【06】絵のモデル?【07】
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「絵のモデル?」
俺は思わず聞き返した。
「そッス。なんか、そのおじいちゃん、どうしても私に絵のモデルになって欲しいって聞き分けなくって……」
ハルルから聞いた話によると、依頼から帰る途中に助けた老人が、ハルルをモデルに絵を描きたいそうだ。
「……裸婦画か?」
「違うッス!」
「そうか。なら、まぁ、いいんじゃねぇの? 報酬も出してくれるんだろ?」
「まぁ、そりゃ、そッスけど」
なんか奥歯にものが挟まったような言い方だな……。
「実は、その。師匠も一緒に、とのことで」
「……一緒に? え?」
「一緒に、モデルになって欲しいと」
「……はぁ!? なんで俺が? というか、どういう経緯でそうなったんだよ!?」
「は、話せば長くなるんで、割愛ということで」
「最重要部分じゃねぇの、そこ!?」
「いやぁ、ははは。あの、まぁ、その、それで、便利屋として仕事を受けまして」
「おい、事後報告か?」
「ほ、報酬、二人分出るってことでして……金貨四枚ずつ」
「……いや、報酬は、それでいいとして、なんだか……おかしくねぇか?」
「はい?」
「だって、老人は俺の顔、知らないだろ? なんで、そんな奴をモデルにすると?」
「そこは、そうなんですが。まぁ、モデル、やりましょう」
……マジかよ。
俺は腕を組んだ。
「絵とか、写真とか、苦手なんだよな」
魔王討伐の旅。その終盤の方には、俺たちは有名になっていた。
写真は勿論だが、絵画のモデルに選ばれることも多かった。
仲間のサシャラやラピスなどはノリノリでモデルになっていたが、俺はどうにも苦手だ。
「やっぱり、嫌ッスか?」
ハルルが不安げな顔をしている。
俺は溜息を吐いた。
「……受けたもんは仕方ないし、いいよ」
「す、すみませんス」
「不機嫌とかじゃないぞ。ただ、あんまり良い思い出が無いだけで」
「? そうなんスか?」
「ああ……まぁ、なんだ。一時間くらいずっと同じポージングで、しかも真夏の密室で、モデルしたことがあってな。以来、嫌になっただけだよ」
まぁ、ちゃんと依頼料出るなら、立ってるだけでお金を貰える楽な仕事、とも言える。
「そんなことがあったんスね! あれ、その絵って、この『ライヴェルグ勇者語録』の表紙ッスか?」
くっ! また久々に俺の黒歴史がハルルの鞄から召喚されたっ!
当時、カッコいいと思って言った名言が記載されてしまっている。
できれば燃やして欲しい……。
「と、とりあえず、明日、どこに行けばいいんだ?」
話題を逸らした。
「あ、そうッスね。明日、噴水広場で待ち合わせしてるッス!」
「了解だ」
「『俺が歩みを止めなければ、必ず世界に朝が来る』」
「何、音読してんだぁああああ!」
◆ ◆ ◆
翌日。
なるほど。
こういう理由か。俺のキャスティングは。
黒い礼服、白い詰襟。西方式の男性の第一装。
そして、ハルルは簡素な白いドレス。
「結婚式の絵。それが描きたかったので、男性が必要だったのじゃ」
「えへへ。流石に見ず知らずの人とはこの格好では嫌じゃないッスかー」
「……まぁ、そうだな」
納得ではある。
「はじめまして。ワシは流れの画家じゃ。雅号は、ネムルス・メラントじゃが、絵描きのジジイでよい。よろしくお願いするよ」
「ああ。よろしく。俺は便利屋のジンだ」
絵描きの老人は挨拶もほどほどに、キャンバスを立てた。
ここは、宿屋の一部屋。この老人が借りているらしい。
日当たりもいい角部屋だが、全ての窓のカーテンが閉ざされていて、薄暗い。
部屋には何枚かの絵が置かれている。
その全てに描かれているのは、白い長い髪の女性の絵だ。
椅子に座った女性の絵。猫を撫でる女性の絵。立ち姿の女性の絵。
俺は、絵が専門ではないから詳しくは分からないが……見たまま言えば、どの絵も写実的だ。
写真のように精巧で、そこに居る人間を生き写したような生々しさがある。
ただ、どの絵も、少し寂しく感じてしまう。
全ての絵の女性は、とても美しいのに。何故だろうか。
いや、それよりも。
「この絵の女性が、ミッシェルさんですか?」
「んむ。そうじゃ」
「ハルルと全然似てないですけど」
「師匠! 似てるッスよ! 鼻の位置とか! 目の数とか!!」
「んむ。髪を伸ばし、背を伸ばし、目を憂わせ、瞳の色を変え、静かにさせ、胸に詰め物を入れれば、完璧に似ておるのじゃ」
「おい、それ、完全に別な人間じゃねぇか」
「というか、最後の文言! 私はそんなに無くないッス!!」
「ええい、モデルどもは静かに動かずしておれーっ!」
無茶苦茶だな! このジジイ!
