【20】パキッと鳴ったのは【23】
◆ ◆ ◆
「くすくす。そんなに心配ならちゃんと首輪でもつけて置けばいいのに」
「ちょ、レッタちゃんっ」
──戻りの骸鳥馬の馬車の中。葬式のように暗く静かな空間で、ヴィオレッタはジンに言葉を投げつけていた。
「……何」
「ハルルのこと。ずっと心配そうに思ってるじゃん」
狙われている族長セレネとハルルは一緒に行動している。
それが分かって、ジンたちは急ぎ足で戻っている最中だった。
また、センスイさんらの遺体を今は運べない為、あの峡谷で柩を作り、一時的に保存していた。
それ故か、ヴィオレッタの態度は少し棘があるように見えた。
「レッタちゃん。ジンさん、気悪くしないでくれ。レッタちゃん。センスイさんが亡くなったから、その不機嫌な感じになっちまってるだけで」
ガーが慌ててフォローすると、ヴィオレッタは窓の外へぷいっと顔を外した。──少しだけ、ヴィオレッタは不機嫌な顔をしていた。
「いや、ガー。……ヴィオレッタが正しい」
「え?」
「ハルルは、俺の……。守ってやらなきゃいけない存在じゃない。
ハルルは俺が守らなくても、隣に居れる存在だ。……いや、気持ち的には守りたいが、そうじゃない。
ハルルと俺の関係性は、背中を預けられる──対等の筈だ。
だから、アイツを心配してないで、信じてやれ、とヴィオレッタは言いたいんだろ」
「くすくす──そこまで情熱的な言葉を考えてた訳じゃないけど、そーいう感じ」
「そーかよ」
「心配しなくても、ハルルは強いでしょ。っていうことだけ言いたかったの」
「ああ。……そうだな」
(強い。ハルルは──強くなった。アイツ自身は気付いていないだろうけど、この半年アイツは否応なしに強く成長している。
ハルルが戦ってきた相手は、意外と凄まじい相手と戦ってきている。蛇竜に、元魔王幹部パバト、それに雷の翼のユウ。それぞれ手を抜かれたり弄ばれたりしてるだろうが──それでも戦いの中で得る物はあるだろうし、その経験は必ず生きてくる)
「ハルルなら、心配せずとも──」
「えー?? オレはちょっと異議ありだぜ、レッタちゃん」
ガーがジンの言葉に割って入った。
「?」
「オレはレッタちゃんがどんなに強くても、戦いになったら心配するぜ」
「……負けないけど。私」
「ああ、知ってる! 負けるかもって意味じゃない。レッタちゃんは絶対に勝つから、そこは信じてる。そうじゃなくて、純粋に。
戦いで怪我をしないかとか、心が傷つかないかとか。余計なお世話かもしれないけど、そういう心配は常にしてるぜ、っていう、な」
頬をガーが掻きながらそういうと、ヴィオレッタはくすくすと笑った。
「オレ、弱っちいから。心配することくらいは許して欲しいなぁ、なんてね」
「くすくす。そっか、ありがと。ガーちゃん。
──そうだね。ジンさん。またトゲトゲしちゃった。ごめんね」
「ああ、気にしなくていい。俺が最初、うだうだしてたのが悪い。まったく。ダサいとこ見しちまったよ」
ジンは空を行く馬車の窓の外を見た。
暗い海のような夜雲に──雷のような音が鳴っていた。
「なんにしても、早く合流しよ」
ヴィオレッタがそう呟くと、それに呼応するように馬車を引く骸鳥馬は嘶き、空を踏んで加速した。
◆ ◆ ◆
(けけけ。【炸裂鉄板】に手ごたえあり! 完全にヒットしたぜ!!)
