【19】王と王子【36】
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鴉の嘴のように黒く光沢のある大鎌が、魔法という魔法を切り裂いた。
次に弾丸の一斉掃射が放たれた。だがそれを少女は鎌で棒高跳びでもするように、身軽に避けて見せた。
その時の、飛び上がったその姿。
まるで、その空間にだけは時間も重力も存在しないんじゃないかと錯覚してしまうほどに、──息を呑む程に鮮烈だった。
長い黒緑色の髪を空に広げて。
夜を手折って作ったような純黒の鎌を振り回し。
血と煙と靄を払って微笑む華奢な少女。
(なんなんだ、あの少女はッ!?)
少女がくすりと微笑んだ直後に──黒い影が走った。
影は──誰も認識が出来なかった。燕のように素早く──『大鎌の黒い刃先』。
それは横一文字に薙ぎ払われた。
そのたった一薙ぎで、血飛沫が飛ぶ。4・5人まとめて腕か胴かが斬り裂かれていた。
何が起きているのか、誰にも理解出来ない。
魔法の反応も無い。勇者からの攻撃はまるで時が止まってるかのように避けられる。
まるで御伽噺に出てくる──。
「お、落ち着け! 全体、5歩下がれッ! 状態を立て直せ!」
指揮官か上官か、誰かが叫ぶように言った。
「相手は手負いだッ! 防御しきれないように、面で圧し潰せ!」
『面で圧し潰せ』というのは王国の勇者たちの基本戦術の一つ。
全体で広がって、同時攻撃を掛けることをいう。
戦闘においての指示は間違っていなかっただろう。一対多数なのだから、同時攻撃はかなり有効だ。
間違っているのは、少女の『機動性』の方だ。
「くすくす──貴方が指揮官かな?」
少女は司令官の男の隣にいた。まるで最初からいたのかと錯覚するほど、自然にその場にいた。
次の瞬間には司令官は膝から崩れる。背と胴から血を流しながら。
「大丈夫、急所は外してあるから──さて、と」
少女は、鎌をくるりと回して肩に乗せる。
そして、少女は微笑む──その微笑みはまるで。
「怪我したい人から、挑んできてね」
死神のような優しい微笑みだった。
◆ ◆ ◆
「こ、ここが王の居室?」
ヴァネシオスは引き攣った顔で呟いた。
ベッドメイキングはされていない荒れ放題のシーツ。
嗅いだことのない濃い花のような香りと、くぐもった蜜が燃えたような臭い。
床に転がったワインの瓶。何に使ったのか分からない小瓶に、高級そうな調度品や花瓶までもが転がっている。
シーツの上には錠剤。銀の包みと白い粉たちが散乱していた。
「紛れもなく、王の居室だが? お前にはここが貧民街の安宿に見えるか?」
「言っちゃ悪いけどそうとしか見えないワね。
王の居室って言われるよりかは、安宿っていう方が釈然とするワね」
「はっ。マトモな奴でよかったぜ。
余の臣下たちは全員、この惨状が『王の居室』に見えて仕方ないらしいからな」
「『視力検査』の項目を入れて健康診断を受けさせた方がいいわね」
「そうだな。義務とするしかねぇな」
国王、ラッセル。本来はもっと煌びやかな金髪であろうが、油と垢でその色が黒炭んでいた。
王というより貧民街の物乞い……とまではいわないが、場末で酒を煽っていそうな梲が上がらない男にしか見えない。
ヴァネシオスの隣で、少年王子ラニアンは部屋を見まわしていた。
いつの間に、こんなに荒れ果てていたのか。
「部屋のお掃除は、誰か呼ばないのですか?」
ラニアン王子が問い掛けると、ラッセル王は目線一つ合わせずベッドに座った。
「……父上」
「……──出てけ」
「きゅ、急に来てしまったことは申し訳ないのだ。ですが、父上。どうしてもお話があるのだっ」
「……城内に巨乳女中を雇いたいっていう話なら、勝手にしていいぞ。
余は気にしない」
「それは全く違う話ィッ! もっと真面目な話があるのだっ!!」
「もっと真面目な話か。そりゃいい。
真面目な話って言うんなら、しっかりと書類にまとめて正規のルートを通して持ってこい。
寝室に忍び込んでってのはもうちゃんとした話をする気がねぇだろうよ」
「そ……そうも言えないのだ。緊急で、大切な──」
「知らん。お前の言う緊急だの大切だのなんて興味がない。出てけ」
「父上の命に係わることなのだ!」
「命? はっ、黙れ。ガキの戯言に付き合う気はない」
「ちょっと! 言い方が酷すぎない?? 実の子供に対して」
「実の子供? はっ! くだらん」
「くだらっ!? あんたそんな言い方はッ!」
「そいつは息子じゃねぇ」
ラッセルの言葉で──何もかもの音が消し飛んだように静かになった。
ラニアン王子も、ヴァネシオスも、混乱した。その言葉の意味が分からずに。
「──父、上?」
「媚びたような声で余に向かって喋りかけるな。
お前は余に似ないで優秀だ。何で優秀か分かるか?
似ても似つかない才に溢れてよ。
はっ、『氷山から金剛石が出る』なんてことは──無ぇんだよ。
考えりゃ……分かるってな。本当に……お笑い種だぜ。
お前は……余の息子じゃねぇんだからよ」




