【19】まずは女の口説き方を勉強してくるがよい【19】
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薄暗い部屋。暗がりには、無数の写真。
足元には飛び散った1~12の数字たちと、長針と短針。
あるいていけば、明るみに出る。
白い灯りの元に、金の玉座に腰掛けて、彼女は頬杖をついている。
白き乙女。白聖人。剣の女。彼女を差す言葉は幾つかある。
彼女の髪は、雪のように白い。
彼女の瞳は、真珠のように白い。
彼女の肌は、陶器のように白い。
衣服は纏わず、唯一纏うのは金の装飾具だけ。豊満な胸は金色のネックレスで隠し、腰から股を覆うのは金と貝の腰巻だけ。
動けば何もかもが見えてしまいそうだが、それでも決して見えないのは、彼女という存在の特殊性故だろう。
艶めかしく嘘のように美しい女性は、その長く白いまつ毛を撫でてから、深く息を吐く。
「『神雫盃』を十回も飲んで妾を訪ねてくる阿呆は、お主くらいじゃな──ナズクル・A・ディガルド」
「どんなリスクがあろうと構わん。聖剣を扱う許可をくれ」
「無理。顔が好みじゃないのじゃ」
「剣を扱うのに顔は関係ないんじゃないのか?」
「ある。妾のテンションが上がらん」
「……ともかく、聖剣よ。お前が欲しい」
「お前? 妾に向かって『お前』と申すか。妾は聖剣ぞ」
悪秘で笑う彼女は『聖剣』。銘は『テンプス・フギト』。
この王国に存在する唯一の『聖剣』である。
『聖剣は生きている』。魂があり、夢の中でだけその魂と会うことが出来る。
魔法でも化学でも説明が付かない。不思議なことではあるが『そうなんだから仕方ない』と賢者も些事を投げる異常である。
誰がどういう異能で彼女を鍛り上げたのか、それを知る者は誰もいないだろう。
「なら名前を呼んでもいいだろうか。そうでなければお前としか呼べん」
「妾の名を呼べる者は、妾を扱う者だけじゃ」
「だから、扱う許可を戴けないだろうか」
「拒絶也」
「そう言うな。ライヴェルグはもう術技を失ったんだから、次の勇者の元に行くのが本懐だろう」
「貴様」
「お前にも悪い話じゃない。ライヴェルグとの時間は楽しかったと聞いているし、俺もその隣で戦っていた」
「資格があると。貴様如きにも妾を触る資格が?」
「ああ。最強の勇者の次に強かったからな」
「……く、くっかっか!!」
彼女は沸騰するように笑った。目を見開いたまま、口を開いて奥歯をむき出しにして笑う。
顔を押さえてもまだ笑いが止まらず、腹を押さえてナズクルに向き直る。
「聖剣。俺の手に使われれば、願いが叶うぞ。そして」
「癡鈍極まる愚者だ。
児戯にも劣る言葉の羅列を妾の前に並べるな。貴様の考えはこの空間にある以上全て分かる」
「そうか。そうだったな。心を読めるんだったな」
「そうとも。もしも貴様が十年前にここに来ていれば、まだ話くらいは聞いてやったかもしれんな」
「……何にしても、俺には聖剣の力が必要だ。力を貸してくれ」
「貸さん。お前のやろうとしていることは、実を結ばん。この二万年の間に誰も成し遂げておらん」
「理論上は」
乙女は大きく欠伸をした。それと同時にナズクルの口が動かなくなる。
「退屈じゃ。貴様の話は眠くなる。おい。
妾を持ちたいのならな、野望や理想、覇道より先に──まずは女の口説き方を勉強してくるがよい」
ナズクルの視界が急に狭まる。
(また失敗か)
「失敗? は。そうではない。そもそも書いてあるぞ」
(?)
「『我が銘』を読み直すがいい。
貴様は触れるな、と書いてあるだろう? まぁ、ともあれ、早く出ていくがいい」
落下。
急に足場が無くなってどこまでも落ちていく感覚──。
◆ ◆ ◆
心臓の音が早く、汗が全身から噴き出している。
手が震えていた。それは、落下への恐怖ではなく、死というもののイメージを脳に与えられたからである。
ナズクルは起き上がる。机の上の水差しを手に取り、コップへ水を入れる。
「……また駄目だったか」
赤褐色の髪を掻き揚げて、ナズクルは水を一口飲んだ。
隣には銀の盃が置いてある。『神雫盃』という名の王国に伝わる盃だ。
この盃は、時が経つと中に透明な酒が溜まっていく。
三日で一杯分。そして、その酒を飲むと『聖剣』の中に住まう『魂』に会うことが出来る。
会って、認められれば聖剣を扱うことが出来る。のだが。
(何故、扱うことを拒絶されるのか。顔……と言われてもな。整形するにしても、好みの顔が分からない。ライヴェルグの顔……は。平凡な顔だ。素朴。……そういうのが好み、なのか?)
そこではない。という部分で躓きながら、ナズクルは盃を見る。
中身の酒が、空っぽになっていた。──飲んだ時は半分以上あったのだが。
(もう会いたくないという意思表示だろうか? ともあれ、盃を満たすのは【術技】で固定されたルールだそうだ。数日経てばまた会いに行けるだろうな)
「ナズクル様……大丈夫、デショウか?」
カタコトの王国語で喋りかけて来たのは人ならざる者。
されど、ナズクルにとって、『有益な存在』である。
影から顔を出したのは、頭が牛、身体が人間という姿の魔族。
牛頭魔。半人とも言われることもあるが、立派な魔族である。
また、カタコトで喋ってしまうのはその頭部の都合だ。牛の頭故、王国語が喋り難いというだけであり、知能は高い。
「ああ。大丈夫だ。ギュスィ。悪いな、お付きなんてさせて」
「イエ。スカイランナーの下では、モット劣悪でした」
──彼、牛頭魔のギュスィは『スカイランナー』という魔族の下で働かされていた。
スカイランナーが無能だったことや、ギュスィの能力が高かったことから、ナズクルはその後、彼を引き取り別邸に匿っていた。
「ギュスィ。キミの術技で、とても色々と捗ったよ」
ナズクルは机の上の『カード』を見やる。
「私の、【絵札化】。役に立ツなら、嬉シイです」
彼の術技の名前は【絵札化】。
他者の術技を『カード』に変化させ、効果を読み取ることが出来る術技だ。
「術技を見破る力、というのは、素晴らしい術技だ」
「ありがとう、ございマス。──それより。
起こしたのですが、神雫盃の睡眠効果、強力。起こせまセンでした。ので、ご連絡ありマス」
「ん……連絡?」
ギュスィからメモを受け取り、ナズクルは目を丸くした。
「ユウ様から、即時連絡、欲しいとのことデス」
「……何?」