絵描きの老人がハルルに近づき、頭に鬘をかぶせた。
「で、視線は下を向けて、手は膝の上に。そう、そうじゃ」
……おしとやかに見える。
白いドレスも相俟って、なるほど。
「いい感じッスか?」
簡素な白いドレス姿ではあるが、衣装が変わればいつもと違う。
「ああ。ドレスが良く似合って。そうだな、まさに、馬子にも衣裳だな」
「? 褒めてます?」
「もちろん、史上最強に褒めてるよ」
「絶対、嘘ッスね!」
バレたか。
ふと、老人を見やる。
少しだけ優しい目で俺たちを見ていたが、すぐに目線を逸らした。
「さて、では、描き始めるのじゃ……」
木炭を手に取り、老人は描き始める。
最初の工程。あの木炭で線を描き、大まかな当たりを付けるらしい。
老人は、本当にちゃんとした画家だ。
手を動かす動きは、とても機敏で、キャンバスは見えずとも迫力があった。
何より、その鋭い眼光。俺は、似た者に見覚えがあった。
「肖像画家だったんですか、おじいさんは?」
尋ねた。
「肖像画家? なんスか、それ?」
ああ。そうか、今の時代にはないもんな。その仕事。
「男性モデル。静かにしておれい」
正論を言われ、俺は口を閉じる。
ハルルが『叱られてるッス~』とニヤニヤ笑って見せた。
「ミッシェルは顔を動かさない。笑わない。静かにする」
ぴしっと言われ、ハルルも真顔を懸命に演じる。
数十秒の沈黙で、作られたハルルの真顔が面白くて、笑いが込み上げてきてしまう。
カツン。という音。木炭が置かれた。
ヤバい。本気で怒らせたか。
「今の若者は、肖像画家の仕事も知らぬのも当然か……」
老人は立ち上がり……部屋の隅にある大きなリュックサックから何かを取り出す。
「……肖像画家だった頃、モデルが暇にならぬように、よく音楽を掛けていたのを思い出したよ」
あのリュックサック、よく見れば魔法陣が縫い込まれている。
物をより多く収納できるようにしているのだろう。
そして、そのリュックサックから、古い器械を、老人は取り出した。
魔法具、というのが近いかもしれない。開いた掌より大きい二枚貝の貝殻を模した、相当に古い魔法具だ。
多分、話の流れから推察するに、音を貯めておくことの出来る道具だろう。
「当時、流行っていた音楽しかないがね。流すとするよ」
老人が貝殻を開けた。少し古くなり遠のいた音が聞こえだす。
「……昔は、画家と言えば、肖像画家、という仕事のことを指しておったのじゃよ」
モデルも退屈じゃろうから、昔話でもしながら描く。
そう呟いた老人は、絵を描きながら、ぽつぽつと、昔話を語り始めた。
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