじゃないの?』
『あはは……一応、そうなっていますが。実はですね、僕、王国を追放された者でして──』
彼女に取り入るのは簡単だと言われた。
彼女が共感できるであろう悲劇を演じて、彼女の信頼を得る。
そして、彼女の目標を後押しし、夢を叶えて上げる。
そう、彼女を貴族に戻すのだ。
僕の目的は──『彼女に貴族になって貰うこと』。
没落した名家を共に再興し、彼女の執事として王国の中心に食い込む。
そして内部の情報を『魔王側に伝える』。それが僕の使命。
──フィニロットさんは、さっきも言った通り普通の少女だった。
だから、僕の嘘は見破れなかった。
嘘の思い出話にも、虚偽の苦しみにも、彼女は真剣に寄り添ってくれた。
そこから。それなりの。
本当にそれなりの、人生があった。
お金を稼ぐ為に、『冒険者』になり──僕と彼女は半年も旅をした。
戦闘センスもあったお嬢様は、二丁拳銃のフィニロットなんて呼ばれて話題にもなった。
貴族の不正を暴き、知名度を上げ、有名貴族の後見人まで獲得する。
僕は執事を演じ続けた。
実際、彼女が成り上がっていくのは楽しかった。
裏で糸を引く奴らも、薙ぎ倒す。自慢だけど、元四翼クラスの僕の手にかかればちょちょいのちょいだ。
彼女の成り上がりは、僕も出来すぎだろと思うくらい、計算通りに進んだ。
予定通り、4年も掛からずに彼女は爵位まで得た。
ただ──唯一の誤算があったとしたら。
『ユウ! 今日の舞踏会、どうだったかな!』
『そうですね。武闘派のご主人様らしく、素敵でしたよ』
『にひひっ! ユウの冗談は全然面白くないよね! 好きだよ、そういう冗談!』
──滑りギャグがお気に入りの不思議なお嬢様は、そこから少しだけ照れたように微笑んだ。
『ね。……どう、ドレス? 可愛い?』
くるりと回って見せた。
長い銀髪が軽やかに光る。削りたての蒼石のように美しい碧眼に誰もが目を奪われるだろう。
少女は、男なら誰もが二度見してしまうくらい美しくなった。溜め息すら出る程、美しく。
『ええ、今日もとても美しいですよ。ご主人様』
『そっか! よかった! ね、パーティーはどうだったかな! 貴族らしかった?』
『ええ、良かったと思いますよ。ただ、こんなに慌てて走ったら貴族らしくないですけどね。
せっかくのドレスも、ほらリボンがほどけてますよ』
後ろに回って髪のリボンを結び直す。にひひ、とまた不思議な笑顔を彼女は浮かべた。
『ごめんね、手間を取らせちゃって。でもね。間に合わせたかったんだもん』
『はい?』
『にひっ! 今ならまだ演奏続いてるから』
『?』
『──ね。一曲、踊ろ。……って、本当なら貴方から言わないとっ!』
その──天真爛漫な、破天荒な笑顔が──。
『……』
『? ユウ?』
嘘の名前。嘘の役職。偽造された履歴。偽りの思い出たち。
彼女を欺く為だけに用意されたありとあらゆる物を身に付けて。
『……いえ。──ご主人様。一曲、踊ってください』
『にひひ、喜んで!』
たった一つだけ。唯一の誤算は。
偽れない感情が、胸の中で大きく鳴っていたことだ。
それでも。超えない。
だから──僕は、しっかりと間に合わせた。
人魔戦争の拡大の切っ掛けである『ルヴィシオン奇襲・虐殺事件』。
この事件を切っ掛けに、戦争は激しく燃える。
そして、情報を流し始めて半年もせず──ある特殊な人間が浮かび上がった。
それは、魔王側の僕から言わせれば──まるでこの戦争を終わらせる為に生まれてきたような『力の化身』。あるいは『暴力の神』。
そして、王国側的に言うなら、端的に一言──『勇者』でした。
彼の活躍は、ありえない程に目覚ましい。
個の武として極致。いや、もう、未来から来た殺人マシーンと言われた方が納得できますよ。とリアルに日報に書いたこともあります。
その『勇者』の名前は、ライヴェルグ。
そして、彼が『雷の翼』という遊撃部隊を率いたことから──僕らの運命は少しずつ変わっていました。
暗号が、届いたのです。
『雷の翼に潜入し、更なる情報を獲得せよ。そして』
『折りを見計らい、勇者を弑逆せよ』
◆ ◆ ◆
暗闇の雲の中を──竜が飛ぶ。
黒風竜という低位の竜だ。
この竜は竜種の中でも従順。その為、彼らを使って馬車ならぬ『竜車』が作れる。
暗闇の雲の中を飛ぶ竜は車を引いている。その幌車の中で、二人は向き合っていた。
「ルクスソリスさん──フィニロットさんのことを、ナズクルさんに聞いたのは、本当ですか?」
──禁忌の魔法を使い、魔力の過剰使用により少年の姿に戻されてしまったユウ。
彼は前に座っている女性に話しかけた。
羊の毛のようにくるりとなった髪の女性──ルクスソリスは、指を組んで挑発的に笑う。
「だよー。何、秘密にしといて貰う約束でもした??」
「……いえ。隠していることでもありませんので」
「ふぅん。そ」
「聖女ちゃんでも直せなかったんしょ?」
「……」
「おーいー、嫌うなよ、こんな優しい先輩をさー?」
「……っち。そうですよ。ウィンさんでも治せませんでした」
「いま舌打ちした? ねー、今舌打ちした?? 潰すよ、あんたの耳??」
「してませんよ」
「はーまぁいいや。ね。その子が意識を失ってるのってさ、要因は術技的な物なんでしょー?」
「……ええ。ですよ」
「ねー、優しい先輩から、一つだけアドバイスしていい? ね、していい??」
「いらない、って言っても言いたいんでしょ」
「そーだよ」
「アドバイスが下らなかったら僕はもうさっさと寝──」
「雷の翼に犯人がいる」
瞬間、ユウの目が見開かれた。
そして、言葉が詰まった。否定の言葉も出なければ、肯定も出来ない。
理由も出せないまま、ルクスソリスはにたりと笑う。
「貴方の大切な人をピンポイントで植物状態にさせる、なんてさ。
変じゃん? 詳しいことは聞けてないけど、物取りの犯行とは思えないよね」
「……そ、んなことして、何の」
「貴方をずっと手元に置いて置ける。そんなメリットがあったとしたら?」
「……な」
「魔族の先輩として、アドバイスだよ。ね、あんたさ。
人間を。ナズクルのことを──信頼しすぎなんじゃないの?」
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土曜日の投稿が行えず誠に申し訳ございません。
代わりに日曜日の本日、投稿させていただきます。
そして、月曜日の投稿はお休みさせていただきます……。
申し訳ございません。




