【20】ほぅ、そうか【38】
◆ ◆ ◆
スタブル副官も、バーンズ八位も、ティス隊長が最優先なのは分かる。
俺だって、ティス隊長が最優先だ。『それだけ正義にとって重要な人』だから。
だけど──この好機を逃しては駄目だろ。
スタブル副官も、バーンズ八位も、先輩方は保守的すぎる。
臆病って言っても言い過ぎじゃねぇよな。
魔族の族長だ。悪の根源。それを討てる機会だ。逃せない。
悪は、磨り潰すべきだ。
だから勇んで乗り込んできたんだけど──これは。
◇ ◇ ◇
「お、おい……ジャンティーくん。何か、ヤバイよ」
「なんか、妙だろ、これは」「なぁ、おい。引き返すか?」
ジャンティー。そう呼ばれた若い彼は、ごくりと息を呑んだ。
開け放たれた正門の中へ入った彼らは、皆一様に目を見開いた。
そう、彼らは先輩の『20分は待った方がいい』という忠告を聞かずに城塞の港に乗り込んだ。
高級な濾過式呼吸保護兜があるから問題が無いと、『タカを括って』──いや、自分たちが睡眠薬を吸ってしまうかもしれないが、魔族たちも眠っているだろうと、『腹を括って』正門から乗り込んだ。のだが。
「──まだ10分も経ってねぇだろ……なのに何で──『薬煙が晴れてるんだ』……?」
城塞の港──砦と呼ぶのも相応しいその場所で、先ほどまでティスという少女が戦いを繰り広げていた。
そして、少女の副官であるスタブルが『揮発式睡眠薬』をぶちまけ、彼女を救出し逃げだした。
それ故、その砦の中、開けた中庭のような場所にはまだ揮発式睡眠薬の薬が充満している──筈だった。
にも拘わらず。今ここにあるのは、夜特有の凛とした清浄な空気。
雨上がり特有の湿り気すら残っていない。
何ならこの砦の下からだけは月が見える。周りは分厚い雲だけなのに。
まるで『雲を打ち破る程の雷が地上から放たれたよう』にも見えた。
「ジャンティー。とりあえず、魔族の族長を探すか?」「後、鬼の魔族と、勇者の少女だったな」
「……そうだな。よし。全員。目標優先順位は魔族の族長だ。
目が覚めてなければ拘束して基地まで運ぶ! もし起きていて抵抗するようなら殺せ! いいな!」
「よくないな」
静かな声が響き──ジャンティーたちはぎょっとした。
月光が差さない壁際。暗がりに人影があった。
「なっ! いつからそこに──ッ! 全員、武器を抜けッ!」
先頭に立つジャンティーが叫ぶように声を上げると、それぞれ勇者たちが剣や槍や斧など──それぞれの武器を構えた。
構えが終わったのを見てから、その人影は腕を組むのを止めた。
「いつからって、最初からここに居たぞ。俺は」
人影が、一歩ずつ月光の元へ歩き出す。
その人影は、全身が鎧に包まれていた。
上から下まで光沢を殺した黒の鋼。一部一部に金飾りが付いた、黒金の鎧。腰にある二振りの刀もまた黒い。
そして、その全覆鎧──それは獅子の意匠。
大きく牙を剥き出しにし、金黒の鬣を広げた獅子の兜。
月下──獅子の目が赤く光ったようにも思えた。
──その獅子の兜を、王国の勇者なら誰でも知っている。
昔は全て金だった獅子──今は黒く塗られたその獅子の兜。それを付ける勇者の名前は。
「ら──ライヴェルグッ!!」
幽霊にでも遭ったような、悲鳴に近い声を誰かが上げた。
檻に入れられた猿のように彼らはざわついた。
「生きていたのか」「偽物じゃ」「裏切りの勇者の」
「狼狽えんな!!」
ジャンティーが叫び、背中に背負った鉄槌を抜く。
それは腕の長さ程の戦棍。その頭部はまるで土星。切れ味のよさそうな鉄の輪が付いている。
「俺たちはティス隊、RuDSだ! 正義を執行する勇者だ!」
「で、でも──あれが本物だったら……俺らが束になっても」
「やべえよ」「伝説通りなら竜だって小指で倒せるって」
「はっ! 馬鹿言うな。本物だったとしても、所詮は『昔の勇者』だろ! あんな奴よ!」
「おい。人を指差すな。折るぞ、テメェ。……今、俺は機嫌が」
「ライヴェルグ! お前、知ってるか!? お前の階級はA級! 元A級だったんだとよ!」
ライヴェルグの言葉を遮って、若い男が宣った。
「……ア?」
「今の時代はもっと階級は上がってる!
今の勇者は昔のお前らより、遥かに実力が上がってるんだぜ!」
「ほぅ、そうか」
「そして、俺の階級は──S級さ! 『怪速』のジャンティー!」
「そうかそうか。なぁS級。俺は今──」
「悪に加担するお前は殺す! この俺の正義の鉄槌でッ! 【怪速】!」
S級を名乗った若い男は、まるで消えたように跳んだ。
バネが跳ね回るように一瞬で壁、空気、柱を踏み──ライヴェルグの前に跳び出した。
(このスピードに追い付ける人間はいないッ! そして翻弄しッ!)
目で追えぬはずの速度で、ライヴェルグの顎へ戦棍を振り上げた時──。
「俺の台詞にさ──」
獅子の兜とジャンティーは目が合った。
「──何回被せりゃ気が済むんだお前はよ……!」
右拳一閃。
濾過式呼吸保護兜が粉のように砕け散り、鼻血を出しながらジャンティーは空中を大回転し、背中から石畳に叩きつけられた。
「じゃ、ジャンティーがやられたッ!?」「嘘だろッRuDSの新星がっ!」「それよりっ! あのライヴェルグッ! ど、どんな速度の拳だよッ!」
「こ、拳が見えなかったぞ!」「それよりっ! 濾過式呼吸保護兜がこんなぶっ壊れ方するってあり得んだろっ!」
「俺は今、機嫌が悪い。ようやく言えたぞ。ったく。
だから、残ってるお前ら。挑んでくるな。手加減が出来な──」
弓がしなる音──ほぼ同時、飛んできた矢を握って止めた。
「じゃ、ジャンティーの仇だっ!」「くそっ! 高飛車だけどいい奴だったのに!」
「惜しい人を亡くしたぞオラぁ!」「弔い合戦だ!!」
「絶対ぇ死んでねぇからな??? 苛立ってるなりに、手加減は──」
またも矢が飛んでくる。拳で簡単に砕けたが──兜の下で奥歯を噛んでいた。
「……また俺の台詞に被せやがったな……。はぁ。
オーケー。分かった。注意しても俺の会話に被せるなら、被せられないようにしよう。
もう俺の会話に被せられないように──」
「討ち取るぞ! 魔法隊!」「壊岩棘!」「飛来礫!」
魔法を撃ちながら、一気に勇者たちが突っ込んでくる。
ライヴェルグは拳を構えた。その兜の下で苛立ちの笑顔を浮かべながら。
「ここにある顎、全部ぶち砕いてやる」




