【20】魔族自治領発足式典②【04】
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共和国領、国境に程近い煉瓦の町。
その町の宿の一室にルキたちは立て籠っている。
彼女の同行を監視する為、宿の周囲には数名の若い女性勇者たちが居た。
彼女らは、少し異様な勇者たちである。
何が異様か。それは見た目である。
前衛的なファッションというべきか。
ともかく町の外観と全く合っていない。
一番目立つのは、あの女性。桃色の鶏冠のような棟髪刈頭だ。
そして、雲丹棘頭や一本角頭など、個性的なヘアースタイルの勇者たちが並んでいる。
特徴的なヘアースタイル。そして、光沢のある黒革の衣服。
攻撃的衣装と昨今呼ばれているファッションだ。
その奇抜な集団に、一人の女性が向かって行く。
彼女たちと似たような服装ではあるが、更に強化された服装──銀の髑髏や薔薇のネックレス、至る所に拷問器具のような鎖をジャラジャラと付けた重そうな衣服。
光沢の一つもない炭のような黒髪の二つ結い。
少女のように童顔の女性。化粧で肌は病的に白く、対比するように塗られた真っ赤な口紅を塗っている。
「お疲れ。悪いんな……何日も休ませて貰って」
「「「! お疲れ様です、セーリャ姉さんッ!」」」
尖がった髪型の女性勇者たちが一挙に頭を下げた。
この攻撃的衣装な勇者集団を束ねる女性──セーリャ・ド・カデナである。
「セーリャ姉さん! 具合はもう大丈夫なんですか!?」
桃色棟髪刈の女性が双眼鏡を持ったまま腕を組んだ
「ああ。アレシア。ありがとうな。おかげでもう大丈夫だよ。
二日もゆっくりさせて貰ったら、流石にね」
「ならいいんですがね……無理は禁物ですぜ。
禁式、そう簡単に連発出来る魔法ではないってうかがってますからっ!」
アレシアと呼ばれた桃色棟髪刈の彼女は心配そうにセーリャを見る。
セーリャは苦く笑ってから、それより、と言葉を続けた。
「どうだ? 何か変わったか?」
「いやぁ……賢者ルキさんらは宿の中から出る気配はありませんぜ。
一昨日、姉さんが禁式をやってくれてから、交代で見張ってるんで。もう二日。
なーんの動きも無い。一応、遠くから魔法破りも使ったんで、変装系の魔法も発動していないのは確実ですぜ」
そう言ってからアレシアは双眼鏡をセーリャに渡す。
セーリャは双眼鏡を使ってルキのいる部屋を覗く。
「楽しそうに談笑してんなぁ」
確認できるのはルキと、冴えない男。それから黒髪の女に、背の低い少年。ラニアン王子だろう。
「……まぁこのまま押し込めておけるならそれでいいな。
式典中ずっと共和国なら、式典は安全だろうしな」
セーリャが呟くと、桃色棟髪刈アレシアがため息を吐いた。
「セーリャ姉さん。こんな仕事、ほんとは姉さんの仕事じゃないっすよ」
「ァあ?」
「王城でのことはセーリャ姉さんは関係ないじゃないですか。
ぶっちゃけ当直じゃなかったわけですし! ペナルティでこんな共和国くんだりで張り込み!
酷い話ですぜ!」
「ああ、それか。……わたしにくっついてこないで、お前たちだけでも王城に残ってりゃよかったじゃねぇのよ」
「いやっすよ! セーリャ姉さんの親衛隊なんで! ってか話したい所はそこじゃないですよ!