猫背の男は暗がりから幽霊のように這い出てくる。
その右手には鉄の板。まるでピアノの鍵盤のような板を手の中で転がし、けけけと不気味に微笑んでいた。
(俺様の術技は触れた鉄板を爆発物に変換するッ! さながら破片手榴弾のように爆発し肉や骨をギタギタにするぜ。けけけ。
魔族族長も不意打ちなら余裕で仕留められるなぁ。けけけ。
とはいえ、獲物は弱っている時こそ暴れるからなぁ。距離を取って更に追撃するぜぇ。周到だよぉ、俺様は)
砂煙が舞い上がっている。猫背の男は緩やかな動きで音を立てずに煙が収まるのを待つ。
(もう一枚投げるか? いや、顔は分かるようにしとかないとな。用途は聞いてないけど晒し首とかにするなら顔は大切だよなぁ)
猫背の男は隠密のプロである。風に合わせて音を消し、緩やかに動く。
隠密行動のセオリー通りの動きは完璧だった。
並の人間も、魔物も、この移動法をすれば気付くことは出来ない。だが。
「暗殺法初級歩行術その三! 風上を避けて風下へ移動! ッスね!」
「なッ!!」
「オスちゃんから聞いてる通りッス! 爆機槍ッ!」
自負故に──まさか見破られているなんて夢にも思わなかった。
煙の中から一直線。機械槍を構えたハルルが突っ込んでくる。
「くそっ! ──」
猫背の男は即座に鉄板をハルルへ向かって投げつけた。
「【炸裂 ─ ─
時は、緩やかに見えた。
空中を向かってくる鉄の塊。鍵盤のようなその棒状の板の腹が、まるで餅でも膨らむかのように熱を帯びて膨らみ始めているのをハルルの目が捉えていた。
ハルルはその鉄の塊を槍で、ごんっ、と突く。
無重力を進むように、鉄の塊は猫背の男の腹辺りにゆっくりと進んでいく。
─ ─ 鉄板】ッ!!?」
男の腹の辺りで鉄板が爆発した。
ハルルは向かってくる鉄板欠片を軽く爆機槍で弾き、その場に着地する。
猫背の男は仰向けで気を失っている。
「そして、王国暗殺術基本編! 暗殺は基本的に──!」
ハルルはその場でぐるりと横に回転した。
槍を大きく薙ぐのは当てずっぽうだった。だが、その槍は『何か』を叩く。
「──複数名で!」
「ッ! 何故バレて──」
「直感ッス!」
透明化の魔法だろう。そしてこれは『男たちにとって不幸な事故』。
その場に暗殺者の男は二人いた。二人とも同時にやられた男のカバーに入ろうとしたのだ。
結果として。
「爆煙槍!」
槍から熱された灰褐色の煙が放たれ──男たちは目を丸くする。
(煙! しまったッ! これは!)
(透明化の魔法殺しだっ! どこにいるかの位置がバレ──)
ハルルの回し蹴りが片方の男の顎に突き刺さる。
男の意識が雪禍嶺辺りまで吹っ飛んでその場に崩れ落ちる。
そして流れでもう一人へ槍が振り下ろされる。
ガードも間に合わない速度だった。乱雑な一撃だったが首筋に叩き込まれた槍に耐え切れず男は地面に這いつくばる。
「そしてセオリー241。人質を取るッスね」
ハルルは呟いてから、振り返る。
「そんなにセオリーは無いと思うが!? それにしても、動くなよ!」
黒い襤褸の男が立っていた。
セレネを後ろから抱き締めるような形で、人質に取っている。
「動けば最後、こいつの細い首が小枝のようにパキッと──」
瞬間、セレネは目を見開き後頭部で男の鼻の頭を頭突いた。
よろめいた刹那、右足を相手の足の後ろに絡め、膝を外す。
そして、襟首を掴んで男の体を投げ飛ばした。
「わぁ」
そして男は頭から落下する。首がいい音を鳴らした。さながら。
「パキッと鳴ったのは、貴方の首のようですね」
「拍手するッス。流石、族長!」
「い、いえ、ただの護身術の応用ですので」
「いやいや、超カッコよかったッスよー!! ……さて、ではセレネさん」
「はい──分かってます」
「……あっという間に部下が全滅とは。困ったな」
「「ボスキャラ登場」ッスね」
両腕に『巨大な蟹の爪のような物』を付けている男は夜を切り取ったように静かにその場に立っていた。




