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【06】行ってきます。師匠【05】

 

◆ ◆ ◆


 ポムも帰り、飯も風呂も終えた後、ハルルの熱は少し下がったようだった。

 体温計はうちに無いが……まぁ微熱くらいだろう。

 ハルルは布団を被って、こちらを見ていた。


「早く寝ないと、治るもんも治らないぞ」

「はいッス」


 きっちりとした返事をするハルル。

 俺は部屋の灯りを消した。


 机を挟んで、逆側。ブランケットに包まり壁を背にして目を閉じる。


「……こっちの布団に入ってくるかと思ったッス」

「ぶっ……あのな」


 お互い、顔は見えない。

 だが、ハルルは少し笑ってるように思えた。


「師匠。その。昼間は……あの」

 ハルルが言葉に詰まった。


 俺も、少し押し黙ってしまう。


 ハルルは、俺のことを、好き……でいいんだろうか。

 昼は、その、理性が壊れてしまった訳だが。

 何て言えばいいだろうか。


「俺は、その」


 ハルル。

 こいつは、笑顔が、凄く印象的で。いつも笑ってる。

 勇者ヲタクで。変な記憶力が高い奴だ。

 それでいて、自分のことを顧みずに、人の為になら、すぐ行動出来る。

 愛らしい瞬間もあれば、俺よりも勇者らしい瞬間もある。

 俺の、素直な気持ちは。


「お前を、大切に思ってるよ」


 月もない夜に、俺はそう呟いた。

 ハルルは、どんな顔をしてるか、分からない。


「私もッス」


 少し静かな返事が返ってきた。

 俺は、少し微笑んでしまった。

 顔は見えないだろうから、良かった。


「今日はもうおやすみ」

「はいッス。おやすみなさいッス」



 ◆ ◆ ◆



 そして、その翌日。ハルルは無事に元気になった。

「超、治ったッス!」

「おう。よかった」

 欠伸交じりに朝食のパンを齧る。


「師匠! 今日は、勇者らしく、依頼(クエスト)に行って来ようと思うッス!」


「おお、そうか。まぁ病み上がりなんだし、難易度も低そうなのに行けよ」

「はーいッス!」


「具体的には夕方には帰れるようなクエストな。飯の時間が遅いのは嫌だからな」

「はいッス! じゃぁ、南西側の森に居る魔物討伐とかにするッス!」


 南西の森。初心者訓練用の森だな。

 いつぞやの地竜が現れたオルゴ山道よりも危険度(レベル)はかなり低い。

 余裕だろうな。


「師匠の今日の予定は何か無いんスか?」

「ん。あー無いな」

「あれ、そうなんスか?」


 便利屋の看板は出しているが、元より最低限食っていける程度の仕事。

 そもそも、この家自体、普通の借家。一階は寂れたパン屋だ。

 人通りの少なめな路地にあるので、仕事自体もほぼ無い。


「常連客だけで回してるような状態だからな」


 裏のお婆ちゃんの買い物代行とか、西通りのお爺ちゃんの家の草むしりとか。

 まぁそんな感じだ。


「師匠、今までよく生活してこれたッスね」

「はは、まぁ、一人だったしな」


 本格的に金に困った時には、サイに仕事を貰ったこともある。

 ただ、今まではとにかく人と接さないように生きてきたから、金も必要はなかったというのもあるが。


「確かに、もうちょっとは稼ぎが無いとまずいよな」

「そうッスねぇ。稼ぎが増えたら、遊びにも行けますし!」


 遊び、ねぇ……。

 ハルルがパンを口いっぱいに頬張った。

「まずは借金返済だろうなぁ」

「がふごふっ!」

 ハルル、むせた。


「そ、そうッス、そうでしたね」

「お前まさか、踏み倒すつもりで?」

「ち、違うッスー!!」

 それならいいんだが。


「ふぅ、ごちそうさまッス!」

「おい、ハルル、ジャム付いてるぞ」

「え、マジすか。どこすか」

「ほっぺ」

 どうやったらそこに付くんだ。

 親指で頬のジャムを取る。


「まったく」

 ぺろりと親指のジャムを舐める。

 目が合う。


 ハルルは、頬を少し赤くしてから、にやにや笑った。


「し、師匠。かっこつけッスね」

「はぁ!? いや、ジャムが勿体なかったからだぞ!」

「ふっふっふー、そーいうことにするッス!」

「お前っ」


「って、あーっ!!」

 ハルルが声を上げて急に立ち上がった。


「もう10時ッス! 早く行かないといいクエスト無くなるッス!」

 大慌てで槍を担いだ。へぇ、そういうもんなのか。

 バタバタとハルルは玄関まで走っていった。


「じゃ、夕方には帰ってくるッス!」

「おーう、分かった。気を付けて行って来いよな」

 まぁ、無事に『!』(げんき)を取り戻したようで何よりか。


 扉が閉まった──と、思ったらまた開いた。


「ん? なんだ? 忘れ物か?」


 えへへ、とハルルは笑う。


「行ってきます。師匠」


「ん。行ってらっしゃい」

 はらはらと手を振り、ハルルを見送った。


 送り出してから、窓を開けて、風を部屋に入れる。

 少しすると、外から何かの花の香りが風に乗って入ってきた。

 風が、ほんのり暖かかった。

 今日の予定は特にない。部屋でも少し掃除するか。

 春も終われば、夏になる。日差しも強くなってきた。

 そういえば、ハルルと出会って、なんだかんだで結構経つのか。


 ……だいぶ、濃い時間だったな。

 ほぼ毎日、何かしら慌ただしく過ごしていたな。

 こうやって何もない日、なんだか久しぶりだ。

 などと考えながら掃除を終える。

 

 ベッドに座り、新聞を読み……逆になんか落ち着かない。

 静かすぎるな。


 ハルルがいる喧騒に慣れすぎた。

 ……飯の買い出しにでも行こうかね。



 ◆ ◆ ◆


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