【19】相手を選んで喧嘩したことは無いよ【26】
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大理石の豪奢な廊下を、不釣り合いな長革靴で踏み拉くように歩く音がする。
光沢の一つもない炭のような真っ黒い髪を二つ結いにした小顔。
少女のような童顔の女性。肌は何か化粧をしているらしく、病的に白い。対比するように塗られた真っ赤な口紅が特に目を惹いていた。
だが、何より目を惹くのは、その服装だろう。
王城を歩くには『異質』な格好であり、お世辞にも王城の正統衣服を守っているとは言えない。
上も下も、この国では珍しい光沢のある黒革。
その華奢な肩を見せつけるかのように、肩から先に布は無い。
そして、ショートパンツから細くしなやかな太ももが艶めかしくも大胆に露出している。
攻撃的衣装。王都の一部でカルト的に流行中のファッションだ。
彼女が歩く度に、服の先から靴までにびっしりと付いた拷問器具のような鎖がジャラジャラと音を立てる。
城内を巡回する勇者が慌てて立ち止まり彼女に向けて頭を下げる。
だが、それは無視され──いや眼中にないのだろう。そんなことより。今は何より優先すべきことが彼女にはあった。
「セ、セーリャ様。ままま、『また』こんな時間にどのようなご用件でしょうか」
二階に上がる階段の手前。上から下まで赤い鎧の騎士が立ち塞がった。
少し早口で吃りながら喋る赤い騎士と彼女の目が合う。
過激な格好の彼女は足を止める。
彼女はウェストポーチから紙を取り出した。
それは四隅が折れてボロボロになった『勇者証明書』だ。
『セーリャ・ド・カデナ』とくっきりと印字された『勇者証明書』。
そして、その勇者の階級は──S級。
階級は直接の戦闘力だけで換算される訳ではない。『希少性や重要性から算出される』。とはいえ、S級まで上り詰める人間は──相当の実力者である。
そして同時に──
「退けよ、早く」
──頭のネジがぶっ飛んでいる人間が多い。
「セ、セーリャ様。こ、これで何回目ですか、勝手に城内に来るのは。それもこんな夜分に」
「ちゃんと連絡したっつの。5分も前に王城管理の本部に話は入れた」
「ご、5分前って……。それだとまだこちらに連絡は来てないので、少々お待ちいただかないと」
「少々? 少々って何分? 急いでいるんだ、わたしは。
分かるか? 王室のある階層はわたしの担当だ」
赤い鎧の騎士がここの警備をしていて、……もう何度も見た光景であった。
「き、『禁式』の発生に不備でも生じましたか?」
「違う」
「え。え。じ、じゃあ誤差停止でも?」
「それも違う」
「じ、じゃあ、なんですか?」
「新しい禁式が出来た」
「は……はい??」
「……新しい禁式が出来たんだ! 分かれよ!」
「い、いやいや分かりませんけども」
「領域内の魔法を禁止する術式。不響パターンが2万4千通りある。
つまり、2万4千分の1の対逆を見つけられれば開けられてしまう。分かるね?」
早口でまくしたてられ、赤い騎士は錯乱するが──セーリャは言葉を続けた。
「この新しい禁式なら、パターンは4万通りまで伸ばせる。
それに禁式が干渉しあわないように複合も可能な術式が出来た。即時、強化したい」
(え、えっと。言ってることが分かんねぇですよぉ)
赤い騎士は困り果てる。
セーリャは腕を組み、そのまま腕をポリポリと掻いた。
「防御術式の追加強化って言えば分かる?」
「そ、それは分かるんですが」
「それをやりたいんだよ」
(追加強化ね。そう言われれば分かるは分かるけど……あれ、でも)
「……そ、その、すみません。それって今やる必要があるんですか?」
