【19】ガーちゃん VS ハルル ⑤【16】
◆ ◆ ◆
ハッチは色々な薬草の知識がある。
彼女はガーにお願いされ、幾つかの薬草のことを教えたのだが。
『たくさん教えたのに……一割も吸収されなかったわ』
『んー……まぁ。逆に考えてくれ、一割は吸収したぜ』
『冗談でしょ。一割って……アンタが教えてって言ったのに?』
ガーは苦笑いする。
『微妙に難しかったわ』
『おい……』
『珍しくガーがやる気だったのだがな。一瞬で終わったな』
狼先生も苦笑していた。
『でも、少しは覚えたぜ!?』
勇むガーに、ハッチはため息を吐く。何個覚えたの? と聞いたらガーは笑顔で応えた。
『とりあえず、一個は完璧!』
『……アタシ、100種くらいは説明した気がするんだけど、それ1%程度ってことかなぁ???』
『は、ははは。あ、でも、その花のことは分かるぜ! 仙日花だ!』
『……お、おおっ! アンタ、覚えてたのね!?』
『っつても、ほら、昔つかったことあるからさ?』
ガーはすらすらと、その花の毒性を説明した。ハッチは目を丸くして呼吸するのも忘れていた。
『ピンポイントで毒性ばっかりじゃない?』
『いやぁ。ほら、印象深かったからさ。毒も薬も、使ったことがあれば覚えてるんだぜ』
なるほど。と狼先生は呟いた。
『バンバン投薬するのはどうだろうか? 今からガーに』
『ああ、いいわね』
『すっげぇいい顔で迫って来るじゃん?? 人体実験の申し子かよ』
『でもほら、アンタが言い出した訳だし』
『いいんじゃないか? 何かあったらあの子に治療してもらえるぞ』
……この先のことはとりあえず忘れておこう。
ともあれ。
狼先生と、ハッチとオレの……ちょっとした思い出に浸ったっちまったけど。
ともあれ。だ。
オレは、『その花』については、しっかりと勉強した訳だ。
◆ ◆ ◆
──ハルルは槍を投げてガーの脱出用の衣服シュートとでも呼ぶべき道を封殺した。
ハルルはこの部屋に入った瞬間、この室内をぐるりと見まわした。
ここが宿屋の人が使う準備室だというのはすぐに分かった。
違和感があったのは、火起器の上の大鍋だけ。
その大鍋は、もう冷めているようだった。だが僅かに熱気が残っている。
蓋に紐も括られているのを、ハルルは見つけた。何か仕掛けがある可能性が高いが……火傷を誘発させるような罠では無いはずだ。そういう仕掛けをガーは使わない。
あくまで物理系の罠だろうと、ハルルは観察を止め、ガーを見直す。
「もう、逃げ場はないッスよ」
「いやぁ、マジ……ほんとに強いな。流石だわ」
両腕を上げてガーは降伏を装って見せた。
「ガーちゃんさん。実は、自分、少し貴方を侮っていたッス」
「えぇ?」
「ガーちゃんさんは、戦闘に関しては素人で、戦力としてカウントは出来ない。そう、侮っていましたッス」
「いや、戦力としてカウント出来ないのはあってるよ???」
「貴方は、十分に厄介な相手と分かったッス。だから。
次の攻撃から、『入ったら』確実に動きが止まるような重たい一撃を打つッス。覚悟は良いッスね?」
ハルルが言い放つと、ガーは少しだけ不敵に笑う。
◇ ◇ ◇
動きを止めるか。
ハルルッスは気付いてるかねぇ? なぁ?
いいや『気付いていないから』大成功だ。
ルッスは今、見事に罠に掛かってる。
オレの仕掛けた一番の罠に『しっかりと掛かってる』。
そう、あの『窓』が一つの分岐点。おっと、別にトリックを仕掛けた訳じゃないからな、深読みしないでくれよな。
後は、今のこのピンチを乗り切る必要がある。
緊急脱出用の滑り台も破壊されて、出口は……一つ。
それもハルルの背中側。
もう一つ切り札もあるにはあるが、それは──三回に一回は怪我をする。そして、多分、ハルルッスに通用しない。今のルッスには、かな。
となったら。どうするか。
そうだな。発想をそもそも根底から変えるしかない。
『この切り札』を使ってハルルッスを『罠にかける』っていう根底を。
はぁ……。
腹、括ろうかね……。
さぁて。失敗するにしても、成功するにしても。
格好つけて言わないとな。
◇ ◇ ◇
「細工は流々、仕上げを御覧じろ。だぜ」
「? 何ッス?」
「仕事の方法は千差万別だから、途中経過は気にしないで結果を見て決めてくれっていう意味だぜ」
「ほー、そうなんスね」
「まぁ主たる意味を訳すなら、『結果には自信あり、黙ってみてな』って所かな」
「なるほど。ガーちゃんさんの勝利宣言ッスか」
「まぁ、上手くいけば、だな──なぁ、ルッス」
ガーはハルルに向き合って一歩左に動きながら言う。
「何スか?」
合わせてハルルは、一歩動き、僅かに距離を詰める。
「ルッスのベッドの隣に『目薬』はあるぜ。または風呂場で水洗いを推奨するぜ?」
「?」
瞬間、ガーがバンッ! と足元の板を力強く踏み抜いた。
「喰らえ必殺ッ! 直感的陥穽罠ッ!」
バキバキと、枝木が割れるような音が床下からした。
それは、一階から見た時の天井を刳り貫き、振動で落ちるようにしたとても簡易的かつ『何世代も昔からある単純な罠』。
(落とし穴ッスね──! ただ、今更こんな仕掛け、私に通用しないッスよ!)
床が抜けるより早く、ハルルは後ろに跳び退く。
その時だった。ハルルが鍋の異変に気付いたのは。
蓋が吹っ飛んでいる。きっとガーが蓋に付いた紐を引っ張って外したのだろう。
ただ『そうじゃない』。
(鍋の中身は──煙ッスか!?)
厳密には、その煙の下には草花が敷き詰められて燃やされていたのだ。
その草花は、薬草。ただし花には毒性がある。そして、その花弁を燃やすと更に強い毒性の煙が生まれる。
(っ!? な、え!? 目が霞んで──というかっ、目がっ! 目が!!)
「痒いッスッ!」
「はっはぁっ! 仙日花の毒性は、痒みだぜ! 本当は防虫効果なんだがな!
ともあれ、これぞ、シャル丸奪還時の秘奥義! ハッチ特性燻煙爆弾!!」
ハルルは両目いっぱいに涙が溢れた。
(目が見えないッスっ! 毒まで使うとはっ! でも、ガーちゃんさんだって、ただじゃすまないッスよね!! なら!)
「これでっ!」
ハルルは更に後ろに下がり、扉を足で閉めた。
「ガーちゃんさんも、逃げ場はないッスよっ!!」
その時、ハルルは視界の端にガーを捉えた。
煙を吸わないように口を布で抑えたガーは涙目のまま、敬礼していた。
(敬礼? ──あっ!)
「ルッスよ、さらばっ!」
そしてガーは両足を揃えて、自ら作った罠へ──落とし穴へと、飛び込んだ。




