【19】説得(物理)【37】
◆ ◆ ◆
禁の茨が部屋の四隅から壁を這っていた。
(硬い方の禁式が発動してるのか。外で何かやってんのな。まぁ、どうだっていいが……こいつらは強運だな)
ラッセル王は腕を組んでラニアン王子たちを見た。
彼らが部屋に入った直後から、その禁式の茨は丁度部屋を覆っていた。
だが、その変化に気付くよりも、王が発した『その言葉』を──ラニアン王子は意識を持っていかれていた。
「余方が……父上の、子供じゃ、ない……?」
「ああ、そうだって言ったんだ。余の台詞を復唱出来るなんて、流石、賢いクソガキは違うなァ。
だからお前とは親子じゃねぇんだよ。記者が飛びつきそうなネタだろ」
挑発的にラッセル王は笑って、腰かけたベッドの上に転がる手近なワイン瓶を取った。
僅かに残った中身をラッパ飲みで飲み干し、床に投げ捨て、腕で口元を拭う。
鼻息荒く。ドシンドシンと、床を踏みながら筋肉魔女男が王子を少し荒く押しのけて、ラッセル王の前に出た。
「んだよ、カマ筋肉」
「新しい略称で呼ばないでくれるかしら。ヴァネシオスって名前があるのよ、我には」
「そうか、ヴァネシオス。で──何の用件だ」
「さっきから聞いてれば……あなた、そういう言い方は無いんじゃないかしら?」
「はっ。どれのこと言ってんだ? クソガキか? 親子じゃねぇって? それとも」
ぐいっと、王の胸倉をヴァネシオスは掴んだ。
「全部よ! 態度含めてだ! テメェ、少なくともこんな小さな子供に向かって、どれほど酷いことを言ってんのか分かってんのかよ! アァ!?」
「女言葉が抜け落ちてるぜ、カマ筋肉。汚い唾飛ばしながら凄むんじゃねぇよ。それに事実にゃ変わらないぜ」
「あんたの態度がむかつくのよッ! このッ」
キツく、ヴァネシオスの左拳が握られた時だった。
「止めるのだ、オスちゃん殿!」
ラニアン王子の声に、ヴァネシオスが手を止め振り返る。
彼は、まだ7歳の少年だ。ただ、王家に伝わる特殊な術技で精神年齢がおよそ倍の14歳になっている──とはいえ、それでもまだ少年だ。
その少年は、震える手がバレないように後ろ手に手を組む。
「……余方が、父──いえ、国王の息子ではないというのは、今この時は関係ないのだ」
「ほう」
そして、王子は恭しくその場に膝をついた。
顔を上げずに、跪く。王族への謁見作法など分からないヴァネシオスが見ても、そのゆるやかな一挙手一投足には敬いを感じられた。
「ラッセル・J・アーリマニア王。ご無礼をお許しください。
……どうか。余方たちと、来て欲しいの……です。
今、王の命は狙われています」
子供のような言葉は使わない。貴族の物で会話をする。
決意じみた王子の言葉だったが、ラッセル王は、鼻で笑った。
「誰に、余ァ狙われてんだ?」
「参謀長のナズクル殿にです。ですから、国の警備では」
「ナズクルだ? は、はははっ!
与太話だな。何故、参謀長の、それも《雷の翼》の副隊長だった男が余の命を狙う? なんの利益があるんだ?」
「それは不明です」
「じゃぁ私怨でもあると?」
「それも不明です」
「王城を捨て、どこかに身を隠せと。そう言っているのか?」
「はい。そして」
「下らんな。なら王城の方が安全だろ」
「ナズクル様は王城を熟知しています。何かしらの策があるものと思うべきです」
「その何かしらの策とはなんだ?」
「不明です」
「……はっ、全部不明かよ」
「でも、必ず王の命は狙われるのだっ! 特に、今週が危険なのだっ!!
ジン殿やレッタ殿と話した時、社会に影響力が高い『終戦記念祭』の終わり掛けに襲撃が起こる可能性が高いのだッ!」
「可能性。可能性ばっかりだな。……何にも証拠が無いのにどうしてそれを余が信じると思ったんだ?」
「それは──……」
「はんっ。いいか? 余には今、こう見えるぜ?
余を言葉巧みに誑かして、外に連れ出し殺害しようとしている。
王子は余の王位が欲しくて協力をした。または、脅されて無理やり協力という線もあるが、どちらにしろ余に害意ありとしか思えねぇ。と感じるんだが、どうだ?」
「面倒くさいワね。もう物理で殴って意識飛ばして拉致っちゃいましょ。一番手っ取り早いし、こういう頭でっかちムカつくのよ」
「ちょ、ちょ、待つのだオスちゃん殿っ!」
拳を鳴らして首まで鳴らすヴァネシオスをラニアン王子は全力で静止していた。
「悪党らしくて良いじゃねぇか。説き伏すより似合ってんじゃねぇの?
まぁ余も、黙ってやられはしねぇけどな」
ラッセル王は──杖を抜いていた。白磁のような白い杖は、見るものが見れば『金竜種』の角を丁寧に削って作られた杖だと分かるだろう。
杖の先は、ヴァネシオスに向く。
「我に、アル中の撃つ素遅い魔法が当たるかしら?」
「五月蠅ぇ口だな。今に母音しか発音できないようにしてやるよ」
「やっ。止めるのだ二人ともっ!」
王子が間に割って入った。
「父上! いえ、国王陛下ッ! 余方は間違いなく聞いたのだっ! ナズクルが『国が滅びてもいい』と言い捨てて、『王を殺す』とハッキリと、この目で見て耳で聞いた!! 信じて欲しいのだっ!」
「証拠もないことをどうして信じれるんだ。邪魔するってんなら、お前の耳からローストして──」
「ラッセル王ならばッ!」
ラニアン王子の大声が響く。
そして、王子はラッセル王の杖を持つ手を、両手で包むように握った。
「懸命な人の声には、耳を傾けてくれる。そう、信じているのだ。
……余方は、少なくとも信じているのだ。だから、ラッセル王……」
頭部八所、
(人は懸命に生きれば、必ず報われる。懸命な人の声は、必ず届く。余は懸命な人の為の王に……──はっ)
心身急所。
「余は──」
「【正打顎下】」
ラニアン王子の頭の上を、鎧のような筋肉の一直線の拳が通り過ぎた。
ラニアン王子は口をあんぐり開けて。
ラッセル王は白目を剥いて。
ヴァネシオスは国王の顎下を殴り抜けた。
一撃で頭が振られた。これは拳の一撃で頭を前後に振り回す。
首の付け根をテコの支点に見立て、前後に頭が振れると脳震盪が起こる。そして意識が飛ぶのだ。
「お、オスちゃん殿ぉ!?」
「テヘッ! いやぁ、なんか断りそうな雰囲気だったし、チャンスだったから、つい」
「い、いい感じに頷いてくれる流れっぽくなかったのだ!?」
「ま。いいじゃない。とりあえず拉致りましょ! 手間が省けるでしょ~」




