【19】作戦開始だ【07】
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──そして、現在。細い月明かり。悪巧みには最適の濃い夜。
俺とヴィオレッタ、ハッチ、ヴァネシオス、それからラニアン王子の計五名が王城侵入中だ。
今はヴァネシオスが投げた鉤縄を手繰り二階に登っている最中だ。
その背にラニアン王子が背負われている。
これは手筈通りだ。最初の潜入は二人で行く。その周辺の警備は殆どいないが、万が一に鉢合わせした時は王子ならギリギリな言い訳を色々言い張れるし、ヴァネシオスならすぐ隠れることが出来る。
そう、この『いっそのこと王様拉致っちゃお大作戦』(ヴィオレッタ命名)の作戦会議の時に少し聞いたが、ヴァネシオスは隠者の一族だったそうだ。
だった、という過去形にどんな過去があるのかも問う気はないが──前も少し称賛したが、ヴァネシオスの隠者としても技術は高い。
何人かそういう隠者らを見て来たが、ヴァネシオスはトップクラスの実力があるように見える。
「あれ、アタシたちもああやって登るの?」
隣で少し引き気味な顔を浮かべているのはハッチだ。
確かに女子にあの縄登りはキツイよな。
「流石に上から引っ張るよ。俺とヴァネシオスで」
「あはは、ありがと。頼むね」
しかし……いくら守備や警備がガバガバの王国とはいえ、流石に今日の警備は酷いな。
いくら王国でも王城の警備は頑強……なのだが、今日は流石に甘すぎるように感じる。
昼間、ナズクルと交戦した後だから警備は強化されると思ったんだけどな……。
ハルルの容態も落ち着いてから潜入したかったんだ。万全を整えないと流石に王城なんて侵入は危険だからな。
けどもまぁ……我儘お嬢様ことヴィオレッタが今日やると言って聞かなかったので、こうなった訳だ。
ハルルは、俺らが出る前にぐっすりと眠っていた。
ヴィオレッタの聖女クラスの治療魔法に、治体の魔女と呼ばれていたヴァネシオスの看護。
更にその上、ハッチが調合した薬までバッチリ飲んで……まぁ後は回復を待つだけなんだが。
「……ハルルちゃんなら大丈夫だと思うよ?」
「おい。なんでハルルの話題になるんだよ」
「え? あはは、なんかほら、うちのガーがハルルちゃんに手を出すことでも心配してるのかなぁ、って」
「いやいや、別に」
「レッタちゃんじゃなくても分かるな~。ジンさん意外と分かり易いもんね」
「あのなぁ。違ーよ。というか何かあったとしてもハルルの方が強ぇだろうに」
「あはは。まーそうだよね。じゃぁジンさんは何を心配なの?」
「あぁ?」
「ずっと心配そうだったからさ」
いや……まぁ。
ハッチは勘が鋭いな。確かに、俺は一つ心配してる。
「ハルル。ちゃんと寝てるよな、っていう心配だよ」
「??」
「起きたら面倒そうでな。アイツのことだから追ってくるだろ」
「あー……確かに。ハルルちゃんなら追ってきそう」
「くすくす。それなら大丈夫だと思うよ」
「あ? 大丈夫ってどういうことだ?」
「だって見張りにガーちゃんいるもん。
ガーちゃんには私が、『今日はベッドから出さずに安静にさせてね』って言ったもん。
私がしたお願いをガーちゃんが破る訳ないから、何をしてでもハルルはベッドの上だよ」
偉くご機嫌にヴィオレッタは言う。
つか凄い信頼だな。いや信頼というか一定の評価ってやつか?
