【20】握られた紙【18】
◆ ◆ ◆
……──言葉が詰まる。
何を言うべきか。何を、口にするべきか。
センスイさんと、赤守の族長さん。
二人とも、死んでいた。いや『殺されていた』。
事故──のように見えるが、そうではない。
赤守の族長さんは、頭から大量の出血があるように見える。
だが実際の死因は喉を切り裂かれたことによる失血死。
そしてセンスイさんも──眉間の傷が塞がれていたが、よく観察すれば銃か何かで撃たれたような傷があったようだ。
事故に見せかける為、死化粧か何かをしたのだろう。いや……傷が隠されているのは、彼女への弔いの気持ちかもしれない。
……片腕が失われたセンスイさんの遺体は、ちゃんと目を瞑っていた。
ユウを奪還しに来た誰かがセンスイさんたちを殺し、事故に偽装しようとした。
だが、……事故に偽装してセンスイさんの遺体を損壊させることを『誰かが』躊躇った。……ユウがきっと、躊躇って。岩盤の下に隠したんだと思う。
いずれ氷が溶けて、岩が圧し潰して柩になるように。そういう仕掛けをしてあった。
──ヴィオレッタはセンスイさんに懐いていた。
その小さな背が少し震えていた。
その肩をガーが支えていた。
「ジン。……センスイさんを殺したのは、ユウが犯人かな」
「どうだろうな。アイツがセンスイさんを殺すとは思えないけどな」
「じゃあ……誰が殺したんだろう」
「それは」
「ユウを助けに来たんだよね──そして、殺した。なら犯人は、やっぱりナズクルサイド。王国側の勇者、ってことだよね」
ヴィオレッタは空を見上げる。
「おい。追いかけるなんて言うんじゃねぇぞ」
「言う。許さない」
「待てって」
「師も!」
感情を荒く削り出したような声だった。
ヴィオレッタは、唇を強く噛んでいた。
「……師も殺された。おばあちゃんも殺された。
私の……私の大切な人たちが次々に殺される。私は黙ってられない……ッ!」
「待てよ。だから追いかけてぶっ殺すってか?
だけどそんなことしたら完全に奴らの思い描く通りになっちまうだろ」
「構わない。むしろ奴らが仕掛けてきた。反撃するだけ」
「反撃するにしても、センスイさんを殺したのが誰か分からないだろ」
「勇者を捕まえて犯人を見つける。片っ端から勇者を殺していけば、必ず出てくるでしょ」
「おい。それ、完全に奴らの思い描く通りだろ。お前が率先してそんなことしたら、戦争が始まっちまうぞ」
「関係ない。その『奴ら』を全員もう思い描くこともできない体にしてやる。戦争も始まったなら、敵を全部薙ぎ払うまでだよ」
「おい。ちょっと落ち着け」
「落ち着く? 落ち着いてられるはずがない。
ジンはおばあちゃんなんてどうでもいいと思ってるだろうけど!
私にとっては大切なおばあちゃんだッ!」
どうでもいいとは思ってない──と言い返すのは簡単だが。
ヴィオレッタの目は、怒りと悲しみが混ざって熱っぽく潤んでいる。
「あのなヴィオレッタ」
「五月蠅いッ!」
ヴィオレッタが大声を上げた時。
そっとガーがヴィオレッタの肩を優しく叩いた。
「レッタちゃん。気持ちは分かるんだ。分かるんだけど、止まろうぜ」
「ガーちゃん……。なんで。ガーちゃんまで!」
「オレは、レッタちゃんが行くって言うなら行くよ。
だけど、レッタちゃんが勇者たちを片っ端から殺したとしてさ。
そしたら戦争になって沢山人が死ぬよ。それをレッタちゃんはよくないって思ったから、王子に協力したんだよね?」
「そう、だけど」
「オレだって。おばあちゃん好きだった。だから、悲しいし、辛い。
だから……だからこそさ。おばあちゃんも、戦争になって欲しくないって言ってたじゃん。だから」
「だから、殺されても我慢するの?」
「違うぜ、レッタちゃん。──今、ナズクルの野郎たちに本気で仕返ししてやろうって考えてるんだぜ。だから、何をしてやればいいと思う?」
「……それは」
「一旦、落ち着こうぜ。な」
優しく、肩を抱き寄せたガーが微笑んだ。
ヴィオレッタはそのままガーの肩に頭を乗せてから、こくん、と頷いた。
「……うん。ごめん、ガーちゃん。それにジンも……ごめん。
酷いこと、言った」
ヴィオレッタはしおらしく呟いた。
「気にすんなって。……とりあえず、センスイさんの遺体、川から上げてあげようぜ。寒そうだ」
「うん」
しかし実際、ガーの問いかけは刺さる物があった。
『本気で仕返し』──どうすれば、ナズクルたちが嫌がるか。
先手を打つことが出来れば一番いい。だが、どうすれば先手をとれるか。
センスイさんが殺されたことを公表して訴えかけるか。いや、そうすると結局、戦争になりうる。青陰の一族なんて烈火の如くに暴れまわるだろう。
というか、待て。見落としているな。そもそもどうして、センスイさんたちが殺されたんだ?
「ジン。なんだろうこれ」
「ん? ……これは」
センスイの握りこぶしの中に紙が入っている。なんだろうか。
取り出してみれば──条約の代表団の名簿だった。
「……代表団の名簿?」
ヴィオレッタとガーが首を傾げた。
紙に血が付いている……ってことは、腕を失った後から握ったのか? 代表団の名簿を最後に握るって……これってダイイングメッセージってことか?
……待て。まさか。
「この名簿の中の奴で、今日、単独で動いている奴いるか?」
「え??」
「ジンさん急にどうした??」
「ナズクルたちの狙いは──その名簿の奴の暗殺じゃないか?」
その言葉に、ガーが青い顔する。
「ジンさん。そしたら、やべぇ。
王国領に一番近い『城壁の港』に──黄月の族長が出かけたっきりだ」




