【20】変質的連続殺人犯【14】
◆ ◆ ◆
山道の細い道に骸鳥馬車は叩きつけられた。
荒れた山道に、針のような枯れ木が生える斜面を転がっていく。
魔物が叫んだ。耳裂くような悲鳴だった。馬車を引いていた骸鳥馬は無残にも斜面に激突し木に突き刺さる。
岩肌に何度も激突を繰り返しながら、荷車だけが斜面を更に転がった。何度かのバウンドを経て空中に跳び出し、流れの遅い浅い川がある峡谷までまっすぐに落ちる。
その時、川面が青く光った。
そして、荷車は落下する。川面に直撃したが、川面がまるでスライムのように膨らんで受け止めていた。
『ぽよよん』とでも言うべき柔らかい音と共に荷車は、浅い川に最初からあったかのように横倒しで落ちていた。
「センスイさん。横向きではなく元の向きで止まって欲しかったのですが……」
「ばか言んじゃないよ。そんな繊細に魔法を使う暇があったかい?命があるだけ感謝しな」
「そうでありますな。まぁ……まだ終わってはおりませんが」
「はん。そうだね。まったく──」
馬車の破れた幌を更に広げて、老婆は川に出た。
足首が浸かる程しかない浅い川。老婆はため息を吐いて髪をかき上げる。
(やれやれ。しかし、パバトがようやく助けに来てくれましたか。
さて、僕もいつでも外に出れる準備を──っと、待て。この、甘い泥みたいに嫌な魔力。
パバトじゃないぞ。これは)
そして、破れた幌の外をユウは見た。
野生の羊のようなくるくるした髪。端正な顔立ちに大きな眼鏡と金色の目。
彼女を見て、ユウは目を見開いた。
「久しぶりじゃないか。え? 『変質的連続殺人犯』──ルクスソリス」
朧の月。風は遅く薄い雲から伸びた月光の下──一人の女性が両手で頬を押さえ、耐えられない笑みを浮かべながら『浮いて』いた。
「あはっ。変質的連続殺人犯ってひっどい二つ名ー!」
「はん。あんたにゃ相応しいと思うけどね」
「そーかなぁ? というか、お婆ちゃんとは一度しか会ってないのに、よく私の顔を覚えてたね」
「違うさ。二度会ってるよ。あんたがまだガキん頃にね」
「ふぅん。そー。じゃあ三度目の今日はお祝いでもしよっか?
クラムケーキよりも柔らかくて、デビルズよりも甘いココアと赤緋ベリーのケーキを用意してさ」
「祝いたかないね。あんたの顔なんて見たか無かったよ」
「あはっ。ウケる~! まあーいいんだけどね。とりあえずさ──死」
「センスイ殿、下がってくだされ! 【舌焼】!」
幌から飛び出した目覆いの族長が叫んだ。
彼がルクスソリスを見た瞬間──彼女は口を動かしながらその異変に気付き喉を触った。そして、ルクスソリスは。
「我が術技は言葉を焼滅させるっ! 魔法はこれで発動できまいっ」
「赤いの! 出てくるんじゃ──」
赤の族長の喉に『何か』が突き刺さった。
ルクスソリスは、べろんと舌を出して笑った。
「かっ……ァ」
族長はその喉に刺さった物を抜く。
(っ、なんだこれは。掌には収まる。刃物? いやそれにしては軽いし、細長過ぎる。なんだこれは? それに、縮んでいく……)
血まみれのそれは徐々にサイズを縮めていき──目を見開いてそれを捨てた。
「っ! これはっ……『爪』かッ!」
「そーだよ。あ、声出せた。その時代の四翼は皆、爪魔法好きだからね~。
っと、喋れるってことは、貴方の術技は集中力切れたら掛けなおしタイプの術技かなぁ?」
(っ……爪の魔法っ。聞いたことがある。
爪の長さや硬度を自在に変え、あまつさえ遠くへ飛ばすことも出来る遠近両方可能な魔法。
しかし、殺傷力は低いはず)
「赤いのっ! 月が翳る! そいつは『夜風』に乗って瞬間移動するよ!! 身を守りなっ!!」
センスイが声を荒げたその時──空間が真っ暗になった。
その刹那、月が消えた。
「あはっ。お婆ちゃんさぁ。何で全部言っちゃうかなぁ。
もっと焦らして隠してよ。私、他の黄月の子たちと違って持ってる技少ないんだからさ~」
水飛沫が立った。ほんの一つの水飛沫が。
川に俯せで男は倒れ、脈々と血が流れている。
「不意打ちするのは『ゼロ点・ライヴェルグ』だからね。ズッタズッタにしたよ、喉」
「……っ」
「怖い顔しないでよ、お婆ちゃん。それにまだ喉をずたずたに裂いただけ。助かるかもよ?」
「このガキ……何が目的だい」
「目的? え、ライヴェルグ様の体だけど」
「そういう品のない冗談を聞いてるんじゃないよ。何故、襲撃してきた」
「ああ、そっちか。それはオマケかな。ユウを奪還してこいってさ」
「そうかい。じゃあ、渡せないね」
「止めといたら? 私が0.97ライヴェルグだとしたら、お婆ちゃんは0.21ライヴェルグ。普通の人より全然ライヴェルグしてるけど、全然足りない。全然な程に、全然」
「……あんたさっきから、ウケるとか全然とか、若者言葉で喋ってるみたいだけどね。
それ全部死語だよ。あたしすら知ってるくらいね」
「哎呀 」
「それも古いよ」
「まー、十年近く投獄されてたからね。ちょっとずつ勉強し直すよ~」
「あんたは元四翼だし、ライヴェルグと互角に渡り合った程に強いと聞いているがね」
「あはっ。嬉しい、そう伝わってるんだ~」
「それが傲慢だったね。
水場で青羽の一族とやり合うなんて──海の中で鮫と殺し合うのと同義だよ」
ルクスソリスが笑いながら一歩近づこうとしたその時。
「……あれ、ぬっちゃぬっちゃしてる、足」
スライムのような水が、彼女の足を覆っていた。
「『ぬめり水の檻』」
ぽよんという音と同時に、ルクスソリスをゼリーのような水の塊が覆った。
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読んで頂き、そして、いいねやブックマークも頂き、本当にありがとうございます!
今回は謝罪です。
今後の連載なのですが、
毎週『水曜日』と『日曜日』を定休させて頂こうと思います。
作者の勤務都合に、読者の皆様を振り回すのは申し訳ないと思っていたのですが、やむを得ず定休日を作らせていただきたく思います。
勤務の方が安定せず、執筆が追い付かない状態が続いている状態です。
時間を作るのも作者の能力で行うべき所なのですが……申し開きのしようもございません。
誠に申し訳ございません。
可能な限り毎日連載に戻せるように努力していきます。
目下、明日の投稿はお休みとなります。
何卒、よろしくお願い致します。
2024/03/23 暁輝




