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【20】城壁の港【19】


 ◆ ◆ ◆


 魔族には七つの部族がある。

 部族に分かれていることから分かる通り、各部族に文化や考え方、あるいは宗教までもが違うこともある。

 例えば、赤守(あかもり)の一族は他人に『目を見せない』という文化があったり、青陰(せいん)族は一族以外とは接点をあまり結ばないという排他的な文化性だ。また、緑飼(りょし)の一族は古くから続く『樹木崇拝』の文化を持つのが有名だ。

 それから有名なのは、藍枢(らんす)の一族。最も人数が多い一族であり『強さこそ全て』という考えを持ち、族長や戦士長は純粋に腕っぷしが強い者が務めることになっている。

 逆に最も少数な黄月(こうげつ)の一族のように、争いを好まず他と触れ合わず自身の『血筋を貴ぶ』考え方の一族もある。


 現黄月(こうげつ)の族長──セレネ。彼女は背丈がすっと高く、いつも姿勢の良い女性だ。

 顔立ちも凛々しい。崖に咲く花のように気品があるが、悪く言うなら仏頂面で関り難そうに見える。

 余談にはなるが、族長たちの中でジンとラニアン王子が最も会話に困った相手でもあった。それは彼女が他の族長と違い何を考えているか分からない無口なタイプだからであるからだが。


 彼女は馬車の中でも背筋をすっと伸ばして座り、本をめくっていた。

 背丈はハルルよりもあり、顔立ちも体つきも、対面に座るハルルが子供に見えてしまう程に女性らしい。所作の一つも美しく、ただ本を読んでいるだけなのにまるで絵画のモチーフのように見えた。


 ただ──セレネは時折、対面に座るハルルを目でちらっと見る。

 その目線にハルルは気付き、すぐさま楽しそうに微笑んで見せる。


「……すみません。ハルルさん。荷物を運ぶのに、付き合ってもらって」

「えへへ。いいんスよ! セレネさんだけに任せられないッスから!」

「一人でも大丈夫でしたよ」

「またまた。あんな大荷物、一人じゃ大変ッスよ! 族長だからって全部やろうとしなくていいんッスよ?」

「……そう、言ってくださるのは。ハルルさんだけです」

 セレネは押し黙り本へと目を落とした。その頬を見て、ハルルはにっこりと笑った。


「えへへ。セレネさん、照れてるッス~」

「っ!!! て、て、照れてないですよっ」


 大慌てでセレネはビクっと背筋を伸ばした。慌て過ぎて本が閉じてしまう。


「ほんとに照れ屋さんスね。可愛いッス~!」

 ──そう。ハルルは分かっていた。彼女が照れ屋であるということを。

「か、揶揄(からか)わないでくださいっ」

「えへへ。揶揄(からか)ってないッスよ! それに、セレネさん」

「はい?」

 大慌てで否定するセレネに、ハルルは優しく微笑む。

 ハルルは彼女の『照れ屋で無口になってるだけ』という本質を見破った。まぁ──見破ったモノはそれだけではない。


「もっと年相応に、周りを頼っていいと思うッスよ!」


 ──他の族長たちですら見破れていないことをハルルは見破っていた。


「そ、それは……」

「困った時は、お姉ちゃんを頼ってくれていいんスよー! だってセレネさん、まだ14歳な──」

「わーっ! わーっ!! ダメッ、誰かに聞かれたらどうするんですかっ!」


 ──見た目はどう見てもハルルより年上。背丈もスラっとあって女性らしい体つき。だが彼女は──まだ齢14。


「ごめんなさいッス。年齢、25歳ってことにしてるんッスもんね!」

「……そうだけど。それも言わないでよ、ハルルさん」

「えへへ。すみませんッス!」


 馬車が進む。悪路らしくがたんがたんと音が立つ。

 御者さんには聞こえていないのは幸いだろう。


「あの。セレネさん。もしよければ聞いてもいいッスか?」

「はい? 何をですか?」

「なんで年齢を詐称してるんスか? ちょっと気になっちゃって」

「……えっと。それは。その。私しか、族長出来る人がいないから。ですかね」

「?? 黄月(こうげつ)の一族ってそんなに人が少ないんスか?」

「……それは。ちょっと違くて」

「?」

「私の一族、族長になれる血筋はその。四家しかないんです。八代前に魔王になった血筋らしくて。

その四家で残ってるのが私しかいないですから。事情を知ってるセンスイさんが、こうしたらいいって。計らってくれたん、です」

「……え。その血筋、セレネさんしかいないって。もしかして」

「うん。両親は──殺されました」

 沈黙が流れて──ハルルは俯いた。

「……ごめんなさいッス。思い出したくないことを、思い出させてしまって」

「ううん。もう昔のことですから。それに、一族の皆がよくしてくれるていますし、私は平気──わっ!?」


 ぎゅむっと音がする程、ハルルはセレネを抱きしめていた。


「ちょ、ハルルさんっ!?」

「大丈夫ッス、セレネさん。いえ、セレネちゃん!

お姉ちゃんをもっと頼ってくださっていいッスからね!」

「ええ。い、いえ。大丈夫ですからっ!」

「いえいえ! 可愛い妹が欲しいんで!」

「私利私欲じゃないですかもうっ!」

 セレネは困ったような顔で、温かく微笑んだ。


 窓の外の雲の切れ間から月明りが差し込んだ。

 港の高い城壁が見えてくる。


 ◆ ◆ ◆


 魔族自治領は、諸島である。

 王国領の最西の地から北に海を隔ててぽつんぽつんと点在する諸島を指す。


 そして、魔族自治領の中で最も王国領に近接する場所は──ボートで三十分も掛からずに渡れてしまう。

 何なら魔法の心得があれば、簡単に行けてしまうだろう。

 それくらい細い──まるで川のような、細い海が国境だ。


 そして、その王国と最も近接した港こそ、『城壁の港』である。


 港ではあるが、港町とは雰囲気が違う。その理由は、その町が十年前は軍港であり、現在も王国領から最も侵略を受ける可能性がある場所とされているが故、『分かりやすく城塞化』されているからだ。

 崖のように高い城壁。開閉式の鋼鉄の扉が開けば、入江を改築した港に入れる。

 それが、王国領から見た『城壁の港』である。


 ──かの港を、『王国領から見る者たち』が居た。

 その一人は──赤熱した赤い髪と純白のマントを潮風に靡かせ、感傷も無い瞳でその港を見ていた。




「おお。あれが諸悪の根源、魔族の自治領でありますか。

ようやく正式に──かの地に正義を刻める時が来たようであります」




 



 ◆ ◇ ◆

11/28 内容は変更していませんが、何故かセレネさんの口調が別キャラクター(今話非登場)と混在するバグを見つけてしまい修正しました。申し訳ございませんでした。

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