【19】国王 ラッセル・J・アーリマニア【24】
◆ ◆ ◆
誰かに好かれたことなんて、一度も無い。
俺の父は、偉大な王だった。
人魔戦争の終戦を取り仕切った王であり、多くの国と円満な関係を築いた賢王。
それが父──ダックス王だ。
そんなダックス王は、──それほどの功績もあるからか、国民の誰からも好かれていた。
尊敬を集めている……いや、勝手に尊敬が集まっている。そう、漠然と感じていた。
漠然としか感じられないから、俺は駄目なんだろうとも思った。
俺の弟は、俊英な王子だった。
バセットは、昔から頭が良かった。特に語学と数字に長けていた。
それは即ち軍事に直結する才能であり、十二歳の頃には軍事の補佐官を務めていた。
大臣や官僚たち──特に軍人からは絶大な人気があった。
人当りのいい性格と、母譲りの艶やかな髪質でどこに居ても輝いて見えた。
対して、俺は……。
……。
それでも。
学べば学ぶだけ、知識は得られる。
王子として生まれた俺は、最高の教師に最高の授業を与えられ、多くの知識を得られた。
同じく、鍛えれば、筋肉は付く。最高の剣士に最高の剣術を教わり、多くの力を得られた。
のに。駄目だった。
学問は──負けた。
弟のバセットより、3年は長く学んでいる筈だ。なのに。
『入軍試験』──王国の兵士に成る為の専用の試験がある。ああ、厳密にはあった。
今はもう無いが、昔は年に四回の試験があり、それに合格すると兵士になる資格が与えられる。
無論、一般人も受ける試験だ。
専門の教育を受けている俺達であれど、受かる見込みは殆どない。
あくまで現状どこまでの理解度かを確認する目的で受けさせられたのだろう。
しかし、バセットは受かった。
まだ習っていない出題範囲だったが、今知っている知識から組み立て直し、理路整然と答えを導き出した。
その閃きも、その発想も、その柔軟性も……俺には無かった。
俺は不合格だった。
だが、教師たちは俺が不合格だったことには興味がなく、弟バセットが合格したことをとにかく称えていた。
武術は──負けた。
背丈は俺の方があった。だからバセットに負ける筈がない。
筋力の差は歴然。6歳と9歳の絶望的な力の差があったはずなのに。
なのに、負けた。剣術、槍術、弓術、魔術……ありとあらゆる分野において、勝てなかった。
そして、誰かがこっそりと呟いた。
『ラッセル王子にはセンスが無い』
センスが無い。
知識が無いなら、知ればいい。
腕力が無いなら、鍛えればいい。
センスが無いなら、どうすればいいんだろう。
センスという得体のしれない棘が深く胸に突き刺さった。
無理矢理にその棘を抜いた後も、まだ俺の胸に、その棘の傷跡だけは残酷な程にしっかりと残っている。
自然と、俺を見る周囲の目は変わって行った。
偉大なる王の下に産まれたが、何も継承できていない王子。
弟にすら才で負けた、哀れな存在。
そこからは、俺の性質の問題だった。
俺は、周りの目が無い時にも頑張ろう、という気概がない性質だった。
誰の目からも期待の色が引いた時、ならもう頑張らなくていいと思ってしまった。
ある時から、父のお付きとして外交の場に行くことが増えた。
それは父の優しさだとすぐに分かっていた。
このことに対して父はどういう意図かは何も言わなかった。
しかし、暗黙に『お前には学問以外にも道があるんだぞ』と父は言っているようだった。
強く、それでいて優しく言われているような言葉。
とても、辛かった。
父の優しさは親として俺を好きだから与えてる優しさなのか。
それとも、王として子を育てる大義の為に施している優しさなのか。
優しさをそのまま受け取れない捻くれた俺は、そのまま育っていった。
ただ、ある時。
あの勇者が俺に正面から向き合ってくれた。その後、幾度となく、手を差し伸べてくれたから、立ち上がろうと思えた。
父の死後、王の冠を頂いてから、俺は俺に出来ることをとにかく頑張った。
そうして、進むうちに、俺は気付かされた。
前を向いていれば、誰かと出会えるということを。
俯かなければ、人は見てくれているということを。
俺は、妻と出会い──。
国民たちに、あの弟にも祝福され──俺は、思った。
その時にも演説で語った。
人は懸命に生きれば、必ず報われる。
その時の俺は、それが真実だと、本気で信じていた。
◆ ◆ ◆
王様を拉致するのが、現在の彼らの目標である。
拉致という言い方は悪い。保護に近い拉致であると、ジンは度々訂正していた。
ともあれ。
現在、王城に侵入した人間は、五人いる。
ジン、ハッチ、ヴィオレッタ、ヴァネシオス。そして、ラニアン王子の五人だ。
この五人は、それぞれ役割を持って行動している。
ジンは『守護神・ロクザ』の足止め。
今は丁度、地下練習場に案内しているあたりの時間だ。
ハッチは『囚われた賢者ルキ』の奪還。
今は丁度、場内をうろうろしているあたりだろう。
そして、ヴィオレッタとヴァネシオス、そしてラニアン王子の三人(と、シャル丸も合わせて三人と一匹)が『王の拉致(保護)』である。
今から行動開始である。
月も陰った暗がりで、僅かな灯りの中にいる少女は体を伸ばして欠伸をする。
「でも、何で時間をずらして行動なんだろ?」
長い黒緑色の髪を撫でながら、紫水晶の瞳の少女──ヴィオレッタ。
諜報員を意識して上から下まで黒いスーツであったが、もう飽きたのだろう。ワイシャツのボタンを外して着崩していた。
「多分! だけど! 我たちが……! すぐに見つかって! 大事になるって! 思われたんじゃ!
ないかしらっ!」
「むぅ。あり得るね。ジン、そういうの性格悪いから」
「本当! よね! 我は! 元隠者!
隠密の! 玄人中の! 玄人! だっていうのに! ね!」
ヴァネシオスは「!」の都度に腹筋をしながらそう言う。
──さながら多層膜構造色の虫の如くに輝くワンピースを纏って、黄金ラメラメなスカーフを首に巻いたヴァネシオス。
(つ、ツッコミを入れた方が良いのだろうか……。何をやらせても目立つ二人だ、と……王室流ツッコミを入れるべきなのだろうか……ッ!)
少年王子ラニアンは目の前の腹筋中のとにかく目立つ筋肉魔女を見ながら、引きつった顔で笑った。
「じゃぁ時間だし出発しよっか。オスちゃん、大丈夫?」
「ええ! 仕上がったわ! 筋肉!」
「王子も準備オッケー?」
「う、うむ。問題なしなのだ」
「じゃ。いこっか。まずはどこ目指せばいいの?」
「えっと。先ずは人が少ない裏側から回っていくのだ」
「分かった。先導してくれるんだよね?」
「うむ。城内は余方に任せて欲しいのだ」




