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【20】勝機を運ぶ【30】


 ◆ ◆ ◆


 それは私がティスさんと戦ってから暫くしてから質問した時のことッス。

 ティスさんの絶景について──私が感じたことを伝えたんス。


 師匠はティスさんに心当たりはないようでしたッス。

 そして、その絶景についても知らないようでした。


 ただ、その絶景に──師匠の『雷天絶景』に共通するものを見つけた見たいなんス。


 自分の技の模倣かもしれない。そう言って師匠は暫く黙りこんだッス。


 そしたら。師匠は……その。

 とても暗かった顔をしたんス。

 例えるなら……えー。あー。

 まるで、……まるで。その。えーっと。良い例えが……えっと。


 ……ああ! 滞納していた借金の請求書が届いた時みたいな暗い顔でしたッス!!


 ……マジなことで言うと……。辛そうな、忘れたくないけど思い出しくない過去でもあるかのような。

 そんな顔でしたッス。


 それで。


『なぁハルル……。もしもの話だが、次にティスと戦うことがあったらな。

その『楽園(らくえん)絶景(けしき)』、出来たら発動されない方がいい。だがもし発動されたら……』

『? 発動されたら?』


『全力で止めて欲しい──その技は。いや……その絶景自体が未完成(・・・・・・・・)かもしれないから』


 師匠は絞り出すようにそう言ったんス。


 ◆ ◆ ◆


 ハルルの手の甲を汗が伝った。

 落ちる砂も、流れる音も、空を舞う水の粒すらも、緩やかに動く時間。

 絶景。そして、この緩やかな時の流れに対応できるのは、絶景を習得した人間だけ。

 絶景を習得していない人間が見た時、『目にも止まらぬ速さで動いている』としか認識出来ないだろう。



 ティスは飛ぶ。振り被る鉄槌は赤白い炎に包まれている。

 彼女の右目は、比喩的な意味ではなく燃えている。まるで涙があふれるように炎が溢れている。


 空気が燃えている。目に見えないほどの小さな炎がハルルの肌に触れているのが分かった。



(……落焔(ラクエン)絶景(ケシキ)。使われてしまったッス。そして……師匠が言ってた通りッスね)



 ハルルは薙刀で鉄槌を受け流す。

 ぐるんと薙刀を回し、雫を斬って、ティスの頭へ石突を叩き下ろす──が、その一撃は彼女の左腕で弾かれる。

 先ほどの肩鎧しかり、服の下に鉄甲でも仕込んでいるのであろう。


 ハルルは肩で息をする。火の粉も、汗も雫も空気中に粒として浮いている。

 だが──ハルルはティスを見る。



『絶景に別効果を付与するのは危険だ。

どんなデメリットがあるかはそれぞれだが……炎なら容易に危険は想像付くだろ』

(師匠の言ってた通り、ティスさんの方が疲弊してるッス)



 流れるように鉄槌が突き出される。だがそれをハルルは猫か犬のように跳んで避ける。

 振り回された鉄槌から眩い火の粉が舞うが──目晦ましなど何度も見てきた故に、ハルルはすぐに対処が出来た。

 左から回り込んできたティスに、体当たり(タックル)し、鉄槌を振り下ろさせない。


(ティスさんは強いッス──けど、使う攻撃は単調ッス!)


 ティスは石畳で足を少し滑らせてから、すぐにハルルに向き直る。

 鉄槌を足元に向けて構えたままの状態で彼女は飛び上がった。

 まるで重力の影響を受けていないような跳躍からの振り下ろし。


(鉄槌での初手は基本、薙ぎ払いか振り下ろし。フェイントを入れることはまず無いッス。

まぁ絶景とあの鉄槌があればそれで大抵一撃KOなんでしょう……ッ!)


 岩盤が弾け飛び、雫を弾いて空中を緩やかに進む。ほとんど止まっているように見える。


 そしてティスは乱雑に振り上げ、ぶんぶん振り回す。

(これは目が慣れれば対処しきれるッス。決して遅い訳じゃないッスけど──師匠よりかは遅いッスからね)


 ハルルも汗を流す。その雫が浮くが──それよりもティスの汗の方が多いだろう。


(肉体を燃焼させてしまう。……危険な技でしょう……!)


 ティスは、笑っていた。汗をだらりと流しながら、口を下弦の半月のように、笑っていた。


 そして、鉄槌が地面を叩き割る。

 瓦礫が飛び散り──その少し濡れた瓦礫を階段のように踏みながら、ティスはハルルに向かってくる。


(なっ──るほどっ! 時間が停止するからって瓦礫をそういうふうにっ!)


 ハルルの上からティスが襲い掛かった。

 ギリギリで回避も反撃も行える。ただハルルは感じ取っていた。


(っ! 絶景を使った戦闘──ティスさんは、戦いなれて……いえ。……殺し慣れてるッス)


 陽炎のように揺れる熱炎の世界。

 暑さで苛立つ思考。汗で滑る手。

 慣れない薙刀。絶景の技も格上。


 ただ──ハルルは一つのことに気付いていた。

 それは『天恵』──いや。




(──ありがとうございますッス。勝機を運んできてくださって!)




 突きは美しく放たれた。正着な一手であり、刃はティスの額に吸い込まれるように伸びた。

 間一髪、ティスは頭を逸らし前髪が裂かれるで済むも。

 ティスは──。


(っ! ちょこまかと動くなでありますよッ!! 

何でッ! そんなに速度が落ちていないでありますかッ!

こんなに! 当たらない筈が、無いでありますっ!)


 焦っていた。

 ティスから見て、ハルルは攻撃を受ける時に『さらに加速して』回避している。

 終わらせる為の一撃を入れようと繰り返し攻撃をしているが当てられない。


(なら、もっと──もっと火力を上げるでありますよ……ッ!

追火落焔(ツイカラクエン)……!)


 燃えた。ティスの左目から炎が更に溢れた。まるで鳳凰の翼のような赤く白い炎。

 そして、その鉄槌すらも更に燃え沸く。


 だが──ティスはようやく気付いた。

 視界の端に、ずっと移り続けていた『雫』。



(じ──自分は馬鹿でありますか。何故、気付かないのでありますか)



 ティスも知らない副作用だった。

 その落焔(ラクエン)絶景(ケシキ)が発動している最中、自身の体の温度が上がり、小さな『雫』程度の水は蒸発させていた。

 そして、忌々し気に視界の端──


(絶景も持たない魔族(クズ)の癖にッ! そうでありましたね……ッ!

黄の魔族は、『天候』を操る魔族……ッ!! 自分が炎を使った瞬間に、やったでありますかッ!!)


 ──緩止した世界で、セレネがとても緩やかな動きで魔法を発動し終えた直後だった。



 目の前には雨の先駆けが。

 空には豪雨が矢のように落ちてくる寸前だった。



 そして──局所的豪雨が降り注いだ。


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