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【19】戦況を変える一番の方法だ【01】


 ◆ ◆ ◆


 ──十数年前。





「馬鹿なっ! なんで勝てなかったっ! 相手は敗残兵じゃないのか!?」





 壊れんばかりの怒号を上げながら机を叩いたのは、『若い男』だった。

 よく手入れがされた艶のある長い金髪。被る金冠は彩を無視してただ高級な宝石が嵌め込まれている。

 身に纏う羽織は海の国(ヴァルチェル)から取り寄せた深い赤布に金の刺繡が施された羽織。

 髪の先から踵まで、高級品だけで塗り固めた『若い男』は震える手が汗まみれなことに気付く。


 その周りには、二種類の人間がいた。

 汚れた黒系統の色の『軍服』に身を包み、背に剣を持った『軍人』たち。

 対して、汚れ一つない白と金を基調にした『騎士服』を羽織った『騎士』たち。


 顔にまだ泥が付いた軍人は怒りを抑えながら、『若い男』を睨むように見た。


「『ラッセル王子』ッ! 自分は申し上げましたっ! 

戦場は軍将棋(チェス)とは違うと! 敵は兵力を残しながら下がっている為、森には罠の危険があると!」


「貴様! 王子に向かって無礼だぞ!」「軍人風情が」「我らが最高指導者だぞ!」


「ええ、分かっております。『ラッセル王子』を止められなかった自分も同罪ですっ……! 

ただ、王子、決断は今です! 今ここで撤退し、改めてこの城で防衛線を引き直してください! 

兵力の四分の一失いましたが、『今ならまだ四分の一』で済みます! このまま森の戦闘をすれば、壊滅もあり得るんです!!」


 軍人の懸命な声に──騎士たちは静まり返る。

 軍人は、王子も騎士も『無知なだけだ』ということは承知であった。貴族と王族で構成された騎士団。彼らに従わざるを得なかったが、もうこれ以上従っていられない。

「これ以上、部下を。兵士たちを無駄死にさせる訳にはなりません」


「五月蠅い! っそ、そうだ、お前! お前のせいだぞ!」

「は?」



「駒が弱いから! お前が作った部下が弱かったから、森の罠も見破れなかったんだ!」



「……今、なんて言いました」

「お前の駒が弱いと言ったんだ!! 我ら王国騎士団の精鋭なら罠なんて一瞬で見破れた! お前の責任だ!」

 軍人(かれ)の目から光が消え、その瞳の中に怒りを越えた何かを宿したのは自分に責任転嫁されたからではない。


「メイリス。ハルバー。クルッシェル。カスクエル。アドリ。ペルリオ。シャハーク」


「?」

「最前線に属していた者の名前です。一部、ではありますが」

「今、死んだ奴等の名前か? はっ、王国の礎になってよかったじゃないか。

誇らしい。名誉の戦死だ!」


「誇らしい、名誉の戦死……か」

 食い縛った歯が砕け散るような音がした。

 砕けた歯と共に、迷いは消し飛んだ。

 戦闘経験が皆無な騎士団たちにとって、その抜刀は目にも止まらぬ速さだった。

 無論、喧嘩すらしたことのないラッセル王子には視界の中で軍人が動いたことすら気付いていない。





 だが、その刹那。





「命令が妙だと思ったら、こういうことか」





 軍人の手に握られていた剣は消えていた。騎士団たちも一瞬のことで錯乱する。

 机の上。突然に『その人物』はいた。

 行儀が悪かったと一言呟いてから机から降りたのは『金獅子兜』の男。


大隊長(グランサさん)。それはマズいだろう」

 そう言って獅子の兜の男は王子に向き直った。


「ら、ライヴェルグ殿」

 軍人は混乱する。手に握っていたはずの剣が、背の鞘に戻っていた。

「鞘に戻しといた。それは駄目だ」

「っ」

「だけど。気持ちは分かる。話は、聞こえたから」

「だ──誰だ貴様ッ!」




「ライヴェルグ。ライヴェルグ・シュヴァルド」




「ライヴェルグ!?」「ライヴェルグだって!」「まさか、あの!」

 王子の後ろの騎士団たちがざわつく。だが王子は眉を顰めた。


「ライ……何? 何だって?」

「お、王子! 《雷の翼》ですよ! 勇者認定された!」

「勇者ぁ? ああ、親父が言ってたな。凄腕の剣士を勇者にしたとかなんとか……そうか、お前が腕の立つ剣士か! 

ならちょうどいい! 貴様の率いる部下を連れて森の進軍を行え! 敵が──」


「ラッセル王子。俺は『ダックス王』の命令で動いているんだが」


「命令系統なんてどうでもいい! お前は国民だろ! つまり(おれ)の手駒でもある! さぁ行け!」

「……行け、じゃなく。命令は正確にくれないでしょうか」

「正確に!? 救援に向かえ!」

「……それより、そうだな。『戦況を変えろ』と命令頂ければ、力を存分に──」

「頭が固いなァ! さっさとこの戦況を変えろ! お前が!!」

「了解。戦況を変える」


 誰もその瞬間を見ていなかった。厳密には早すぎた。

 ライヴェルグが『ラッセル王子の胸倉』を掴んだその瞬間、パチンと何かのボタンが弾けた。


「え?」「あれ。王子?」「ええ?」


 ボタンが転がった時には、ライヴェルグもラッセル王子も、その場には居なかった。



 ──ライヴェルグは、ラッセル王子を掴んで『森』の前に来ていた。



「なっぁああ、何をするぅぅぅ」

「なぁ、馬鹿王子」


「っ! 馬鹿ではない! (おれ)は! 馬鹿じゃない!! 天才王子だ!!」

「……そうか。まぁ意地を張るのも分かる」

「意地だと?」


「ああ。お前の父のダックス王が賢いからな。それに弟の『バセット』だっけか? 

