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【19】まずは女の口説き方を勉強してくるがよい【19】

 

 ◆ ◆ ◆


 薄暗い部屋。暗がりには、無数の写真。

 足元には飛び散った1~12の数字たちと、長針と短針。


 あるいていけば、明るみに出る。

 白い灯りの元に、金の玉座に腰掛けて、彼女は頬杖をついている。


 白き乙女。白聖人。剣の女。彼女を差す言葉は幾つかある。


 彼女の髪は、雪のように白い。

 彼女の瞳は、真珠のように白い。

 彼女の肌は、陶器のように白い。


 衣服は纏わず、唯一纏うのは金の装飾具だけ。豊満な胸は金色のネックレスで隠し、腰から股を覆うのは金と貝の腰巻だけ。

 動けば何もかもが見えてしまいそうだが、それでも決して見えないのは、彼女という存在の特殊性故だろう。

 艶めかしく嘘のように美しい女性は、その長く白いまつ毛を撫でてから、深く息を吐く。



「『神雫盃(イサルネカシア)』を十回も飲んで(わらわ)を訪ねてくる阿呆は、お主くらいじゃな──ナズクル・A・ディガルド」



「どんなリスクがあろうと構わん。聖剣を扱う許可をくれ」

「無理。顔が好みじゃないのじゃ」

「剣を扱うのに顔は関係ないんじゃないのか?」

「ある。妾のテンションが上がらん」


「……ともかく、聖剣よ。お前が欲しい」

「お前? 妾に向かって『お前』と申すか。妾は聖剣ぞ」


 悪秘(わるいかお)で笑う彼女は『聖剣』。(なまえ)は『テンプス・フギト』。

 この王国に存在する唯一の『聖剣』である。


 『聖剣は生きている』。魂があり、夢の中でだけその魂と会うことが出来る。

 魔法でも化学でも説明が付かない。不思議なことではあるが『そうなんだから仕方ない』と賢者も些事を投げる異常である。

 誰がどういう異能で彼女を(つく)り上げたのか、それを知る者は誰もいないだろう。



「なら名前を呼んでもいいだろうか。そうでなければお前としか呼べん」



「妾の名を呼べる者は、妾を扱う者だけじゃ」

「だから、扱う許可を戴けないだろうか」

拒絶也(いやじゃ)

「そう言うな。ライヴェルグはもう術技(スキル)を失ったんだから、次の勇者の元に行くのが本懐だろう」

「貴様」

「お前にも悪い話じゃない。ライヴェルグとの時間は楽しかったと聞いているし、俺もその隣で戦っていた」


「資格があると。貴様如きにも妾を触る資格が?」

「ああ。最強の勇者の次に強かったからな」

「……く、くっかっか!!」

 彼女は沸騰するように笑った。目を見開いたまま、口を開いて奥歯をむき出しにして笑う。

 顔を押さえてもまだ笑いが止まらず、腹を押さえてナズクルに向き直る。


「聖剣。俺の手に使われれば、願いが叶うぞ。そして」



癡鈍(ちどん)極まる愚者だ。

児戯にも劣る言葉の羅列を妾の前に並べるな。貴様の考えはこの空間にある以上全て分かる」


「そうか。そうだったな。心を読めるんだったな」

「そうとも。もしも貴様が十年前にここに来ていれば、まだ話くらいは聞いてやったかもしれんな」

「……何にしても、俺には聖剣の力が必要だ。力を貸してくれ」

「貸さん。お前のやろうとしていることは、実を結ばん。この二万年の間に誰も成し遂げておらん」

「理論上は」


 乙女は大きく欠伸をした。それと同時にナズクルの口が動かなくなる。


「退屈じゃ。貴様の話は眠くなる。おい。

妾を持ちたいのならな、野望や理想、覇道より先に──まずは女の口説き方を勉強してくるがよい」


 ナズクルの視界が急に狭まる。

(また失敗か)

「失敗? は。そうではない。そもそも書いてあるぞ」

(?)

「『我が(なまえ)』を読み直すがいい。

貴様は触れるな、と書いてあるだろう? まぁ、ともあれ、早く出ていくがいい」


 落下。

急に足場が無くなってどこまでも落ちていく感覚──。


◆ ◆ ◆


 心臓の音が早く、汗が全身から噴き出している。

 手が震えていた。それは、落下への恐怖ではなく、死というもののイメージを脳に与えられたからである。

 ナズクルは起き上がる。机の上の水差しを手に取り、コップへ水を入れる。


「……また駄目だったか」

 赤褐色の髪を掻き揚げて、ナズクルは水を一口飲んだ。


 隣には銀の盃が置いてある。『神雫盃(イサルネカシア)』という名の王国に伝わる盃だ。

 この盃は、時が経つと中に透明な酒が溜まっていく。

 三日で一杯分。そして、その酒を飲むと『聖剣』の中に住まう『魂』に会うことが出来る。


 会って、認められれば聖剣を扱うことが出来る。のだが。


(何故、扱うことを拒絶されるのか。顔……と言われてもな。整形するにしても、好みの顔が分からない。ライヴェルグの顔……は。平凡な顔だ。素朴。……そういうのが好み、なのか?)


 そこではない。という部分で躓きながら、ナズクルは盃を見る。

 中身の酒が、空っぽになっていた。──飲んだ時は半分以上あったのだが。


(もう会いたくないという意思表示だろうか? ともあれ、盃を満たすのは【術技(スキル)】で固定されたルールだそうだ。数日経てばまた会いに行けるだろうな)


「ナズクル様……大丈夫、デショウか?」

 カタコトの王国語で喋りかけて来たのは人ならざる者。

 されど、ナズクルにとって、『有益な存在』である。


 影から顔を出したのは、頭が牛、身体が人間という姿の魔族。

 牛頭魔(バフォデオ)半人(デミ)とも言われることもあるが、立派な魔族である。

 また、カタコトで喋ってしまうのはその頭部の都合だ。牛の頭故、王国語が喋り難いというだけであり、知能は高い。


「ああ。大丈夫だ。ギュスィ。悪いな、お付きなんてさせて」

「イエ。スカイランナーの下では、モット劣悪でした」

 ──彼、牛頭魔(バフォデオ)のギュスィは『スカイランナー』という魔族の下で働かされていた。

 スカイランナーが無能だったことや、ギュスィの能力が高かったことから、ナズクルはその後、彼を引き取り別邸に匿っていた。


「ギュスィ。キミの術技(スキル)で、とても色々と捗ったよ」


 ナズクルは机の上の『カード』を見やる。

「私の、【絵札化(ギャザリング)】。役に立ツなら、嬉シイです」


 彼の術技(スキル)の名前は【絵札化(ギャザリング)】。

 他者の術技(スキル)を『カード』に変化させ、効果を読み取ることが出来る術技(スキル)だ。


術技(スキル)を見破る力、というのは、素晴らしい術技(スキル)だ」

「ありがとう、ございマス。──それより。

起こしたのですが、神雫盃(イサルネカシア)の睡眠効果、強力。起こせまセンでした。ので、ご連絡ありマス」

「ん……連絡?」

 ギュスィからメモを受け取り、ナズクルは目を丸くした。


「ユウ様から、即時連絡、欲しいとのことデス」


「……何?」


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