【20】クリティカル案山子ヒット【21】
そして力任せに鉄槌は振り下ろされる。
砕け散った木片。叩きつけられた鉄槌が地面を抉る。
赤熱した赤髪を一つ結いにした白い装束の勇者の少女──ティス。
彼女の一撃は、何の変哲もない案山子……──の隣にあった大樽を砕き割った。
(ひぃいぃ。隣の案山子の中にはY字バランスで我が入ってまぁああすっ!)
「──悪く、思わないで欲しい。我々も組む相手の実力は知っておきたかったのだ」
不意に、蟹の爪のような鉤爪を付けた男が呟いた。
ティスは嫌そうな顔をして見せ──樽の後ろに隠れていた男を睨む。
猫背の、腕と足が極端に長い男だった。
けけけと不気味に笑う男は幽霊のように長い髪の毛を前に下ろしていた。
「けけけ。俺様の低度隠密を見破れるなら、まぁ『及第点』としようじゃあないですかね。ねぇ、アサンサ隊長!」
アサンサ。そう呼ばれた蟹鉤爪の男は頷いた。
「そうだな。問題無しだな」
男が言うと、ティスは鉄槌を背に抱え、ため息を吐いた。
「はぁ……。なるほど。自分を試していたわけでありますね」
「けけけ。そういうことだぜ。『5級勇者のティス・J・オールスター』様が隊長だ、なんて聞いたらよ。どんなもんか知りたくなるだろーぜ?」
(5級勇者!? それって階級で言ったら相当に下よね!?
えぇ、あの子が……? そんなふうには見えないけど……。なんか気迫とかA以上にしか……。
待って。それよりあの『けけけの隠密』、いつから居たのかしら。我の後に来たのよね? 先に居たら我殺されてるもんね?)
「……それにしても悪趣味だ。これから手を組むというのに」
ふとその後ろで仏頂面の無精ひげの男がのっぺりと喋った。
「スタブルさん。別に自分は気にしていないのであります。なんなら、いつものことでありますよ。
『5級勇者』が隊長だと不安である。多くの方はそういうのであります」
「その通りだぜ。おれたちぁ、あんたらがアサンサ隊と肩を並べるのを快く思ってないからな」
「そうでありますか。なら仕事に支障が出ない範囲で距離を取っていただいて構わないであります」
ティスは鼻で笑って見せた。
その態度が面白くなく──黒い襤褸の服の男たちの一部がムッと顔を顰める。
「けけけ。おれたちぁあんたが5級だから隠密を仕掛けた訳じゃないぜぇ?」
「おい。お前たち。いい加減にしろ」
隊長が止めるが部下の男は挑発を止めなかった。
「……はい?」
「おれたちぁ元は情報収集部隊だ。そして結成は古都の、それも『黒町』の虎門通りの出身者が多くてよ」
ピクッと──その言葉にティスが耳を動かした。
(虎門通り?? 王国の古都にある有名な裏通りだったはずよね? 治安が鬼悪いって聞いたことあるわね。そこを歩く人間の9割が悪党って聞くわねぇ)
その後ろに居る副官のスタブルも混乱したのか、隣に居る部下を見やるも二人は小首を傾げあっていた。
「あんた、やっぱり『顔剥ぎ』の──ッ」
(──っ)
ヴァネシオスは息を呑んだ。
いや、その場の誰もが喉から水分が蒸発したような感覚。
ヴァネシオスは、チープな言葉が浮かべていた。
これは殺気だ。と。
怒りは黒く──見開かれた目は赤く。燃えるように揺れ、射貫くようにまっすぐとその視線は向けられていた。
今すぐに殺す。
そう決めた目。殺すという覚悟と、実行に起こせる力を持った人間が──殺すのは面倒だがやるしかない。そう決めた冷たく燃える覚悟があった。
「──違うであります。自分は、ティス・J・オールスター。正義の勇者の、ティス・J・オールスターであります」
その言葉は静かだった。そして一歩。ティスは男に踏み込む。
「ですが人違いとはいえ──自分を悪党と同列に語った。そんな貴方は正義と言えるでありますか? 言えないでありますよね」
「──は? え」
──コォッ、と風が走った。
高く振り上げられた鉄槌が風を切った音だった。そして。
「ティス、待て」
彼女の副官の無精ひげの男、スタブルが彼女の肩を掴んだ。
「離すであります。スタブルさん」
「駄目だ。……うちの隊長が、申し訳なかった。──とりあえず、そっちはもう行動を開始してくれ。この基地に居ると、ティスに何されるか分からないぞ」
「ッ! 人を危険人物扱いしないでくださいであります!」
「押さえておくうちに視界からいなくなってくれ。ティスは暴れ出すと厄介なんだ」
スタブルがティスを押さえている間に、黒い男たちは頭を下げてから夜の闇へ消えた。
(──あの反応。ティスは昔、暗黒街に居た? いや、そんなことより。
今一番重要なのは──族長暗殺を早く伝えないとッ! っていうか今動き出したみたいだから後を追って止めないとッ)
「スタブルさん! 離すでありますよっ!!」
「止めろ。ハンマーを振り回すな」
植木が倒れた。木箱も崩れた。
「自分が正義でありますっ! 向こうが悪い!」
「かもしれないが、暴れるな。仕事は仕事だろ」
樽も倒れた。壁も罅が入った。
「おい。止めろ。ティス、周りの」
「黙るでありますよっ! 離せば振り回すのもやめるでありますっ!!」
ティスは定規でも振り回すような軽快さで、鉄槌を振り回した。
そして。
ヴァネシオス・ド・ドール。彼の肉体は男である。
女性は恋愛対象ではなく、男性が恋愛対象。
その上で、女性の服装を好む──肉体は男性、それがヴァネシオス。
案山子の中で、ヴァネシオスは今Y字バランスをしている。
──右足を大きく上へ上げ、右手で足の先を掴んでいる。
鉄槌は。命中した。
案山子の右わき腹。つまり、足と足の付け根。
それは実質の臓器であり、またの名を股……──。
破壊するつもりで放たれた訳ではない。だが想像して頂きたい。
その痛みは。大砲の弾を足の先に落としたような、雷撃走る痛み。
(はぅぁあわああああああああああああああああっ)
叫び声を上げなかったヴァネシオスの根性にこそ敬意を払いながら。
案山子は、音も無く倒れた。
「ティス。ともかく武器を収めてくれ」
「っっ!」
「はぁ。……とりあえず中で待とう。彼らから連絡が来るはずだからな」
「……はぁ。分かったでありますよ……」




