【20】僕ぁ、貴方の前で暴れ出しません【13】
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あたしゃ編み物は苦手だよ。
だけどね、装飾品を作るのが好きさ。
趣味さ。だけど、そこらの販売している物に負けないよ。
なぁに、手先があんたらより随分と器用なのさ。器用だし早い。
そういうばあちゃんなんだよ。あたしゃね。
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魔王──フェンズヴェイ。かの王は200年以上生きてたってね。
ありゃ魔族の中でも珍しい方だよ。確かに魔族っていうのはね、長命な種もいるさ。でも基本的には人間と同じ寿命だよ。
だから、フェンズヴェイ王はあたしの婆さんが子供の頃に既にあの姿だったらしいね。狼の姿? それは知らないね。
ああでも、彼の意匠には狼が多く描かれていたね。ほら、その王冠にも。
どんな王だったかって? 立派に統治はされてたんじゃないかね。
悪いね。族長というのはあくまで部族の中での長という立ち位置で、王とは関りが薄いのさ。だから彼の仕事ぶりは然程分からんよ。
他に知っていることかい? うーん。まぁフェンズヴェイ王はとにかく人間を嫌いで有名だったね。
人間への怒りで戦争を続けていたから、いつもピリピリとした空気を纏ってる王だった、とは思うけどね。
だからあんたが。人間のあんたがフェンズヴェイ王の弟子っていうのは信じられなかったよ。
あの人間嫌いの王がまさか人間を弟子にするなんてね。それも、あんなに嫌っていた少女をね。
あ? はぁ?
魔王になりたい??
どうして魔王なんかになりたいんだい?
わざわざ沈みかけの魔族なんかに手を貸すなんて、そんなもの好き……──。
……はん。そうかいそうかい。まったく。
ふっ。わかったよ。力を貸せばいいんだろう?
ほれ。これを見てみ。何か分からないかい?
これはね、フェンズヴェイ王が使っていた王冠だよ。
ただこのまま被ると……駄目だね。ちょっとおしゃれな眼帯みたいになっちゃうね。こりゃ頭のサイズが全然合わないねぇ。
仕方ない。少し手直ししてティアラのタイプにするのがいいだろう。
貸して見な。やってやるからさ。
はん。あたしゃね、手先はあんたらより器用なんだよ。
式典までには間に合うように作ってやるさ。安心して貸しな。
え、なんであんたがフェンズヴェイ王の弟子だと信じたかって?
はん。嘘吐いたのかい? 吐いてないだろう?
勘さ。……はん。悪かったよ。冗談さ。
明確に理由があるさね。……それも分かりやすい。
あんたの魔法を使う所を見れば分かるよ。鏡で魔法を使う所、見たことあるかい?
あんたの杖の構え方や戦い方、魔法発動前の仕草に至るまでね。一挙手一投足全部が、フェンズヴェイ王のそれと同じだよ。
フェンズヴェイ王を知っている者なら誰だってすぐに分かるさ。
──彼の弟子なんだってね。それも、大切に育てられた一番弟子なんだろうとね。
まぁ、弟子というよりかは。レッタ。
あんたとフェンズヴェイ王はさながら……。
「親子のようって言われたの、嬉しかったよ」
「そんなこと、あたしゃ言ったかねぇ」
──背の低い梅干し顔の老女は少し照れたように笑う。
「くすくす。言ったよ、おばあちゃん」
「そうかそうか。言ったのかもねぇ」
老女の名前はセンスイ。魔族の虹位七族という7つある部族の一つ『青陰』を束ねる魔族である。
今、センスイはソファに腰かけている。
その膝に頭を乗せて、だらっと寝転がっているのがヴィオレッタである。
センスイは目を伏せてヴィオレッタの髪を撫でていた。
「屋敷に帰っちゃうの?」
ヴィオレッタは少し寂しそうに言う。
「ああ。一回帰るよ。ユウを監獄に入れないといけないしね」
「そっか。……ちょっと寂しいな」
「ほんとに、あっちの子とそっくりだねぇ。こんなばあちゃんに懐いてくれてありがとうよ」
「だって落ち着く音だもん」
そうかい、と呟いてからセンスイはヴィオレッタの耳を撫でる。
耳たぶから、耳の周りをそってそのまま頬をくすぐった。
「くすくす。くすぐったいよ」
「すまないね。つい」
「もうー」
「……ああ、そうだ。忘れるところだった。魔王の王冠を女性用冠に直した時にね、少し部位が余ってね」
銀白に輝いたのは鋭く磨かれた一つ牙のイヤリング。
「わぁ……! ……くすくす。すっごく綺麗だね! ……ただこれ、何か動物の歯の形?」
「ああ。そうさ。──あんたも好きな狼の牙を模したイヤリングを作ったんだよ。
あんたの顔立ちになら、これくらい派手なイヤリングもまた似合うだろうからね」
「くすくす。おばあちゃんありがと~、好き~」
「やれやれ。急に孫を名乗るガキが増えて仕方ないね」
銀白に輝いたのは鋭く磨かれた一つ牙のイヤリング。
そっとセンスイはヴィオレッタの耳にそれを付けた。
「動物の牙を模倣したアクセサリーはね、昔からの呪いなのさ。
世の中の悪い物からあんたを守ってくれますように、っていうね」
「そうなんだ。素敵だね。……大切にするよ」
「気に入ってくれたなら、作った甲斐があったってもんさ」
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「ほら! 早く奥に詰めな! とろとろするんじゃないよ!」
「ひぃい……センスイさん、昔っから本当にせっかちなんですから……」
10歳くらいの少年──の姿になってしまったユウを蹴飛ばしながら、老女は馬車──もとい、骸鳥馬が引く車に乗った。
骸鳥馬とは魔物の一種である。
似た生物に天馬がいる。天馬との違いは体は顔であろう。体は馬だが顔は鳥。それも鳥頭骨に皮を張り付けたような、少し恐ろしい顔をしている。
とはいえ、顔に反して気性は大人しい。よく懐き、空を翔る分、馬より早い。それゆえ、移動手段として重宝されていた。
バサバサと羽搏く音が響いた。満月に向けて真っ直ぐに骸鳥馬の馬車が飛び上がる。
ぐんぐんと地上から離れて行く。
雲が千切れて、星の下。
少しの揺れに包まれながら、空飛ぶ馬車は進んでいく。
そして──数十分が経った。幾ら早い骸鳥馬とはいえ、目的地までは一時間程掛かるらしい。
ユウは窓の外を一度見てから、ため息を吐く。
「……本当に、僕の護送にはセンスイさんと、赤守の族長さんだけなんですね」
「はん。護送じゃないさ。それにあんた。あたしの前で暴れ出す気かい?」
「あはは。そりゃ僕だって馬鹿じゃないですよ。僕ぁ、貴方の前で暴れ出しません。絶対にないですよ──ただ」
「あ?」
「最も敵に狙われやすいのは移動中だと聞きますよ? もっと護衛を固めるべきだったのでは?」
「……ほう。やる気かい?」
「やだな。さっき言ったじゃないですか。大人しくしておきますよって。──『僕ぁ』ね」
瞬間、荷車が大きく左右に揺れた。




