【20】何の変哲もない案山子【20】
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王国領にその『基地』はある。
魔族自治領『城壁の港』と向かい合うように聳え立つ『防衛拠点』。それが『西号基地』。
西号基地。その役目は城壁の港の監視だ。
魔族たちが王国に反旗を翻すなら、その港からの筈。そういう想定の下に作られたのがこの基地である。
一般人は完全に立ち入り禁止──と、言ってもこの西果てに来れる一般人はいない。
基地の中の待機所という名前の酒場には、見事に勇者しかいない。むさ苦しい──もとい、頼もしい勇者たちばかりだ。
──その西号基地に『勇者のふり』をして潜入している人物がいる。
筋肉を育てることに生きがいを感じ、上半身から下半身までバキバキに鍛えたその人。
化粧を全て落とし、意外と整った彫刻のように深い彫の顔。体躯もかなり良く、腕も太い。まるで顔の良い魔鬼のようなその人物。
(はぁ~、もうマジ化粧したいわぁ……何でこんなスッピン晒してなきゃいけないのかしら。嫌よ、まったくぅ)
ヴァネシオス・ド・ドールという魔女男である。
ただ、今のヴァネシオスを親しい人物たちが見ても気付けないのは必至であろう。彼はいつもとは全然違う恰好だ。
お気に入りのスパンコールのワンピースも着ていないし、ガラスを割って作ったような光ってるハイヒールも履いていない。
今、彼が身に着けているのはボロイ草食竜の皮のズボン。上着は草鳥の羽で作られた簡単なジャケット。そして古い鉄帽子を被り、もちろん化粧の一つもしていない。
(早くネイル塗りたいわぁ……いや、それよりコスメよコスメ。肌にコスメよ、まつ毛にマスカラ……はぁぁあ。まぁ、仕方ないわよねぇ。諜報のプロなんて我しかいない訳だし)
ヴァネシオス。彼はこの基地に諜報員として入り込んでいた。その為、『勇者を演じている』のである。
そして彼は『新しい情報』を掴んでいた。
(S級勇者──名前だけでも分かれば、ルキさんやジンさんが知っているかもしれないもんね。我、頑張っちゃうわよッ!)
そう。
今日、この後、屋上にS級勇者が現れる。
この基地で情報網を張り、確実にこの後、この場所で打ち合わせがあることが分かったのだ。
それ故、ヴァネシオスは今──西号基地の屋上に居た。ただ、屋上に居ることは居るが、彼は味気なく棒立ちしている訳でも、座っている訳でも──はたまた樽の中にいる訳でもない。
Y字バランスで立っている。
(い──意外とキッツイわね。Y字バランス……ッ!)
真剣。
そう、遊んでいる訳ではない。
ヴァネシオスはあの大きめの案山子の中に入っているのだ。
彼女を隠せるサイズの物が無かった為でもあり(さっき、樽に入ったらサイズ合わなくてぶっ壊しちゃったのよ)藁の中に体を埋めた。
案山子は一本足だった為、やはり辞めて隣にある一回り大きな樽に入ろうかと悩んでいた所に誰かの気配を感じ──即案山子の中に体を収めた。
結果、Y字バランスで案山子の中に入ったのであった。
そして、Y字バランス開始よりおおよそ十分。
屋上には、何人か集まっていた。会話も進んでいるが、とぎれとぎれで分かりづらい。
初対面らしく挨拶をしていたのだが、名前は聞き取れなかった。
集まった勇者は、黒い襤褸布を羽織った勇者が4人。
そして、こぎれいな白いスーツを身にまとった勇者が4人。
(チームが違うのかしらね。白い方はなんか見覚えある気もするのよねぇ……あの黒い男は)
会話の中心は、二人。
一人は、黒い襤褸の布の勇者の中でも両腕に『巨大な蟹の爪のような物』を付けている男。
(……同業者みたいね。あの黒男。あの蟹の爪みたいなのは──鉤爪。
それも『鉤甲』ね。近接戦闘に特化した武器。暗殺と戦闘、両方に使える武器ね。
それより……)
そして、ヴァネシオスは男を冷静に分析してからもう一人の少女を見た。
(……この子。狼先生が殺された時に、私たちの前に出てきた子よね)
一人は赤熱した赤い髪を一つ結いにした少女。
背中には正義を刻印された鉄槌を背負い、顔立ちも良い。だが──。
(あの時はこんな直視出来なかったから危険度に気付けなかったけど……。
この子、マジでヤバいわね。なんか殺意とも敵意とも違う……。妙な気迫があるわ。
ともかく、会話の内容を聞いた方がいいわね)
ヴァネシオスは案山子の中で、耳を欹て会話に集中した。
くぐもった声でまともに言葉は聞こえない。
(ああもうッ! レッタちゃんならもっとスマートに全部聞こえるのでしょうけどっ。
我はそんな耳良くないのよッ! ギリギリねっ。ギリっ、聞こえ──アッ!
声が大きくなってきたと思ったら近づいてきてるわッ!!
む、無心モードよッ! 一ミリも動かないようにしないとッ)
「──ええ、段取りはそちらに任せるでありますよ。
別に自分たちは作戦に参加しなくても良いと思ってるほどであります故」
「……手柄はよいのですか?」
「手柄でありますか。然程の興味はないであります。それに正面からの戦闘なら望む所でありますが、『暗殺』は専門分野ではないのであります故」
「分かりました。では潜入後、即、族長を殺しますので」
(! 族長を暗殺……っ!?)
「……あー、アサンサさん。それより確認していいでありますか?」
「はい?」
瞬間──赤熱した髪が風に靡く。その背の鉄槌が抜かれた。
正義と刻印されたその巨大な鉄槌。
「お仲間、もう一人居るでありますか?」
(──!!)




