【06】完全に、風邪引いたな【02】
「なるほど。で、ビショビショな訳か」
馬車の中、ずぶ濡れのハルルから説明を聞き、俺は飽きれた声を上げた。
「まぁ、相変わらず、体が勝手に動いたんだろ」
「えへへ。無事、その子は助けられたッス!」
「あのなぁ……」
溜息を吐く。
「お前、川で人が溺れた時の対処法、誰かに教わったりしたか?」
「対処法? 飛び込んで助け──痛っ」
一発小突いた。
「まず、飛び込むの禁止! 相手と一緒にお前まで溺れたら二重事故に繋がる!」
「ひぃ」
「対応としては、溺れてる相手に声を掛けながら周囲の人間を集める。
その後、道具を探す。ロープなどがあれば理想だが、無くても飛び込まない。
いいか、お前の命も危ないんだからな?」
二重事故は本当に気を付けなくてはならない。
いくら魔法が使える人間が居ても、万能ではないのだから。
「お前の、行動力は正しいし、凄いことだ。
だけど、お前が怪我したら……周りの奴らも、心配するし、辛いんだぞ?」
「すみませんス……あばっ」
しょげるハルルの頭の上から、布をかぶせる。
ごしごしと髪の毛を乾かす。
「その。師匠も……私が怪我したら、心配とか辛いんス?」
顔は見えないが、ハルルが声を上げた。
少し元気がない声に聞こえた。
「……当たり前だ」
「えへへ、そスか!」
恥ずかしいこと、言わせやがって。
「……やはり、二人はラブラブなのだ」
「違うっ」
ハルルの髪の毛をごしごしする。
「ししょーっ、力強いッスぅぅ、はげるぅぅ」
◆ ◆ ◆
人も多くなり、市は多く、道路は舗装され近代化した都市。
ようやく、交易都市に戻ってきた。
「いやー、いい旅でしたッスね!」
馬車から降りて、ぐーっと伸びをしたハルルは、そんな総括を述べた。
一瞬小首を傾げたが……まぁ、そうか。
ルキにも会えたし、いい旅っちゃいい旅、か。
馬車の中でぐっすりだったポムが、まだ眠たい目を擦り、ハルルの服の裾を掴んだ。
「ハルル、来月もまた護衛をお願いしていいのだ?」
「もちろん、いいッスよ! 予定決まったら教えてくださいッス!」
「ありがとうなのだー!」
ハルルにも抱き着くポム。まぁ仲がいいのはいいことだな。
そういえば。
「ポム、お前ん家、爆発して吹き飛んだんじゃねぇのか?」
「厳密に言えば、ポムが爆発させて吹き飛ばしたに近いのだ!」
「そうか、意味は同じだな! で、お前、どこに帰るんだ?」
ハルルが、ようやく気付いたようで、あっ、と声を上げた。
そう。ポムの家は、ポム自身の実験とやらで吹き飛んでいる。
「お前、行く宛て無いなら、仕方ないから俺の家、来るか?」
ルキが、ポムをよろしく、とも言っていたし。
どうせハルルがすでに居る家だ。今更、うるさいのが一匹二匹増えても、問題はない。
「あ、別に大丈夫なのだ。お金もあるし宿、借りるのだ」
「お、おう! そうか!」
少し面食らってしまった。
「気遣いは嬉しいのだ! ありがとう、ジン!」
あどけなく、モチみたいに、にっこりと笑うポム。
「あ、ああ」
「本当ならお邪魔したい気持ちもあるのだ。でも、ポムは研究とかもあるし。それに」
「それに?」
「お邪魔するのは気が引けたのだ」
にやり、といい顔を見せるポム。こいつ。
「あのなぁ……。はぁ。否定するのも疲れた。
まぁ、いいか。ともかく、今度、飯くらい食いに来いよな」
「そうッス! 鍋やりましょ、鍋!」
「えへへ。ありがとううなのだ。もちろんなのだー! ハルルに会いに、すぐ来るのだ!」
笑って、ポムは、交易都市の西へ向かう馬車へ乗った。
彼女を見送り、俺たちも家への帰路に就いた。
……俺は、羽織っていた上着をハルルにかぶせる。
男物の、それも春用だから薄手の上着だが、無いよりかはましだろう。
「無茶するから、体冷えてるんだろ」
「な、なんでわかったんスか!?」
「そりゃ、分かるっての」
少しの間だけど、ずっと一緒に居るんだ。
顔色の違いくらい、すぐに分かる。
「帰ったらシャワー浴びて寝ちゃえばいい」
「はいッスっ」
そして、俺たちは足早に帰宅した。
ハルルがシャワーを浴びた後、俺もシャワーを浴びて部屋に戻ると、まだ夕方にも関わらず、ハルルはすでに眠っていた。
体調、崩してないといいが……。
◆ ◆ ◆
「じじょぉおぉ……ずびぃ! ずびばぜん」
「お前……。完全に、風邪引いたな」
顔は、耳まで赤く、鼻声のハルル。
まぁ、旅の疲れもあるだろう。
その上に、川に飛び込むなんてこともしたから、風邪くらい引くのも当然か。
体調管理は大人の基本。勇者ならしっかりと、自己管理しろよ。
と……説教するのは、また後日にするとしよう。
水の張ったタライにタオルを浸けて、がっつり絞る。
ハルルの額に乗せる。
「ずびばぜん……何がら何ばで」
「病人なんだから、気にするなっての」
「いえ、いづも、いづも……全部、じじょうにやっでもらっでまずッス」
申し訳ないッス、と呟いて目に涙が溜まっている。
熱の時の特有な目の潤みだろう。
とはいえ、病気になると心の元気もなくなるものだ。
ハルルも気が弱くなっているんだろう。
「病気の時こそ、もっと頼っていいんだぞ?」
少し躊躇ってから、ハルルの頭を一度、いや、数回、撫でる。
撫でてるのが効いているのか、とりあえず、ハルルは静かになった。
目だけでこちらを見ていたが、次第に、とろんとなって、気づいたら寝息を立てていた。