ナズクルの野郎は采配ミスだって言いたいんですって! 式典の警護には姉さん以外の適任はいないのにっ!」
「しゃあないだろ。その場にいて王を守れなかった訳だし。
絞首刑じゃなかっただけマシって思ってるよ」
セーリャのその言葉が不服なのか、アレシアは頬をぷくっと膨らませて腕を組んだ。
「それに。まぁラニアン王子まで拉致られているとしたら、公にはし難いしな。
あの場に居た私に話が飛んでくるのも分かる話だって」
「……本当、なんですかね」
「あ?」
「いえ。セーリャ姉さん。俄かに信じられないんですよね。
あの賢者ルキさんがラニアン王子を誘拐なんてしますかね?」
「分かんね。だからやっぱり直接、話してみるしかないんだが──……あ?」
「? セーリャ姉さん、どうしました?」
「……変だ」
「はい?」
「王子と隣の黒髪の女、背丈が一緒位だ。ありえないだろ」
「??」
「っ! いつから……! いつから入れ替わって!!」
「え。え!?」
「偽物だっ! 多分、ルキ以外全員!」
◆ ◆ ◆
この世界には術技という概念がある。
『術技』は『魔法原理』や『科学理論』といった『法則』に囚われない──所謂、『超能力』である。
「パバト。お前、術技って何だと思う?」
「ぶひゅひゅ?」
「術技は、一つとして同じ効果が無いそうだ」
似た効果はあれど、厳密に言えば全く同じ術技というものはない。
人それぞれに個性があるように、人の顔が双子でもない限り同じ顔をしていないように──一つとして同じ効果がない。
「──術技は『法則に囚われない』」
【支配人】、自分の所有物に疑似的な命を与えたり。
【偽感】、対象者に過去の感覚を思い出させたり。
【靄舞】、魔法をよく吸う靄を血から生み出したり。
「ぶひゅひゅ。よく魔法学者や術技の研究者は言ってるねぇ。発狂する程に『理論を吹き飛ばした超能力だ』って」
「そう。術技は理論を吹き飛ばす力を持っている。
魔王フェンズヴェイとヴィオレッタの論文ではそれを『魂』と呼んでいた」
「魂……魂ねぇ」
「彼らは、術技習得についても研究していた。
特に、後天的に術技の習得だ。
──どうにも後天的に術技を習得する者たちには共通点があったそうだ」
「共通点?」
「感情の昂り。『魂が震えた時に術技は発現する』」
パバトは──頬を掻いた。
想像していなかった言葉に、驚きを隠せずパバトは困惑していた。
「……ぶひゅひゅ。僕朕の勘違いじゃないなら……ナズクルさん、もしかして──」
パバトは、息を呑んだ。
それは──考えついても実行は不可能だとされていた。
パバトは言葉を、続けた。
「──術技を作る気、ですかね」
「ああ──ご明察だ。
その為に、術技が発動していない存在が必要だ。
都合がいいことに、南にある獣人の皇国の術技所有者は4割程度。
つまり、6割程度はまだ術技を発現していない訳だ」
「な、るほど。ナズクルさん、貴方が欲するものは」
「そう、術技だ。
俺は、俺が欲しい術技を作る。この世界にまだ生まれていない術技を、な」
「……どんな、術技が欲しいんですか?」
「ふ。ヴィオレッタとほとんど同じさ」
「ということは……死者蘇生!」
「いいや。……そんなものじゃ『満たされない』だろ」
「え?」
「まぁ、その時が来たら話してやるさ。
……理論上、作れる筈だからな。そういう術技が。
だから──私怨と実益、両方ともが揃っているんだ。
俺が恨む獣人を殺し、術技まで作れれば、一石二……──」
ガシャン、と──珈琲カップがナズクルの足元で割れた。
「ぶひゅ。ナズクルさん、落としましたよ、珈琲カップ」
「……術技は、発動しているのか」
「? 発動してますよ」
「誰に、なってる」
「はい?」
「誰の顔を作った」
「は? 老王の顔ですけど?? というか今、あのジジィの顔写真見ながら一生懸命術技使って──」
「あれが、老王なのか?」
ナズクルは荒い声で言い放つ。
「え? はぁ? 僕朕、そっち見れないんですけど??」
板面の向こう側で。
すたすたと。
壇上をすたすたと少年は歩く。
そして中心にて立ち止まり──威風堂々と、少年は声を張る。
『余方の名前は──ラニアン・P・アーリマニアである』