神童なんて言われてる弟がいたら、功を焦るのも仕方ないのかもな」

「っ! 無礼だぞ!」

「さっきの突撃殲滅命令はお前が出したんだろう」

「……し、知らんね」

「嘘を吐かなくていい。どうせ『最前線で指揮し勝利に貢献』で勲章が欲しかったんだろ。

バセット王子が『剣型勲章』を与えられたから焦ったんだろ」



「っ! お前に何が分かる!」



 ラッセル王子はライヴェルグの胸倉を掴んだ。突き飛ばすつもりの力を加えたが、びくともしない。


「お前に(おれ)の気持ちが分かるかっ!? 一般庶民には関係ないだろうが!

王宮内で勲章の一つも無い王子が、どれほど惨めな目で見られるかっ!

功績が次々に舞い込む弟に対して、(おれ)は馬鹿だ無能だと罵られ続けて! 

先に産まれたのがバセットなら良かったと言われる!

この俺の気持ちが分かるかッ!!」


「分からん」

「だろうなっ!」

「お前はお前で大変な世界で戦ってるんだろうな。……俺ら庶民にゃ分からない世界で」

「ああっ! だから」


「だけどな。ちゃんと見ろ」

 ラッセルの身体は軽くすっ飛ばされる。

 泥に転がり、尻餅を付き、くそっ、と手を地面に着いた時。

 それが泥ではなく、違う何かだと気づいた。


 粘性がある。ぐちょりとした泥色のそれは、赤い。血。

 血だが、僅かに肌色が混ざっていた。


「ひ……ぃっ!!」

 皮膚と血が混ざりあった泥から、ラッセルは転がって地面に辿り着く。


「森に仕掛けられていたのは設置型魔法の地雷炎の魔法だった」

「じ、地雷、炎?」


「ああ。爆発せず、身体に火が纏わりつき皮膚を溶かして殺す魔法だ。

厄介だったのはその魔法には『回復効果』が付与されていた。分かるか? 

発動後、身体の中を焼くが、回復効果で痛みに気付けない。気付いた時には声も出せずに死んでいく」

「あ……あ」

「俺も、一応カウント的には軍人に入るんだろ。戦うのが本分だ。

こんな邪悪な魔法で一般人を傷つけるようなクソを生かしておけない。だから命を賭して戦ってる。

だけどな。皆、死にたくないんだ。それでも死を覚悟して戦ってるんだ。

だからこそ、俺も、大隊長のグランサさんも怒った」

「な、何に」

 何に? 獅子の兜の男は怒りに震える手で王子の胸倉を掴み引き摺り起こす。


「俺たちは駒じゃない。喜んで戦死なんかしたくないし、望んでない。

生きて笑って飯を食いたいんだ。……無論、戦争指揮をする参謀たちが人間を駒としてカウントしなきゃいけない瞬間があるのは理解している。

だけど。それでもだ。お前が──王子のお前がよ、『兵士も国民も皆、駒だ』なんて口にしちまったら。

俺たちは誰を信じればいい? 誰を守る為に戦えばいいんだ?」


 ライヴェルグは、静かに言葉を続けた。

「お前、王子なんだろ。軍人は国民だぞ。……国民を駒だ、なんて、絶対に言っちゃ駄目だろ。

俺らだって、そんなヤツの為に命張りたいなんて思えねぇだろ」

「……(おれ)、は……」


「……反省して次に活かせ。王子様。

それが、この戦争の戦況を変える一番の方法だ。お前が変われば、きっと変わる」

 金獅子兜のライヴェルグは森に一歩ずつ入っていく。

「ど、どこに」


「決まってるだろ。こっちの戦況も変えてくる。救える奴を救うんだよ」


 その背が大きかった。

 彼が、自分より年下の少年だったと知ってからまた会ったが、その時も、彼は大きく見えた。


 ──(おれ)は、恥ずかしかった。

 ──この作戦で人の命を失わせた。

 ──(おれ)は、取り返しがつかないことを。したんだ。


 ──失ったものは戻らない。だからこそ、次に活かす為に、(おれ)は学んだ。

 ──少しでも、あの背に近づけるように。戦況を変えられるように。



 ◆ ◆ ◆



「……(おれ)だって、よ。

努力は、した。つもりだったんだよ。ライヴェルグ……」


 香りが強い花が爛れたような、混ざり合った煙たく甘い香り。

 現国王である『ラッセル王』はガリガリの身体を起き上がらせ、震える手で顔を押さえた。


(おれ)だって……(おれ)だって」

 起き上がり、布団の上に転がっていたワイン瓶が地面に落ちて割れる。

 朝か夜かも分からない部屋で、国王は机の上の瓶を手に取った。

 瓶を振り、掌に錠剤が溢れる程に乗る。

 フレークでも食べるように齧り──ラッセル王はベッドに倒れ込む。


(おれ)、だって……」


 左目の端から零れた涙は、薬の副作用なのか、それとも思い出した過去の出来事への懺悔なのか。

 王は分からないまま──何も分からなくなってしまえと──目を閉じた。



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