【06】ヤバい老人ッスね!【06】
新しい靴を買ったらどこか遠くへ行きたくなる。
新しい剣を買ったら試し斬りをしたくなる。
新しい物を手に入れたら、使いたくなるのが人間のサガ。
(ふっふっふ。師匠直伝の『絶景』。実戦で試す時が来たッスね!)
勇者の仕事は、自由業。
ギルドに行き、依頼掲示板か窓口で、自分がやりたい仕事、適性のある仕事を依頼として受けるのである。
そんな依頼には種類がある。
一番多く見かけるのは、『討伐系依頼』だろう。
魔物を討伐する依頼で、戦闘が主。魔物からは、薬や武器、生活にも欠かせない素材を獲得できることも多く、討伐依頼は相当数ある。
他には、納品依頼、護衛依頼、派遣勤務系に、国から出す特殊な緊急依頼など、様々だ。
言ってしまえば、竜の討伐から、町の清掃まで、どんな仕事でも職業勇者は受けることが出来る。
(師匠は心配性なので、南西の森と伝えたッスけど……やっぱり、ちょっと強めの敵との戦いをっ!)
『まぁ病み上がりなんだし、難易度も低そうなのに行けよ』
言われた言葉を思い出し、大黒熊討伐依頼に手を掛けたまま止まる。
「おい、狂犬。その依頼行かないなら俺らが貰っていいか?」
狂犬──以前、ハルルがギルドでちょっとした揉め事を起こしたことに起因する、あだ名だ。
敬愛する勇者を馬鹿にされ、彼女は、自分の身長より倍もありそうな男に飛び掛かった。
どんな相手にでも食らい付く。
そんな姿を見ていた勇者たちの一部は、ハルルのことを狂犬という渾名で呼んでいた。
それは蔑称の意味も勿論あるが、他に、実は尊敬も混ざっている。
というのも、自分の言いたいことを堂々と言ったハルルの姿に共感した人間も少なからずいるからである。そのことは、流石にハルルもジンすらも知らないでいた。
「狂犬って呼ばないでくれまス?」
目を細めてイラっとした顔をするハルルに、男は一歩下がる。
「わ、悪かった。えっと」
「大丈夫ッス。とりあえず、この依頼、行かないんで、どうぞ」
ハルルは依頼を譲り、隣にあった南西の森の依頼を取る。
「あ、ハルルちゃん! それ、受けるの? よければ一緒に行く?」
ハルルは後ろから声を掛けられた。
金髪をポニーテールに結んだ女の子。少しだけ歳上の彼女の名前はラブトル。
地竜から逃げ回った仲であり、それ以来、前に何回か一緒に依頼を行っている。
ラブトルには相方の魔法使いが居る。
メーダという名前の黒髪の少女だ。今日も、彼女の隣にひょっこりと居る。
ハルルは二人の装備を見た。
「お二人とも、なんか他に行きたい依頼があったんじゃないんスか?」
ラブトルの背中にある剣はいつもと違い身の丈ほどある大剣だ。
そしてメーダの杖もいつもと違い、黒鉄の杖になっている。
「いや、逆だよ。武器を新調したんだけど、特にやりたい依頼がなくてさ」
「なるほど。同じ感じッスね」
「同じ?」
「実は私も槍と、新しい技、覚えちゃいまして~」
「新しい技! 凄いね。あ、やっぱり、あの師匠から教えてもらったの?」
ラブトルが食いつく。ハルルはにやにやと笑って見せた。
「まぁ、そうなるッスかねぇ~。ふふふ。これは、戦場でお見せするッスよ!」
「岩猪の討伐かー。難易度は低いけど、ちょうど新しい武器の練習にもなりそうだね」
「あたしも、物理攻撃の練習もしたいし、ちょうどいいね」
ラブトルとメーダも了承し、三人で依頼を受けた。
そして、ハルルたちは軽快な足取りでギルドを後にした。
(じゃぁ、ちょうどいい弱めの敵をコテンパンにするッスよ!)
◆ ◆ ◆
「ちょうどいい弱めの敵にコテンパンにされたッス!」
夕方より少し前。帰りの馬車休憩所──馬車停まり──で、ハルルが吠えた。
「あはは、ハルルちゃん。散々だったね」
「あたしも散々だったんだけどぉ」
「そうね。メーダもボロボロだったね」
ハルルとメーダは至る所に擦り傷まみれだ。
岩猪。人間よりかは小さい程度の猪。
この魔物は突進攻撃が強い。
だが、弱点として、小回りが利かない。
普通の戦略としては、攻撃を回避して、後ろから攻撃するのがベター。または遠距離攻撃か、罠か。
ハルルは、時間を緩やかにする技である『絶景』を伝授された。
だから正面から、猪に向かい合い、その突進に合わせて──。
(『絶景』……発動しなかったんスよねぇ……)
そう。時間がスローにならなかった。
その為、吹っ飛ばされ、コテンパンにやられたのである。
ハルルは腕を組んで難しい顔をしていた。
「ね、ハルルちゃん。あの人、大丈夫かな?」
ラブトルの注意の先、ふらふらと歩く老人の姿があった。
細い体で、伸びたぼさぼさの髪。歳の頃は、六十過ぎだろう。
風貌だけで言えば、その皺濃い顔と曲がった背から、もっと歳が行っているとも思える。
そんな老人の背中には、ハルルが持ってるモノよりも大きなリュックサックがある。
それが重たいのか、それとも別の理由なのか、街道をおぼつかない足で歩いている。
老人の隣を馬車が走り抜けた。
風圧か、それとも、馬車に驚いたのか、老人がよろめいた。
次の馬車が来る。老人は馬車の道に、倒れ込んだ。
「危ないっ!」
ハルルは勢いよく飛び出した。
ラブトルとメーダの意識するより素早い速度で。
まるで、世界がスローモーションで動いているかのような、そんな世界。
(あれ。『絶景』、使えてるッス!)
スローの世界で、ハルルは、老人を突き飛ばし、一緒に逆側の草むらに飛び込む。
絵具。絵筆……カンバスに、写真と手帳。
老人の荷物が飛び散る様もスローモーション。
着地し、時間の動きが元に戻った。
「大丈夫ッスか、おじいさん?」
擦り傷くらいはあるだろうが、大きな怪我はないようだ。
だが、小刻みに震えている。
「……おお、おお」
「ん? どうしたんス?」
「ハルルちゃん、大丈夫!? 怪我は!」
「てか、何、今の動き!? 早すぎて見えなかったんだけど!?」
「ラブトルさん、メーダさん! 大丈夫、ぴんぴんしてるッスよ!」
と、突然、老人がハルルの肩を掴んだ。
「おじいさん?」
「ミッシェル……! ようやっと、逢えた。私の妻、ミッシェルよ!」
「……はぁ? いやいや、私の名前はハルルで」
「最愛の、妻よ、ミッシェルよ!!」
「いや、ハルル、ッス。ハルル。ミッシェルなんて名前じゃないッス」
「大丈夫だ、迎えに来たよ! 愛するミッシェル!」
「ああもう、なんなんすか! ヤバい老人ッスね! いい加減、離れてくださ──」
冷たくあしらおうと決意する寸前で、ハルルは言葉を飲んでしまった。
「ミッシェル……」
大粒の涙を流す、老人は……真剣そのものの顔をしていたから、である。




