【19】私も貴方も、誰だってね【30】
左拳から血が流れる。鎧を素手で殴った故の、流血。
いつ。何をされたか。考えるよりヴィオレッタの行動は速かった。
不思議と豹を連想させる靭やかな動きで赤騎士の腕を蹴り、棍棒を蹴飛ばしてから後ろへ跳んだ。
着地してから、ヴィオレッタは少しだけ身に起きたことを分析をした。
ジンジンと痛む左拳。皮が剥がれて血が流れている。
殴った瞬間、『魔力が弾け飛ぶような感覚』があった。
(いや、『何をされたか』も大切だけど。それよりも。
私が魔法の反応や攻撃の意識を『聞き取れなかった』。私が?そんなことある?
攻撃モーションに入らなかったのか、それとも聞き落としたか……。
ということは、ふぅん……。もしかして、あのセーリャって人の術技は……)
直後、一拍遅れた赤騎士のロホが手から離れた棍棒を見て、即座に『消した』。
同時に──ヴィオレッタの右腕に絡まっていた鉄革も消滅する。
「あ、足癖、悪そうですね」
赤騎士は苦い声で呟いた。
ヴィオレッタは距離を取り、目を細めて二人を見る。
特に、炭のような黒髪を二つ結いにした『攻撃的衣装』をした小顔の女──セーリャを特にじっくりと観察するように見た。
その絡みつくような視線に、セーリャは鼻を鳴らす。
「卑怯って言いたいのか? 不意打ちしたことを。
もしそう思うんだとしたら、この場所に連絡一つせずに現れたお前の方がよっぽど卑怯だかんな」
セーリャは口悪く罵る。その隣で「ご、5分前に連絡して突然来る奴に言われるのは少し嫌だね」と赤い騎士が呟いたが、黙殺された。
ヴィオレッタはくすくす笑う。
「卑怯なんて思ってないよ。真剣勝負だもん。
まぁ、赤騎士さんは本当に一対一をやりたかった気持ちもあったのかもだけど。
王を守るっていうことに真剣なら、必ず、タイミングを見計らって割って入って来るって思ったよ」
まぁさっきのタイミングは予想外だったけどね。と付け加えて薬と笑ってから、ヴィオレッタは左腕を握って開いてを繰り返す。
「い、潔いですね。ならば、これで介錯としましょう」
赤い騎士は突進し──その手に別の武器を顕現する。
「──『竜切り包丁』」
包丁。ただし大きさは大剣よりも大きい。
いともたやすく持ち上げて、赤い騎士が跳び上がり、ヴィオレッタに向かう。
素早い。そしてその包丁の『刃』は『まるで霧のように』見えずらい。
何かしらの魔法が掛けられているのだろう。
「『どんな卑怯な手』だって、真剣勝負なんだから許すでしょ。
くすくす。『私も貴方も、誰だってね』。
まー、ジンのせいで『殺すな縛り』だから、派手じゃない魔法になっちゃったけどねー」
「! 止まれロホッ!」
セーリャが声を上げたと同時──ロホは腕を引っ込めようと体を捻った。
「鉄の魔法をさー、ガーちゃんが使うから真似してね。
土石系の魔法、ちょーっと弄って作ったんだ」
だが、既に魔法は発動していた。
(なっ!? いっ、いつ『魔法を付けられましたか』!?)
