【19】とっても好きだよ【35】
◆ ◆ ◆
負けた。
強いわ……普通に、わたしの負けだ。
戦闘のセンス……わたしじゃ、あの子の足元にも及ばない。
だけど。
戦闘で負けただけ──まだ『終わりじゃない』。
◆ ◆ ◆
王城の長い階段の先にある踊り場。
この先にある扉が王の寝室。
ふと、月明りが二人に差し込んできた。
月明りに照らされながら、大鎌を振り、血を払うヴィオレッタ。
風が強い。
その強い風が雲を払って月と夜を連れてきた。
壁一面の分厚い窓の向こう側にある紫色の夜を横目に、彼女を見る。
「……動かない方がいいと思うよ。止めを刺すつもりはないから、安心して倒れてて」
大窓の前で、セーリャは立ち上がっていた。
彼女は何かを言おうとしたが声の代わりに血を吐き出すだけ。
だが、それでも、拳を握っていた。
「致命傷になるほど深い傷じゃないけどさ、動けるような傷じゃない。手加減はしたけど、手を抜いた攻撃じゃないよ」
血が地面を濡らす。窓ガラスに手をつき、窓に血がべっとりとついた。
ヴィオレッタの言葉に答える代わりに、セーリャは人差し指を突き出す。
血まみれの手で、彼女はヴィオレッタ──の背後にある扉を見据えていた。
「っ……その、扉は……重い。軽い、扉じゃない」
「何キロくらい?」
「はっ……そういう、意味じゃねぇよ……」
「くすくす。知ってる──ねぇ、セーちゃん」
「その呼び方はやめろや……」
「セーちゃんがナズクルに繋がってないみたいだから、信頼して言うんだけどさ。
私は、王様を守る為に拉致しようとしてる」
「あ……?」
「私は王を傷つけないから。信じてくれないかな」
「……信じる信じない、の話しじゃねぇな」
「ううん。私が王を守るって話だから。信じて欲しいな。
少なくとも一致してると思う。王を守りたいって思いは」
「……はっ。あんたは神か? あんたなんか、信仰できねぇよ」
「……まだ戦う気みたいだから。もう、止めてほしいなって」
「わたしの心配するたぁ……余裕だな」
セーリャは奥歯を噛む。
「……いいか、ヴィオレッタ。その扉を開けて賊が入ったことは……過去に。四年前の、たった一度だけだ。
それは『この先も』だ。誰が何をしても、二度目があってはいけない……ッ! 決してだっ!」
その瞬間──カチッと錠前が合わさるような音が響いた。
一つの音に呼応するように──次々に無数の音の重なりに代わる。
ヴィオレッタが振り返り扉を見ると、茨が付いた金の蔦が扉を覆っている。よく見ればその蔦は壁の中にも潜行している。
扉だけじゃなくその部屋全体にその蔦が張っているのだろう。
「『純粋禁式』。これは、わたししか、使えない技。
蜘蛛の糸で、崩魔術式と非破壊の魔法も混ぜた……これで、いかなる攻撃も魔法も……一定期間は完全に無効化できる……」
何かが軋む音がする。それは嫌な音だった。
誰もが甲高い嫌悪を抱く音だ。
「解除方法は……二つだけ。一つは、中にいる人間が扉を開けること。そしてもう一つは、『わたしが直接触れる』。この二つ以外で解除する方法は、何もない。
そして──『わたし』は、生きていなきゃ『わたし』じゃない。
死体は『わたし』ではなく、『死体』だ。死体では決して開かない。決してだ」
「……待って。貴方、何を」
(戦いには負けた。だけど。『覚悟』では負けない)
「絶対、あんたをこの先に入れさせないッ!!」
窓ガラスが割れた──破砕し飛び散ったガラスに合わせて、セーリャは外に飛び出した。
(純粋禁式の解除ができるわたしが死ねば、開ける方法は中にいる王が起きる以外ない。これで何があっても絶対に開かない)
彼女は落ちていく。ガラスの欠片の雨と共に。
(わたしが鍵だからヴィオレッタは追いかけてくる? ううん、ありえない。あの子は賢い。
地雷禁式を打ってあるから、使える魔法は小さな魔法が後2回だけ。空を飛ぶ魔法はそもそも発動が出来ない)
だから。
「──いいね。本当に。そういう覚悟、とっても好きだよ!」
(なっ!)
ヴィオレッタも窓の外に飛び出した。
「ば、馬鹿なのかっ!? あんたは空を飛ぶ魔法なんかもうッ──」
「【靄舞】、奔れ!」
落下しながらヴィオレッタは靄を出した。
素早く生み出された靄は、セーリャの体を縛る。
(造形魔法で──紐状に。でもっ、持ち上げるのは無理だろっ!?)
ヴィオレッタは落下しながら、壁を走る。
左腕に靄の紐をぐるぐるに巻き、無理やりにセーリャを引き上げようとするが──落下した人間を空中で巻き上げるのは不可能だ。
それも肉体強化の魔法も無しでは、重力加速に不可能。
ヴィオレッタはセーリャに追いつく。そして。セーリャを抱きしめ。
吸い込まれるように二人は地面へ──。
◆ ◆ ◆
セーリャが目を覚ましたのは──ほんの数分後だった。
死んでいなかった。
「くすくす。ものすごい無茶苦茶な人だね、セーちゃん」
セーリャの目の前にはヴィオレッタがいた。くすくすと笑いながら、座っていた。
「大丈夫。私はもう王様の所に行かない。というか行けないから。魔法、欠片も出ないや」
「……四回、使い切ったのか」
「うん。でも永遠に使えなくなった訳じゃないんでしょ?」
「ああ。……夜に使ったから、朝日を浴びるまで、だな」
「そっか。じゃぁ朝までがんばるよ」
くすっと笑ったヴィオレッタは大鎌を支えにして立ち上がる。
「……あんた、その左腕」
「くすくす。かすり傷だよ」
「いや、ぴくりとも動いて無ぇじゃねぇか」
「動かしてないだけだし」
「いやいや、強がりが分かりやす過ぎ……る」
セーリャはすっと立ち上がった。──立ち上がれた。
「……傷が」
塞がっている。血の一つも出ていない。
「くすくす。よかった。
大丈夫そうだね。じゃ、私は行くかな」
鎌を支えにして、ヴィオレッタは立ち上がる。
「どこに、行くんだ」
セーリャが問うと、ヴィオレッタは笑った。
「外。私はもうあの階段上らないし、疲れたし、休む」
「……何で、自分の傷を治さなかったんだよ。……四回目の魔法、わたしに」
「気分。それだけだよ」
──ヴィオレッタは大鎌を引きずって歩き出す。
「わたしが……傷が治ったわたしが、あんたに襲い掛かるとか、思わなかったの?」
「くすくす。そうしたかったら、そうすればいいんじゃない? 大鎌あるし、戦えるもん」
「……はっ。……つーか、その鎌の名前、そうは略さんだろ」
「こう略すと可愛いけどなぁ……と──あーあ、あんまりに派手にやり過ぎたね」
「? 何の──」
ヴィオレッタは足で鎌を蹴り上げ、ぐるりと回転させた。
飛んできた弾丸たちを切り弾き──大鎌を肩に乗せて笑う。
暗がりの中に、隠れ潜む足音。十か、二十か。
「警備の勇者サンたちかな。くすくす。挨拶抜きで撃ってくるなんて、酷い人たちだねぇ」




