【19】その16歳の世界最強の少年【04】
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想像して欲しい。
混線した無線のように音にならない幾つもの音で目を覚ます。
窓の下から聞こえてくることに気付いて薄くカーテンを開けた時、眼下には大通りを埋め尽くす程の人間がいる。
ざっと三百人を超える人間たちは、一人一人の顔が黒く怒りに染まり、目は見開き赤くなって。酷く狂った猿のように糾弾の声を上げている。
周波数を合わせるように、耳をそばだてて音を拾い集めれば。
その全てが、異口同音に自分への敵意と憎しみと悲しみと怒りを叫んでいたとして。
果たして、怖がらずにいられるだろうか。
その時、その16歳の世界最強の少年は、どうしたのだろうか。
世界最強であるからこそ、その民衆程度から向けられる疑惑も軽蔑も拒絶も不信感も悲しみさえも意に介さなかったのだろうか。
窓から跳び下がって尻餅をつくことは無かっただろうか。
逃げ出すように扉に駆け寄るが、外に人がいるかもしれないという恐怖から錯乱し、その場に蹲ることはなかったのだろうか。
その後、部屋に突入するようにやって来た騎士たちに無理矢理に外へ引きずり出された時、魔王討伐の勇者として、胸を張って釈明を行えたのだろうか。
一言を発した時、四方八方から傷つける為にだけ鍛え上げられた『怖い言葉』が無数に跳んできた時、平常心で受け応えられるんだろうか。
少年は、その兜の下で涙を流さなかったのだろうか。
兜は彼をよく守りすぎた。仲間の誰かがそう言った。
言い得て妙であった。
王ですら。王子ですら。仲間ですら。
少年と近しい『仲間であった』故に、その場に居られなかった者たちは。
世界の誤解を解くことが出来なかった無力さに打ちひしがれなかったのだろうか。
いや、だから彼らは、その兜があったが故に策を打てた。
その兜のお陰で、少年は人知れず世間の輪に戻れた。
それでも、事実は変わらない。
少年には、永劫解けない呪いが胸に与えられ。
彼らには、本当の意味では何も出来なかったという後悔が残った。
◆ ◆ ◆
──ヴィオレッタたちとジンが宿屋で話していたのと、ほぼ同時刻。
「ね、ナズクルさん。何で旧魔王城なんかに来たんです??」
夜砕石の壁、灯蝋石を使ったシャンデリア。
調度品などは殆どなく、会議する為だけに作られたようなその無骨な会議室をユウは懐かしく見渡した。
訊ねられたナズクルは楕円形の机を挟んでユウの前に座る。
「念の為だ。ルキが崩魔術式を解析して脱走するかもしれないからな」
「ええぇぇ。それしたら王国百年の魔法学塗り変わっちゃいますよ」
「塗り替えられるかもしれないのが、ルキだからな」
「ははは……それより、隊長が切り込んでくるのを心配しているのかと思いましたけどね」
「それは絶対にない」
「え?」
「その話も兼ねて、ここに来たんだ。ユウ。──ジン……いや、ライヴェルグだが」
「ああ、ジンで統一で良いですよ。『標的』の名称は絞った方が良いですからねぇ。僕は隊長って呼びますけど」
「分かった。率直に聞きたいのは、ジンと戦って、どうだった?」
ナズクルが腕を組み訊ねる。ユウは顎に指を当てて考え込む。
「ぶっちゃけ強すぎ。十年前の方がまだ勝てたと思いますね。
何で十年で衰えるどころか強さに磨きが掛かってるんですかね」
「だな。同意だ。魔王討伐をもう五回する方が現実的に思える強さだった」
それもご免ですけど、とユウが小さく呟いて、言葉を続けた。
「でー、ナズクルさん。隊長の強さを讃える会の為に、この場所に来たんですか?」
「まさかだろ。もっと建設的な話だ。……ユウ。俺の戦闘スタイル、覚えているか?」
「戦闘スタイルって、銃と短剣、時々魔法ってことですか?」
「それもあるが」
「ああ、相手の弱点を見破ってそこを狙うっていう姑息かつ卑怯な戦法のことですか?」
「……効率的な戦法だ」
「あはは。冗談ですよ。で? その効率厨乙戦法がどうしたんです?」
「お前とジンの戦い、最初から最後まで見ていた」
「はいぃぃ?? 見ていたじゃなくて助けろ? いや助けてください?? 助けなよ???」
「推察は確信に変わった」
「話を聞けぇ???」
「ジンの弱点が確定した」
その言葉に、ユウは目をぱちくりさせてから椅子に深く掛けた。
「……隊長に弱点? はは、ナズクルさん、それは絶対に無いですよ。あの人、確かに苦手な虫とかいたり、変な魚のアレルギーは持ってたとは思いますけど、それくらいの超バケモノ生命体ですよ?」
「ああ。だがそれは──十年前だな」
「? 分かりませんね。十年経って更に強くなったって話でしたよね」
「ああ。だが……そうだな。十年前のこの日、出来た弱点と言うべきだな。そして、弱点は二つ見えた」
「え?」
「一つ。アイツはもう人を──生き物を、殺せないんじゃないか、という弱点」
「……それは。……いや、僕が元とはいえ仲間だから殺せなかったんじゃ?」
「そうだな。だろう。だが、俺を殺さなかった理由は何だ? あの距離、ジンなら俺の首は外さなかっただろう」
「それも、ナズクルさんが元仲間だから殺すより対話を選んだんじゃ?」
「その可能性もあるが、ヤツは極端に命を奪うことを怖がっている節があるように見える。資料は不足しているが、南の島でワダツノミコと名乗る蛇竜が現れた時、ヤツが倒したのではなくその弟子であるハルルが討ち取っている」
「ふぅーん……」
「なんだその顔は」
「いや、その弱点が分かった所で、隊長が本気出したら『殺さずに捕まえる』なんて幾らでも出来ちゃいますから、意味ない弱点じゃないですかねぇ? と思っただけですよ」
「まぁ、そうだな」
「そうだなでいいんだ?」
「もう一つの弱点も、そういう意味では役に立たない。だが、致命的な物だ」
「なんです??」
ナズクルは、静かに指を組む。
別に大した弱点じゃないが──そう呟いてから、言葉を紡いだ。
「周囲の目だ」
「……周囲の目??」
「そうとも。……あいつは意識的か無意識かは分からないが、周囲の目を気にしている。
……冷静に、ジンの過去を思い返せば、当然と言えば当然の弱点だがな」




