【06】ハルル、参上ッス!【10】
◆ ◆ ◆
「おじいさん、大丈夫ッスかね」
帰り道、ハルルはそんなことを言った。
「何がだ?」
「え。いや、ほら、スランプみたいッスし」
「ああ……それは、まぁ、なるようにしかならないだろ。俺は絵のことは分からないからな」
「そう、ッスけどね……」
「言いたいことは分かるけどな。でも、芸術って、作者の納得が重要だろ。
他人が認めるのも重要だけどさ。何より作者が納得しなきゃ、どうにもならん」
と、誰かから聞いたことがある。
「そうなんスけどー……」
難しい顔するハルルを連れて、夕方の食品市に来た。
夕方のこの時間帯は混んでいる。
特に、今日は鮮魚市。魚介類が綺麗に並び、物によっては相変わらず吊るされている。
「貝って、この時期が旬のもあるんスよね」
日も長く、気候も暖かくなりつつある。
春も終わり、そろそろ夏へと移り変わろうという中間の季節だ。
「そうなのか?」
「そうッスよ~。貝は、まぁ種類にもよるッスけど。例えば、このタテホ貝は夏と冬の二度の旬があるんス!」
「へぇ。海の物は全部全部、冬が旬だと思ってたわ。でもその貝は高いから買わないが」
というか、今、春終わりの夏始まりだ。
タテホ貝の旬でもねぇじゃん、というツッコミを入れて、量り売りの安い貝を選ぶ。
ハルルが、あー! と声を上げた。
「なんだよ。そんなにそっちの貝が食いたいのか?」
「違うッス! 閃いたんッスよ!」
「……そうか! バター醤油にすれば、旬を先取り!」
「違うッスー!! そんな小ボケに突っ込まないッスよ! おじいさんの件ッスよー!」
だいぶ、俺の悪ノリも気づくようになったな。
「おじいさんの件?」
「そッス! ほら、あの伴奏ですぐクラッシュしちゃう曲! あれ、ミッシェルさんがいれた曲みたいじゃないスか」
……そういえば、曲名を聞いた時、そんなことを言っていた気がするな。
「その曲を聞いたら、少し気分が変わるかもしれないッスよ!」
「……いや、だとしても、曲名も分からないし、伴奏しか知らないぜ?」
「んー……なんか知る方法ないッスかね。音楽が好きな人とか、知り合いにいないッスし」
ハルルが腕を組んで考えている。
「分かった……何か方法を考えてみるか」
「おお! 師匠が珍しく乗り気に!」
乗り気って訳じゃないが、あのお爺さんの過去を知ってしまってるからな。
「とりあえず、今日は飯食って作戦会議。行動開始は明日からだ」
「はいッス!」
◆ ◆ ◆
で、翌日の昼過ぎ。
「手がかりが少なすぎる問題ッス!」
物の二時間で、俺たちはどうしようもなく詰んでいた。
「さざ波のイントロ、なんて凄く分かり易そうなんスけど! 何故っスかぁ」
餅は餅屋。道具は道具屋に限る、ということで、朝一番でサイを訪れた。
サイは『蓄音貝』を販売はしているが、音楽には詳しくないとのこと。
で、サイの紹介で、音楽の専門店へ行った。
結論から言えば無駄足。
『北』から始まる曲は少なかったので、全て聞かせてもらったが、全部違った。
さざ波の伴奏の曲は無いか、とも尋ねた。
だが、音楽の専門店で働く店員さんと言えど、流石に全ての曲を聞いたことがある訳ではないようだ。
「せめて歌詞があれば……って言われたッスね」
「そうだな。おじいさんが覚えてれば一番いいんだが」
「今は、訊き辛いッスもんね」
そうだな。
という訳で詰み……。
諦め半分で、俺たちは、ギルドのカウンターで、いつもと同じ安いレモネードを飲む。
「あ、ハルルに、ジンさん」
後ろから声を掛けられた。金髪を一つ結いにした少女、ラブトル。
「二人がギルドに居るなんて、珍しいですね」
「ああ。ちょっと探し物があってな」
「そうッス、ラブトルさん。『北』が付く曲、知りません?」
「? 北?」
事情を説明し、探している曲の特徴を言うハルル。
まぁ、蓄音貝の専門店でも見つけられなかったし、そう簡単にはいかない。
案の定、ラブトルは首を傾げて、ごめん、と答えた。
「そうッスよね……」
「ごめんね。……あ、でも、メーダなら知ってるかも」
「え?」
「あの子、勇者になる前は、音楽をやってたの。だから」
「おおおお! ラブトルさん、メーダさんは今どこに!?」
ハルルがラブトルの肩をがしっと掴む。
「え、えっと、今日は、一人で薬草採取のクエストに、アルオ草原の方に」
「行ってくるッス!」
跳び上がって走り出すハルル。
「おい、飛び出すな! 悪い、ラブトルさん。また!」
俺もハルルを追いかけた。
◆ ◆ ◆
草原を、黒髪の魔法使い──メーダが走り、黒鉄の杖を構える。
力ある言葉を唱え、杖の先端に眩い赤い光の線が集まる。
「火矢!」
火属性の初級魔法。そして、戦闘に用いられ易い火属性魔法の代表格の魔法。
火の塊を、矢のように発射する魔法だ。
当たれば熱い。火傷は負うだろう。普通の喧嘩や、獣を追い払うだけなら十分な火力だ。
だが、決定打に欠ける。
特に、命がけの戦い。魔物との戦闘においては。
まさか、こんなところで、魔物に出くわすとは。
メーダが対峙するのは、泥のような灰色の肌を持つ、四足の獣。
蘇った屍犬という低級の魔物だ。
だが、屍犬は群れを成す。三匹くらいまでなら対処は出来るが。
「まさか、十匹も。大家族じゃないですかぁー……」
メーダは、手に汗を掻き、僅かに震える。
まだ、一人だったら、全力で逃げよう、となっただろう。
だが……。
「おねぇちゃんっ……!」
偶然、居合わせた男の子が一人、メーダの後ろにいる。
「大丈夫ですよ。こう見えて、お姉ちゃん、勇者、ですから」
メーダは空中に向けて、赤い煙の魔法を放った。
赤い煙は、緊急救助依頼。
これで、近くの勇者が助けに来てくれるはずだ。
周りで、誰かがクエストに来ていれば、五分も掛からず来るだろう。
駐屯地で見たとしたら、十分後には救助が来る。
(十分間も、この子を守りながら……戦えるんですかね?)
いや、やらねばならない。
奥歯を噛み、メーダは屍犬を睨みつける。
「やってやりますよっ! や、あああああ!」
杖の先端に光が集まる──同時に、屍犬が飛び掛かってきた。
魔法の発動は間に合わない。
「やっぱり無理っっっ!」
子供を守るために抱きしめた。その瞬間。
「とりゃぁー!」
間抜けな掛け声と同時に、地面が揺れる。
地面に槍を突きさして、白銀の髪を靡かせて。
「ハルル、参上ッス!!」
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