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【06】絵のモデル?【07】


◆ ◆ ◆


「絵のモデル?」


 俺は思わず聞き返した。

「そッス。なんか、そのおじいちゃん、どうしても私に絵のモデルになって欲しいって聞き分けなくって……」

 

 ハルルから聞いた話によると、依頼(クエスト)から帰る途中に助けた老人が、ハルルをモデルに絵を描きたいそうだ。


「……裸婦画(ヌード)か?」

「違うッス!」

「そうか。なら、まぁ、いいんじゃねぇの? 報酬も出してくれるんだろ?」

「まぁ、そりゃ、そッスけど」

 なんか奥歯にものが挟まったような言い方だな……。


「実は、その。師匠も一緒に、とのことで」

「……一緒に? え?」


「一緒に、モデルになって欲しいと」


「……はぁ!? なんで俺が? というか、どういう経緯でそうなったんだよ!?」

「は、話せば長くなるんで、割愛ということで」

「最重要部分じゃねぇの、そこ!?」

「いやぁ、ははは。あの、まぁ、その、それで、便利屋として仕事を受けまして」


「おい、事後報告か?」

「ほ、報酬、二人分出るってことでして……金貨四枚ずつ」

「……いや、報酬は、それでいいとして、なんだか……おかしくねぇか?」

「はい?」


「だって、老人は俺の顔、知らないだろ? なんで、そんな奴をモデルにすると?」

「そこは、そうなんですが。まぁ、モデル、やりましょう」

 ……マジかよ。

 俺は腕を組んだ。

「絵とか、写真とか、苦手なんだよな」


 魔王討伐の旅。その終盤の方には、俺たちは有名になっていた。

 写真は勿論だが、絵画のモデルに選ばれることも多かった。

 仲間のサシャラやラピスなどはノリノリでモデルになっていたが、俺はどうにも苦手だ。


「やっぱり、嫌ッスか?」


 ハルルが不安げな顔をしている。

 俺は溜息を吐いた。


「……受けたもんは仕方ないし、いいよ」

「す、すみませんス」

「不機嫌とかじゃないぞ。ただ、あんまり良い思い出が無いだけで」

「? そうなんスか?」


「ああ……まぁ、なんだ。一時間くらいずっと同じポージングで、しかも真夏の密室で、モデルしたことがあってな。以来、嫌になっただけだよ」


 まぁ、ちゃんと依頼料出るなら、立ってるだけでお金を貰える楽な仕事、とも言える。


「そんなことがあったんスね! あれ、その絵って、この『ライヴェルグ勇者語録』の表紙ッスか?」


 くっ! また久々に俺の黒歴史がハルルの鞄から召喚されたっ!

 当時、カッコいいと思って言った名言が記載されてしまっている。

 できれば燃やして欲しい……。


「と、とりあえず、明日、どこに行けばいいんだ?」

 話題を逸らした。

「あ、そうッスね。明日、噴水広場で待ち合わせしてるッス!」

「了解だ」


「『俺が歩みを止めなければ、必ず世界に朝が来る』」

「何、音読してんだぁああああ!」


 ◆ ◆ ◆


 翌日。


 なるほど。

 こういう理由か。俺のキャスティングは。


 黒い礼服、白い詰襟。西方式の男性の第一装(ドレスコード)

