【06】そんな優しく扱わなくても【04】
ハルルの脇腹の辺りを、拭く。
女の子のパジャマの中に手を入れる。それだけでもドキドキしているのに。
ベッドの上。ハルルは、胡坐で座ってる俺を、背もたれにして、寄りかかっている。
そして、その状態で、ハルルの体を……体の前部分も、拭くことになっている。
「ひっぁ……くすぐったいッス」
「あ、ああ。す、すまん」
ハルルが振り返り、熱で潤んだ目を向けてくる。
「次は、鳩尾の」
息が、荒くなって。
理性で、抑えないと。抗わないと。
「胸の下、汗ばんじゃうんスよね。結構」
「む、胸の下」
親指の辺りに、柔らかく温かい何かが当たる。
「ぅ、んっ」
気付くと、ハルルと密着していた。
抱き寄せるようにして、そして、ハルルも少し近づくようで。
腕から、体から、体温を直に感じる。
「次は、その上、ッス」
頭がくらくらする。
「でも。その、拭いてもらう前に。ししょう、……胸、苦しくて」
ハルルの手が俺の手の甲に触れる。
細い指先が、俺の手の甲を中指から手首に向けて、そーっと動いた。
ぞくぞくと、俺の体の芯が、熱くなっていくのが分かる。
「下着、外して、欲しいッス」
「!? そ、それは、えっと」
「まずは、その。背中の、ホックを」
タオルが、布団に転がる。
背中の真ん中あたり。ホックが、ある。
あれ。外れない。
引っ張っても外れないし、これ、どういう構造に。
「内側に、ちょっと思い切りグイっと、やってみてくださいス」
「あ、ああ。こう、か」
ぷつ。
小さい音と一緒に外れた。
よかった、外れた、と安堵した。
直後、これが女性の下着だと、ハルルが今その瞬間まで付けていたものだと。
衝撃が走った。
そして、その白いブラを、ゆっくりと、パジャマから抜いて、布団の上に置く。
また、ハルルは振り返り、とろけそうな目と目が合う。
そのまま、ハルルはこっちを向いて、そのまま、俺に抱き着いてきた。
「は、ハルル……?」
「ししょう」
ぎゅっと、抱き締められた。倒れないように支える。
2ミリにも満たない布を挟んで体が密着する。
これは。
そういう、こと、なんだろうか。
いや。でも、俺たち、付き合ってるわけじゃない。
師弟関係な訳で、いや、師弟でもなく、従業員とオーナーというか。
やばい。思考が回らない。
俺の顎の横、肩に顔を埋めるハルルは、顔を上げた。
頬も耳も赤くして、目には薄らと涙を浮かべて。
何も、声が出ない。
正直に言う。俺は、童貞だ。
二十六にもなってと言われるかもしれない。
言い訳するなら、十六歳まで勇者として戦場にずっと居たんだ。
女仲間が居ても、戦場という特殊な場所では、そういう関係にはなれないものだ。
その後、十年、隠居生活。恋愛をすることも、夜遊びの店に行くことも無い生活だった。
だから、童貞だ。
正直、今、この状況、どう受け止めればいいかもはっきりとは分かっていない。
俺は、どうするのが、正解なのか分からないでいた。
だけど、本能的に。
ハルルを、強く。強く抱き締めた。
吐息が、耳に当たる。
「ししょう」
「な、んだ?」
答えの代わりに、ただ、ためらいがちな瞳が、俺を見てから、目を背ける。
それから、ハルルは、恥ずかしそうに、照れた笑顔を浮かべた。
「パジャマも、その、苦しくて」
ボタンを、外して。
そう言われて。上から一つずつ、ボタンを外していく。
谷間が見える。へそが見えるまで、外した。
ハルルは、手で前を隠す。
ハルルも息が荒い。
言葉が出ない。
目が合い、視線をそらしては、また目が合う。
「あの」
「な、んだ?」
「……え、えへへ」
「なんだ、よ」
「そんなに、その。そんな優しく扱わなくても、いいんスよ?」
目を細めて、優しくて、熱っぽい顔で見られたら。
「ハルル。悪い」
「え」
流石に、俺はもう。
「もう。限界だ」
ハルルの肩に触れ、押し倒す。
はだけたパジャマを、ハルルが直そうとするが、その手を握る。
「ぁ……」
肌が、白い。
壊れてしまいそうだ。そう思いながらも、押さえられない。
食べてしまいたい。
「んっ、ぁっ」
ハルルの胸を、撫で、優しく。
柔らかい。何より。
「っ……んっ」
ハルルが。恥ずかしそうに声を抑えようと必死に身を捩るハルルが。
堪らなく、可愛い。
止まれる訳がない。
見つめ合い、顔が近づく。唇を──。
『ジリリリッ!!』
セミみたいな音のチャイムが鳴った。
びくっと二人で背筋を伸ばした。
……。
居留守を──。
『ジリリリッ!! ジリリジジリリ! ジリジリリリリリ!!!』
この連打。
『ハルルー、ジンー! お見舞いに来たのだー!!』
ポム。かよ。
マジかよ。
……マジかよおおおおっ。
「……えっと、す、すぐ。ちょっと片付けるので、足止めをお願いするッス」
ハルルが大慌てでパジャマの前を止め始め、自分のブラを枕の下に隠した。
……。
…………俺は、扉の方へ歩いていく。
いや。ハルル。今の、居留守で、よかったんじゃねえのかな。
……などと、言ったら、がっついているように見られるし、それは、言えないよな。くそ。
くそおおおっ。
「ジンー! ハルル、大丈夫なのだ?」
「ああ、ただの風邪で……というか、お前、なんで知ってるんだ?」
「ギルドでジンが話してたのだ。その時、隣にいたのだー」
え。そうだったっけ。
「まぁ、確かに、ジン、すごいテンパってたから覚えてないのも無理ないのだ? 凄い焦りながら、『ハルルが高熱で』って言ってたのだ」
「ばっ! あれは、医療術師の呼び方知らなくて!!」
思い出した。
ギルド窓口で少し焦ってる時にポムに話しかけられた。
ちょっと今立て込んでて、悪い、と言って医療術師を呼んでいた。
その後、すぐにポムも居なくなってたから気にも止めてなかった。
そうか、俺が蒔いたタネだったか……。
「で、早く治って欲しいから、お見舞い、買って来たのだ」
「おお、ありがとうな」
振り返る。
ハルルは自分の服とベッドの乱れを直し終え、布団にくるまり寝込んでる人モードになった。
「じゃぁ、上がってくれ」
「お邪魔するのだー! ハルルー!」
「わ、わぁ、ポムさん、こんにちはッス。お見舞いありがとうございまス」
「熱、大丈夫なのだ? お見舞い買って来たのだ!」
「一応、熱はだいぶ落ち着いたんで、大丈夫そうッス」
「それならよかったのだー!」
ハルルとポムは楽しそうにしている。
俺は、その様子を見ながら、不意に、先ほどのハルルの顔を思い出してしまった。
俺……いつの間に、ハルルのことを。
「師匠~、ポムさんが持ってきたリンゴ、剥いてくださいッス」
「あ、ああ。今、やるよ」
リンゴを二、三個受け取って、台所へと行く。




