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【20】狂言戦争【01】


 薄暗い闇の中に、旧魔王城は聳え立つ。

 『光を浴びることが出来ない者たち』が生きる為、その『島』には魔法が掛けられた。

 何百年もの昔に掛けられた魔法は、その島に大きな雲と霧を生み出し続けている。今日まで消えることのない魔法によって、魔王城のある島には陽の光は差し込まない。


 今、魔王城は魔族の所有物(もの)ではない。

 戦後、王国が接収した。──後、解体を試みるも、その高度な魔法技術や旧時代の建築様式の歴史的価値の高さなどから保存が決定される。

 現在は、王国管理となっており立ち入る者は『いない』──ということになっている。


 ──魔王城中央戦略会議室。

 置かれた円卓。質素にも見える円卓には装飾など一切ない。


 その円卓。

 最も位が高い者が着くべき場所に、一人の男が座っている。

 腕を組み、据わった目をした赤褐色の髪の男。

 王国参謀長、ナズクル・A・ディガルド。


 誰も立ち入る者がいないはずの魔王城は、現在、ナズクルらの都合のいい会議室として使われている。


「……所で、ユウ」

 ナズクルは神妙な面持ちで、声を上げた。

 ユウ。そう呼ばれた男は、大丈夫ですよ、と呟いた。


「『噂の流布の件』ですよね。問題なく行っていますよ。

元から南方じゃ昔から戦争を仕掛ける獣人への不満や怒り(フラストレーション)が溜まってますし、魔族への怒りなんて戦争経験世代は表に出さないだけで内面には深く──」

「いや、そうじゃなくて、だな」

「……なんでしょう?」


「今更なのだが──何故、縮んだのだ?」


 ナズクルの問いかけに──齢6歳程、幼い少年に姿が変わってしまったユウは苦く笑う。


「本当に今更ですね。牢から出してくれた時は平然としてたくせに」

「ああ。その時は気にならなかったんだが」

「気にならなかったんだ??」

「よくよく見れば気になった」

「……すっとぼけた性格してますよね……」

「そうだろうか?」

「そうですよ。……はぁ」


 ユウは深くため息を吐いてから、まぁいいですけど、と腕をだらんと卓上に伸ばした。

「隊長に殺されかけたんで、命や魔力を諸々使って防御したんですよ。そしたら、縮みました」

「ふむ。意味不明だが……大丈夫なのか?」

「ああ、体は動きますよ。若返ったような気分です」

「いや、そうではない」

「はい?」


「作戦は実行可能か? 元よりお前が『老王(ロォワン)』になりすます計画だったが」


「……あ」

「……」


「だ、大丈夫ですよ! ほら、あのクソデブじゃなかったパバト! あれがいれば背丈を弄るのも自由自在です! 肉体を丸ごと作れますから!」

「……実はパバトだが、連絡が付かなくてな」

「まさか、死にましたか?」

「かもしれない」

「……いや、それはないですよ。死んでくれれば世界が平和に近づくんで僕は心から嬉しいですよ。ただ──」



「死ぬかと思ったっ! あの20歳以上(ばばあ)は許さないッ! 絶対にだっ!!」



 ばんっ、と扉を蹴破って入って来た汗まみれの巨漢。

 埋め込まれたようにめり込んだ四角い眼鏡。膨れ上がった胴体でシャツは今にもはち切れそうだ。


「ほら生きてた」

「なら連絡くらいしてこい」


「辛辣ぅ! 僕朕(ぼくちん)、あのルキとかいうババアに氷付けにされてたんだよお!」

「なんだ、そのまま砕かれて死んでればよかったのに」

「というかルキはまだ29歳ではなかったか?」

「20歳以上の女は皆ババアなんですよぉ!」


「そうなのか。知らなかった」

「真に受けないでくださいよナズクルさん。はぁーあ、何で死んでないんですかねぇ」


「ぶひゅひゅ。それは『心臓』の在り処に秘密があるのですよぉ。まぁ内緒ですけどねぇ」

「心臓の……それってまさか、魔王様が使っていた『黒塊心臓』ですか? 

魔王術の秘術ですよね? もしその魔法が『黒塊心臓』だとしたら……何故、貴方がその秘術を持ってるんですか?」


「ぶひゅ! 答えないよォ! まぁ可愛いロリっ子を貢いでくれたら教えちゃうかもだけどぉ!」

「本当にこのデブ気持ち悪ぅ」


「ぶひゅひゅ。というか何で陰気な青羽(ランスゥ・チョウユェン)幼い少年(おショタさま)になってるんだぁ?」

「貴方に陰気なんて言われたくないですね、肥えた変態豚野郎(ビェンタイ・フェンジュ)。というか、それまた説明し直すんですか?」


「これも今更だが、何故、お前たちはそんなに仲が悪いんだ?」

「あれ、話しませんでしたっけ?」

「ああ、初対面の時はお互い普通だったが」

「ぶひゅひゅ。まぁ青羽の所の奴と分かったらそりゃ僕朕(ぼくちん)は嫌いだよ」

「……逆ですよね。貴方のせいで青羽一派は『格』を落としたんですから。

僕も貴方が『紫羽』と知っていればもっと最初から警戒したんですけどね。後で知ったので」


「……? 青羽、紫羽とは魔族の幹部の称号だったと記憶しているが」

 ナズクルが小首をかしげるとユウは困った顔で笑った。


「説明すると少し面倒な因縁があるんです。ともかく、僕たち『青羽の一派』はあれに恨みがあるのと、僕個人としても嫌いなのと、そもそも性癖が生物としてクズなんで嫌いです」

「ぶひゅひゅ。陰湿だしなぁ、チミ(・・)たちはぁ」


「まぁ、分かった。ともあれ──今から少しの間はまともに振舞ってくれ。

話し合いが進まなくなったら厄介なのでな」

「はいはい。大丈夫ですよ。仕事は仕事ですからね」


 ──ベルがジジジと鳴る。合わせてパバトが腰から杖を抜いた。

 芋虫色の鞭のようにしなる気味の悪い杖を振ると、会議室の扉が開いた。


 男たちが──数名入ってくる。

 その男たちは人間ではない。それらは『魔族』と呼ばれる者たちだ。


「ぶひゅひゅ。12本の杖、全員到着かな?」

「いえ、老王(ロォワン)様と恋がいません」

 真面目そうな魔族の男が言うと、パバトはぶひゅひゅと笑う。


「ぶひゅ、二人は欠席と聞いてますので大丈夫ですよ。

さて、ナズクル殿、初めましての人はいたかな?」


「いや、いない筈だ。二人には別途、話をするさ」


「ナズクル殿。今日の招集の理由は、今後の『戦争』についてですか?」

 12本の杖の一人が訊ねると、ナズクルは頷いた。


「ああ。そうとも。『狂言戦争』の予定を話そうと思い集まってもらった。

まぁ席についてくれ。……順を追って話そうか。今後の展開と展望を」


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