 そして、ハルルは簡素な白いドレス。


「結婚式の絵。それが描きたかったので、男性が必要だったのじゃ」


「えへへ。流石に見ず知らずの人とはこの格好では嫌じゃないッスかー」

「……まぁ、そうだな」

 納得ではある。


「はじめまして。ワシは流れの画家じゃ。雅号(ペンネーム)は、ネムルス・メラントじゃが、絵描きのジジイでよい。よろしくお願いするよ」


「ああ。よろしく。俺は便利屋のジンだ」


 絵描きの老人は挨拶もほどほどに、キャンバスを立てた。

 ここは、宿屋の一部屋。この老人が借りているらしい。

 日当たりもいい角部屋だが、全ての窓のカーテンが閉ざされていて、薄暗い。


 部屋には何枚かの絵が置かれている。

 その全てに描かれているのは、白い長い髪の女性の絵だ。

 椅子に座った女性の絵。猫を撫でる女性の絵。立ち姿の女性の絵。


 俺は、絵が専門ではないから詳しくは分からないが……見たまま言えば、どの絵も写実的だ。

 写真のように精巧で、そこに居る人間を生き写したような生々しさがある。

 ただ、どの絵も、少し寂しく感じてしまう。


 全ての絵の女性は、とても美しいのに。何故だろうか。

 いや、それよりも。


「この絵の女性が、ミッシェルさんですか?」

「んむ。そうじゃ」


ハルル(こいつ)と全然似てないですけど」


「師匠! 似てるッスよ! 鼻の位置とか! 目の数とか!!」

「んむ。髪を伸ばし、背を伸ばし、目を憂わせ、瞳の色を変え、静かにさせ、胸に詰め物を入れれば、完璧に似ておるのじゃ」

「おい、それ、完全に別な人間じゃねぇか」

「というか、最後の文言! 私はそんなに無くないッス!!」


「ええい、モデルどもは静かに動かずしておれーっ!」

 無茶苦茶だな! このジジイ!


 絵描きの老人がハルルに近づき、頭に(ウィッグ)をかぶせた。

「で、視線は下を向けて、手は膝の上に。そう、そうじゃ」

 ……おしとやかに見える。

 白いドレスも相俟って、なるほど。


「いい感じッスか?」

 簡素な白いドレス姿ではあるが、衣装が変わればいつもと違う。


「ああ。ドレスが良く似合って。そうだな、まさに、馬子にも衣裳だな」

「? 褒めてます?」

「もちろん、史上最強に褒めてるよ」

「絶対、嘘ッスね!」

 バレたか。


 ふと、老人を見やる。

 少しだけ優しい目で俺たちを見ていたが、すぐに目線を逸らした。


「さて、では、描き始めるのじゃ……」

 木炭を手に取り、老人は描き始める。

 最初の工程。あの木炭で線を描き、大まかな当たりを付けるらしい。


 老人は、本当にちゃんとした画家だ。

 手を動かす動きは、とても機敏で、キャンバスは見えずとも迫力があった。

 何より、その鋭い眼光。俺は、似た者に見覚えがあった。


「肖像画家だったんですか、おじいさんは?」

 尋ねた。


「肖像画家? なんスか、それ?」

 ああ。そうか、今の時代にはないもんな。その仕事。


「男性モデル。静かにしておれい」

 正論を言われ、俺は口を閉じる。

 ハルルが『叱られてるッス~』とニヤニヤ笑って見せた。


「ミッシェルは顔を動かさない。笑わない。静かにする」

 ぴしっと言われ、ハルルも真顔を懸命に演じる。


 数十秒の沈黙で、作られたハルルの真顔が面白くて、笑いが込み上げてきてしまう。


 カツン。という音。木炭が置かれた。

 ヤバい。本気で怒らせたか。


「今の若者は、肖像画家の仕事も知らぬのも当然か……」

 老人は立ち上がり……部屋の隅にある大きなリュックサックから何かを取り出す。


「……肖像画家だった頃、モデルが暇にならぬように、よく音楽を掛けていたのを思い出したよ」

 あのリュックサック、よく見れば魔法陣が縫い込まれている。

 物をより多く収納できるようにしているのだろう。


 そして、そのリュックサックから、古い器械を、老人は取り出した。

 魔法具、というのが近いかもしれない。開いた掌より大きい二枚貝の貝殻を模した、相当に古い魔法具だ。

 多分、話の流れから推察するに、音を貯めておくことの出来る道具だろう。


「当時、流行っていた音楽しかないがね。流すとするよ」


 老人が貝殻を開けた。少し古くなり遠のいた音が聞こえだす。


「……昔は、画家と言えば、肖像画家、という仕事のことを指しておったのじゃよ」


 モデルも退屈じゃろうから、昔話でもしながら描く。

 そう呟いた老人は、絵を描きながら、ぽつぽつと、昔話を語り始めた。


 ◆ ◆ ◆


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