……確かに、ガーのヴィオレッタへの心酔は異常値レベルだしな。
とはいえ。
ハルルも。その辺は少しぶっ飛んでるからな。
起きたら何が何でも来そうで怖いわ。
……もしかして、事実が分かった瞬間に跳び出そうとするハルルと止めようとするガーがバトルになったりしてな。それは無いか。
ヴァネシオスが登り終わってから数十秒経つ。問題なかったのか親指立てたOKサインが見えた。よし。
「じゃあ、後は手筈通りに、だな。でも、ハッチ。本当に大丈夫か?」
「何が?」
「この後、単独行動って」
「あはは。大丈夫だよ。ジンさんにはあんまり話してないけど、この王城、何回も来てるからさ」
……王城に何度も来ているって、マジか。ただハッチが言う言葉は冗談でも誇張でもないだろうから……本当に何度か来ているんだろう。
何者か、なんて聞くのも野暮だな。
「だから寧ろ、王城ならアタシは単独行動の方が安全だよ。
大丈夫、いざってときは銃も撃つし、叫び声も上げるから」
王城内で発砲は色々マズそうだけどな! しかしまぁ。
「そうだな。銃声が微かにでも聞こえたら、すぐに」
「私が駆け付けるから、安心してね」
「ありがと、レッタちゃん」
にへらと二人は笑う。まぁ、いいんだ、俺は別に。別にっ。
◇ ◇ ◇
「じゃ。始めよっか。『ちょっぱやでいきなり王様を拉致っちゃお大作戦』」
「作戦名が変わってんぞ」
「そだっけ? 大丈夫、ジンしか気にしてない」
クソアウェーすぎん??
「じゃ。私とオスちゃんと王子で、王様を奪還。だよね」
「ああそうだ」
今回の『拉致作戦』は、城内に入ってから三方向に分かれる作戦だ。
王の拉致を、ヴィオレッタ、ヴァネシオス、ラニアン王子。
ルキの開放を、ハッチ。
そして俺が──。
「王国にさ。ジンが『抑え込まなきゃいけない人』がいるなんてね。
くすくす。そんな人いるんだね」
「ああ。王国最高齢の『勇者』だな」
「あー、おじいちゃんなんだっけ」
「そうだ。確か今年76歳だな。
ただ十年前ですら、お年寄りにありがちな記憶不全や感覚に欠落がある状態でな」
「ボケ?」「まぁそんな感じだ」
「じゃぁ脅威じゃないんじゃない?」
「いや。あの人は『守る』ってなったら途端に覚醒する。
王や王子、王家の危機になると眠ってても動く不思議な人なんだよ」
元々が『先王』の忠実な騎士。
昼間、ヴィオレッタたちが交戦していたような『自称騎士』ではなく、王から勲章と称号を授かった本当の意味の騎士だ。
その高い護衛力と戦闘能力から付いた二つ名にして称号が『守護神』だ。
だから、その人を先に抑え込む。
王を抱えて逃げる時に、背後から『王国の守護神』を相手に戦うことは流石に避けたい。
「そんな強いの?」
「ああ。条件付きの戦闘になるが──十年前で実力は、ほとんど互角だった」
「互角……ジン、貴方と、互角?」
ヴィオレッタが目を丸くした。
「ああ、まぁ。『殺し合わない前提』でだけど」
王国国内で唯一『引き分け』になった相手。
試合時間があって『特殊ルール付き』だったのもあるが……どんなルールでも『引き分け』を取られたのは師匠以外じゃその人だけだ。まぁ、そういう相手だ。
「……それは抑えておいてね。厄介が過ぎる」
「ああ。そのつもりだ」
じゃないと、正直に言えば……俺とヴィオレッタがカバーに入ったとしても、少なくとも一人以上の首が落とされるだろう。
悪い想像じゃなく、実際にそうなる。
「よし。……じゃぁ全員、準備はいいな」
「大丈夫よん。いつでもイけるわ」
「ばっちし」「大丈夫なのだ」
「うん。オッケー」
「じゃぁ……──作戦開始だ」
よし。ようやく言えた。
「くすくす。譲ってあげたんだよ」
「ばっ……別に言いたかった訳じゃねぇしっ」