赤い騎士はその言葉を出してから──しまったと口を抑えた。
が、時は既に遅く、セーリャは目を血走らせて、騎士の首根っこを掴んだ。
「お前はわざと作業を遅らせて、王の命を狙ってるのか? 四年前のテロみたいに」
「そ、それはっ!」
「王弟の死後、わたしら『防衛魔術師』は必要に応じて王城への立ち入りが自由に許可されてるよね? あの日みたいに後手に回らないように」
「そそそ、それは、そうなんですがっ! セーリャ様、何度も注意しましたよね!? じょ、常識的に行動してくださいと!」
「事前連絡もしたじゃん」「れ、連絡が届いておりませんが」「6分以上前にしたってのに」「む、無茶苦茶だなぁこの人」
「ああもう、埒が明かない。分かった。お前も一緒に来ればいい。それで解決だ」
「え、えええ」
赤い騎士の制止を振り切り、セーリャは階段をずかずかと上っていく。
「今日は風が強すぎる。雨は降ってないけど、風が強い」
「え、え?」
「あの日は嵐だった。風が強かった。……嫌な感じだ」
「……そ、そう言って、風が吹く度に毎回毎回、城内に突されると俺たちが困るんですよね……」
赤い騎士がため息交じりに言うが、そんなことには耳も貸さずに、階段を一つ飛ばしで上がっていった。
そして、その光景を──物陰で『彼ら』は静かに見ていた。
◆ ◆ ◆
柱の影。鮮やかな金髪の少年王子、ラニアンは魚のハラワタを齧ったような苦い顔をしていた。
「や、ヤバい大物が出てきてしまったのだ」
その隣できょとんとした顔を浮かべているのが、黒緑色の髪の少女、ヴィオレッタ。
「? 今のお洒落な鎖の女の人のこと?」
「見た所、不健康そうな子だったわね……もっと筋トレさせないと駄目ね」
筋肉魔女のヴァネシオスの感想をラニアンは黙殺しながら、頷く。
「……あの人は『純禁のセーリャ』様。S級勇者なのだ」
「純金? 全然ゴールド感ないけど」 ヴィオレッタは小首をかしげる。
「純粋な禁式という意味なのだ」 王子が真面目に呟くと、ふぅんとだけ声が上がった。
「S級って! 王国最高クラスの勇者ってことじゃないのんっ!?」
「そうなのだ。……困ったことになったのだ」
「どうして?」
「どうしてって……。さっきの会話の流れから、あの人は王室の近くにいるのだ。
それを搔い潜って王の拉致など──」
「やっちゃえばいいじゃん」
「ええ?」
「別にバレたら、ぶっ飛ばしちゃえばいいだけだし。
そもそも警兵? が居たら殺さない程度に叩いて伸ばして滅多打ちにする話だったじゃん」
「……そ、それは相手が」
「くすくす。私、相手を選んで喧嘩したことは無いよ。
SでもAでも、邪魔するならボコる。単純でしょ」
「……流石、ヴィオレッタさんなのだ」
「たださ。それより気になるんだけど」
「?」
「四年前のテロって、何なの?」
ヴィオレッタが問うと、ラニアンは目を背けて、ヴァネシオスは驚いた顔をした。
「レッタちゃん。知らないのかしらん?」
「うん。分かんない。たださっきの二人の会話さ。
『その話題』の時だけ、あの二人は色んな心音を出してたから。怒りだったり、後悔だったり。
ね。何があったの?」
「わ、余方はまだ幼かったから……聞いた話でしかないのだ。
それからニュースになっているようなことしかないが……」
間接的な『当事者』でもあるラニアン王子は少し口籠った。
それを見てか、ヴァネシオスは一つ頷いてヴィオレッタを見た。
「レッタちゃん。簡単に言うとね。王国に不満のある人たちの一部が暴徒化してね。
王城に侵入して、王様を暗殺しようとしたの。
その時に、『王の弟、バセット』って言う人が『王の盾になって』死んでしまった、っていう事件よ」