ロホが錯乱する中、彼は『腕から』地面に叩きつけられた。
その腕は地面に張り付いてピクリとも動かない。
「足癖、悪いらしいから。『磁石化の魔法』かな♪」
──答えは単純。先ほどの蹴りを腕に食らった時である。
蹴りに合わせて『その魔法が仕掛けられていた』。
鼻歌を歌い出してしまいそうな程に上機嫌なヴィオレッタは、赤い騎士の顔の前に居た。
「まっ──」
大きく足を振り被って。缶蹴りを始める子供のように、大きく大きく。
「顎割り砕蹴り♪」
赤騎士の顔面に──結構エグイ蹴りが入った。
爪先が顎を斜めに揺らすような蹴りで、脳味噌全てが三次元的に揺れたのだろう。
赤騎士は、磁石化の魔法のせいでその場から『跳ぶことがない』。
代わりに、その意識は魔王城の辺りまで『ぶっ跳んだ』らしく、がくんと赤騎士の体から力が抜けた。
その光景を、セーリャは見ていた。
「くすくす。止めなくてよかったの?」
「無理。物理攻撃をその距離で防ぐような魔法ないし」
「そっかそっか」
ヴィオレッタはくすくす笑ってから自身の足を撫で──考えを纏める。
「禁式は魔法発動の魔力を使って『発動する』みたいだね」
そのヴィオレッタの足には『蜘蛛の巣状』の紋様が浮かび上がっていた。
服の下で見えないが、ヴィオレッタの左肩から手の甲に掛けても同じ紋様が浮かび上がっている。
「少し違う。厳密にいうと『地雷印・禁式』は『地雷印』を取り付けた相手が『一定の魔力を超過』した時に発動する。
さっきのあんたが『殴りながら使おうとした魔法』クラスの魔力なら即『一定超過』。
すぐにでも分解される訳だけどね」
「今みたいに小さい魔法を二つ使った後に紋様が出たのは、二つで一定を超過したってことなんだね」
「まぁそうだな」
「じゃぁ次の質問いい??」
「興味がそそられる質問なら答えてやるよ」
「この左右対称の『黒い紋様』。皮膚に硬直が見られて、押すと少し痺れるような感覚……それに、この焦げたような独特な臭い。
これ──『呪いの魔法』、『呪術』ってやつが、基礎になってるね。
その上から、幾つかの付与魔法を足して作ったのかな?」
「……! はっ、凄いな! ……ああ、その通りだ」
「ただ、分からなかったこともあったんだ。
いつ私の体に地雷印? そんな印を付けたのかなって。質問しようと思ったんだけどね。
さっき分かっちゃった。足触ったら答えが出たよ──これ、武器じゃなくて」
「ああ、術技だぜ。【蜘蛛の糸】。
それであんたの推察通りだろうが、『奇しくも同系統』の術技みたいだな」
「やっぱりそっか。私は『作った靄に魔法を付与できる』。貴方は『作った糸に魔法を付与できる』んだね」
「そ。で、分かってると思うけど、『地雷印・禁式』を仕掛けたのはあんたの左腕と足だけじゃない。両腕と両脚と、頭と胴にも付いてるから」
「親切に教えてくれるね」
「そりゃそうだ。手土産は多い方がいいだろうからな」
「手土産?」
「ああ、冥途の土産、だ」
そしてヴィオレッタの足元から『先端に剣の付いた鎖』が跳び出す。
頬を掠めたが回避し、ヴィオレッタは踊る様にステップを踏み、靄を生み出す。
「後使える魔法の回数は、さっきの低級魔法の磁石化みたいな魔法なら右腕で2回。
右足1回。胴と頭は防御に使えたとしても1回。合計、後四回だけしか魔法は使えない。
勿論、破壊力の高い魔法は使おうとした時点で消えるよ」
セーリャはヴィオレッタに近づかない。地面から『鎖を生み出して』ヴィオレッタの足元を狙い続けている。
「ヴィオレッタ。あんたとわたしの相性が悪かったね。
近距離主体の魔法格闘家と遠距離主体の魔法封じ専門家。
圧倒的にわたしが有利過ぎた」
「くすくす。何、もう勝ったつもり?」
「そうだけど? あんたは後4回しか魔法を使えないんだ。魔法を使えない魔法使いなんて──」
「なに言ってるのさ。後4回も魔法使えるんじゃん?
──貴方を倒すのには、2回も必要ないんじゃないかなぁ?」




