【19】私が助けに行かない理由にはならないッス【46】
◆ ◆ ◆
状況は最悪だ。
血水泥の惨状。死にそうな王。毒まみれのオスちゃん。
オレは建物の陰に隠れて──拳を握っていた。
拳が震えている。オレだって、気持ちじゃ飛び出して行きたい。
でも……悔しいけど。……オレが出て行っても状況は変えられない。
『ガーちゃんさん。私はただ真っ直ぐに正面から戦闘しか出来ないッス』
対峙するのは、あの眼鏡を掛けたフグみたいな巨漢。
アイツには前に会ったことがある。
毒を使い、体を自在に変形させる変態……ただの変態じゃなくて、オレたちじゃ手も足も出なかった。
戦争初期の魔族大幹部の一人だったそうだ。
そして、ハルルッスですら、引き分けになった相手。それも辛くも引き分けで、一対一は敗北に近い相手。
オレは、思わず『止めとけ』って言ってしまった。
ハルルッスだって、怖い筈だろ。あんなに死ぬ思いをしたんだぞ。
槍を握る手だって、震えていた。
それなのに。ハルルッスはオレを置いて、跳び出した。
『たぶん、勝てないッスね。私じゃ。
だけど、私が勝てないことは、私が助けに行かない理由にはならないッス』
──ハルルッスは分かっていた。
分かっていて。分かっているのに、ハルルッスは。
『だから、ガーちゃんさん。……任せたッス!』
そう言ってオレの静止を振り切って向かって行った。
……任せた? って、何をだよっ。
──そして、爆機槍の爆光が閃いた。
今、パバトとハルルは戦っている。
その戦いを見ながら、オレは──何を任されたのか、考えるしか出来ない。
ハルルッスの援護をしろってことか?
つ、ったって、オレは強くない。拳を鉄にする魔法だけしか使えない。
まさか負けた後に助けに来いと? いやそんな後ろ向きなことをハルルッスは言わねぇよな。
そうなると……王様をこっそり助けろってことか?
いや、無理だ。動かせられないだろ。
見た感じだけど、腹に穴が開いてるんだ。まだ息はあるみたいだけど、流石に動かしたら秒で死んじまうよ。
オレに、出来ることなんて、この状況で何かあるのかよ。
オレは医学の心得も薬学の知識だって何も無いんだぞ。
ただの、愛煙家に……こんな戦場で出来ることなんか。
──いや。そうか。……出来ることは、あんじゃんか!
◆ ◆ ◆
そして、右腕がまた吹き飛ぶ。
「いやぁ、これで通算6本目! 僕朕、別に痛みを感じない訳じゃあないんですけどね?? 景気よく腕を吹き飛ばしてくれちゃってぇ~ハルルちゃん、凄いなぁあ」
眼鏡が食い込んだ巨漢の男はにたにた笑って、肩からべたべたと流れる血を撫でた。
ハルルは息を整えながら爆機槍を構える。
(でも……この調子なら)
そして──またパバトの右腕が生える。
「っ、また再生ッスか!」
「ぶひゅひゅ。再生とは違うよぉお。
僕朕の術技は【物質変形】。小さなお頭じゃあ覚えてないだろうけども。
自分以外の生命体の形を自在に変形させる術技だよぉ。
だぁから。無ぁくなった腕なんて──自身の脂肪で作り直せるんだよぉ」
言葉を返すこともしない。
ハルルはただ冷たくパバトを見る。
(パバトは、私との戦闘に集中しているッス。……少しずつ、でも確実に、パバトを王から引き離せてるッスね)
ハルルは冷静だった。
ハルルの狙いは一つ。王からパバトを遠ざけること。
(私という餌に必ず食いつくと思ってましたッス。
だから、後は、どんどん遠くへ引き連れて、その間に王様を助けてもらうのが一番いいッス……)
パバトへ槍を突き出す。
何十回目かの攻撃の応酬を掻い潜り、パバトの腕をまた吹き飛ばす。
(もう五十キロくらい離れたかと思ったんスけど。まだ、走っていける距離、ッスか)
まだ5メートルも離れていない。
そして、狙いに気取られないように、ハルルはパバトだけを冷たく見て集中する。
その冷たい目に、パバトは頬を上気させた。
「いい目ぇ。ほんと、好きですよぉ……その目ぇ!」
「気持ち悪いんスよ。貴方、マジで」
「ぶひゅぅ! いいですよ、そういう物言い!!
無抵抗な女の子をぐちゃぐちゃにしていくのもいいですが、やっぱり最後の瞬間まで抵抗される方がそそりますからねぇええ!」
「本当に、趣味が最低ッス」
「ええ、そうですよぉ。『相手の嫌がることをやる』のが、僕朕の幸せに繋がりますからねぇ……だから『僕朕の左腕は毒で作っておいた』んだよねぇ」
パバトは笑い、ハルルに真っ向から突っ込んできた。
その笑みは、自信に満ちた汚い笑顔だった。
(毒で腕を作った? 何を言ってるんスかね。ともかく──何が来ても反撃を入れるッス)
ハルルは、一瞬も気を緩めない。
「『禁欲粉砕の毒拳法』ぉお! 『浮橋』」
向かってくるパバトに対して──ハルルは集中する。
彼女の師匠であるジンから教わった技術──絶景は時間の流れを遅く見ることが出来る。
この技術があれば、格段に反撃技を入れやすくなる。
(花天絶景──)
ハルルは低く身を屈め、パバトの顎に照準を合わせた時だった。
(っ! しまった! 狙いが、こっちじゃないッス!)
その緩やかな時の中で、異変に気付いた。
パバトの左腕が無い。
(毒で作った──あの左腕を。まさかっ)
切り離されて空中を舞っていた。
まるで砲弾のように左腕は空中にあった──その着弾予想地点を見て、ハルルは唇を強く噛んだ。
(狙いっ、読まれてたッスかッ!!)
着弾予想地点は、『瀕死の王』とラニアン王子のいる方向。
ハルルは集中を解き、彼らの方へ走り寄る。
「ぶひゅひゅ。作戦、失敗しちゃったかなぁあ??」
「っ!」
汚い声が背後からし、パバトの右拳が重く落ちてきた。
間一髪、その拳を槍で防ぐ。
「守りたかった人たちがドロドロになったら、ハルルちゃんのいい顔が見れるかなと思ってねぇえ! ぶひゅひゅ! 僕朕からのスペシャルプレゼントだよぉおお!! 僕朕の切り離した腕を術技解除して、元の毒に戻ぉす!!」
「っ! ああああっ!」
パバトを押し退け、ハルルは振り返った。
その瞬間。
腕が落ちた周辺に毒の霧。草木が枯れて崩れる程の猛毒。
だが──『その場には誰もいなかった』。
パバトは目を見開き混乱していた。
(馬鹿な。さっきまであの場所にいたじゃないか……! なのに、何故ッ)
「単純なことだよ。変態魔族。
キミの悪癖である嗜好を理解していたハルルが時間を稼ぎ、その稼いだ時間を使ってガーがボクに分かるように狼煙を上げてくれたのさ」
振り返る──そこには腕を組んだ夜色の髪の女性がいた。
「賢者、ルキィ!!」
「ボクの名前くらいキミに呼ばれなくても知っている。
しかしなんだな。キミの最後の言葉がそれとは──些か締まらないね」
パバトの全身が──凍り付いた。
それは物理的に。足の先から頭の先まで真白な氷に包まれる。
「『白年封蓋』──黙って凍ってろ」




