【19】最早、死合いにて語るべし【09】
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「しかし、地下訓練場でキミと戦うなんて。まるであの練習試合の続きじゃのう」
「そうですね。投げっぱなしの約束、ようやく果たせますね」
「じゃな。『戻ってきたら続きをしましょう』じゃったかのう」
髪が薄くなった老人、ロクザ・ガルディア・リアーレは柔らかく微笑んだ。
ジンはその『懐かしい言葉』に照れながら、機剣を構える。
「目上の相手に、敬意が足りない喋り方でしたから、恥ずかしいです」
「昔から、少し照れ屋なのは変わらないのう。気にしないぞ。もっと楽に喋っていいんじゃよ、『ライヴェルグくん』」
「ありがとうございます。じゃぁ気楽にしますね」
「しかし、練習用の武器以外で戦うのはこれが初めてじゃのう」
「ええ、そうですね」
「その剣。見た所、些か耐久性が弱いように見える。
ワシが『金烏』で打ち込んでしまったら壊れてしまうだろうに」
「ですね」
「……あの日のように、またキミにハンデを背負わせたくない。もし良いなら、ワシの刀、持ってきて使っていいぞ」
ロクザが言うと、にっとジンは笑った。
「そう言って貰えると思ったんで実は既に盗ってきてます」
「んー?? そうかそうか??? まぁ準備万端でいいことだね??」
ジンはロクザとここに来る時に『刀を背負っていた』。しかし、『一本だけ』背負った訳ではない。
その時、もう一本取っていたのである。その隣に掛かっていた似た刀を。
ジンは機剣をベンチに置き、入口近くに立て掛けて置いたその刀を持つ。
「ほほう。良くぞその刀を持ってきたのう」
「金烏の姉妹刀ですよね。雰囲気が同じだったんで」
「そうじゃ。銘を玉兎という。
鍔が白い方が玉兎。黒い方が金烏と見分けるのが良いな」
ジンはその刀を腰に添える。
「じゃぁ稽古をお願いしたいんですが、ロクザさん。その前に一つだけいいですか?」
「なんじゃい?」
「実は、稽古で貴方に勝ったら、お願いしたいことがあるんですよ」
「ほう? まぁワシに出来ることなら良いぞ」
「俺が勝ったら、王様の拉致を見逃してください」
──空気が燃え上がるような熱気に包まれたように感じた。
ジンは一瞬だけ、自身の肌が焦げるような殺気を感じながらも目の前のロクザから目線を逸らさなかった。
ロクザは構えを解かない。真剣な眼差しのまま、彼は口を動かした。
「今、何と言ったかのう」
「王様を拉致したいんです。見逃して頂きたい」
「……なるほどのう。そうかそうか」
それは、ジンですら一歩退いてしまいそうになるほどの熱量。
喉から水分を全て奪い尽くすような、熱い殺気。
「これはもう稽古と呼べないのう。『試合』であろう」
ロクザは枯れたように笑うと、ジンは頷く。
「そうですね。『試合』です」
「キミが洒落や冗談でそのようなことを言う人間ではないとも分かっておる。
心根も善であるのも知っておる。必要があってなのであろうとも理解できておる」
ジンは──刀を抜いた。抜くべきだと、判断したからだ。
玉兎。そう銘のある刀身も、また黒だ。金烏と同じように黒い刀身だ。
およそ切れ味があるようには思えない色合いであり、知らない者が見れば鈍刀にしか見えないであろうその刀。
その刀を、ジンは両手で握る。
「──王の拉致など、見逃すことは出来ぬ」
「まぁ、ですよね」
「……──しかと構えい」
ロクザはそう言い放ち、構えを直す。
何十年も刀と共にあったその老人の、乱れの無い美しい構え。
そして、対するジンもまた戦場で磨かれた、隙も無駄も無い強かな構え。
夜を彷彿とさせる黒い刀の刀身が、震えの一つも無く向き合っていた。
姉妹刀が、相対する日を待ち望んでいたかのように。
天井に釣り下がる灯り石のカンテラたちが揺れたように思えた。
合図は不要だった。
互いはたった一・二歩で数メートルを踏み越え、激突する。
初撃の火花は、練習場の中央。
文字通りの火花が炸裂し──戦いの火蓋は切って落とされた。
鍔迫り合いのまま、獰猛にロクザは笑う。
「王の拉致も。キミへの警告も。ライヴェルグくん。
キミに対してなら、最早、『死合い』にて語るべし。じゃろうな」
「ええ。その方が分かりやすいです」
「この『死合い』にて、キミが身動き取れ無くなれば、捕まえそれで仕舞いじゃ」
「俺が勝てば、貴方はもう動けないでしょうしね。俺は王を拉致って逃亡できそうです」
ギリギリと黒い刀身が火花を散らす。
向かい合う二人の視線が繋がり、奇妙なことにお互いが笑い合った。
「わざわざ刀を持たせたのは、ワシへの義理通しかのう?」
「それもあります。先手を打って無力化なんて、ロクザさんにしたくなかったんで。
正々堂々と勝負して、勝って王を連れ出そうと思います」
「ほっほぉ。そうかそうか。ありがとうのう、ライヴェルグくん。
ならば──ワシも、全力を尽くして相手をしよう」
刀同士が弾き合う。一歩後ろに下がった直後、同時に一歩跳躍する。
上段から振り下ろすロクザの『面打ち』のような一撃。
隼でも通り過ぎたかのような速度でその刀の腹を薙ぎ払うジン。
通常ならその一撃で刀が砕かれても変ではないが、ロクザは薙ぎ払いに合わせて刀と身体を回転させ、攻撃を受け流す。
ただ受け流したのではなく、そのままダンスのように回転し、遠心力に任せて斬りかかった。
その速度は並の人間には目でも追えない速度だが、ジンは身体を捻り、受け止める。間一髪という程ではないにしろ、『ジンは苦笑いし、冷や汗を流した』。
「流石、勇者殿」
「ども。守護神様」
「へばってないじゃろう?」
「そりゃもちろん」
「では、まだまだ行くぞい。次は三連突きから流していくぞい」
「はは、お手柔らかに頼みますよ」




