【18】昔の俺なら出来たんだがな【38】
「氷花槍術・空浮き──」
その技は──サシャラが操った技に類似していた。
空中へ跳び上がって身体をリスのように丸め、矛をまるでハンマーのように大きく後ろに振り被る。
落下しながら身体を捩じり、周囲の全てを薙ぎ払う技。
それを彼がアレンジした技。
「『雪白鷺』!」
ハルルが使った時と、物理的な切れ味も違えば──付加された効果も違う。
ジンはその一撃を見切り、大薙ぎ払いを傘で受け止める。
だが防御し切れたとは言い難い。傘を握っていた左腕が、肘まで凍り付いた。
ジンが防いだ矛は空中で霧になって散った。
「武器を使い捨てて、あまつさえ目晦ましにまで応用か。
その翼発動状態ならある意味魔法は湯水のように使えるから、魔力でゴリ押しに見えるな」
ジンが冷ややかに言うが、ユウはそうですかねぇ、と笑うだけだった。
ジンの背後。ユウはまた新しい氷の矛を生み出し──突いてくる。
凍り付いた腕を振り回し、その突きをいなす。
「やはり、今はどうも僕の方が強いようです」
ジンの鼻先に矛があった。
一歩後ろに跳び、足で蹴り上げる。その瞬間、背後から『冷気』が飛んで来たのが分かった。
「っと。に……クソ」
──氷の欠片が飛び散った。
「はは。昔の貴方なら、そんな攻撃……掠りもしなかった」
ユウは笑う。
ジンは──痛々しい見た目になっていた。
傘を握ったまま凍り付いた左腕は肘まで凍り付いている。
背からは僅かに血の氷。氷で出来た矢が3本突き刺さり、傷口を凍らせて流れる血すら凍らせている。
「そうだな。昔なら掠りもしなかったかもな」
「お認めになられたようですね。貴方の最強はあくまで過去の栄光だと」
「はっ。昔から、最強を名乗ったことはねぇよ。……ねぇよな? 多分」
「時々イキって最強名乗ってたと思いますけどね」
「……忘れたよ。──まぁどうでもいいから、さっさと掛かって来いよ」
ジンが引きつった笑顔を浮かべた時、ユウは深く溜息を吐いた。
「その状態で挑発してくるなんて、もう一発逆転の反撃狙いなのは見え見えですよ」
ユウは後ろに下がりながら、目を細めて彼は笑う。
「隊長。僕は、なんだかんだ言って貴方に憧れてたんですよ。
でも、残念です。十年。貴方の牙が丸くなるには十分な期間だったようですね」
「散々言うね、お前」
「ええ。憧れが憧れじゃなくなる瞬間は寂しいものです。
追い越したと気づいた時の虚しさは表現しがたい──だからせめて、僕の使える最大打点の魔法で終わらせますよ」
「魔法か。直接攻撃にした方が良いと思うけどな」
「はは。嫌です。遠距離でやります」
「……今ならサービスで一発は受けてやるからさ。魔法とか使わない方向にしようぜ」
「お断りします。日和ってると思われても結構です。
隊長の得意な舞台で戦うのは危険ですからね──なので、幕引きは魔法。これは常道です」
「じゃぁ俺から接近戦をして──って、おおっと」
ジンが動こうとした時、その足が動かないことに気付いた。
目を凝らしても見えない。透明で温度の無い空気のような氷が、ジンの脚を凍り付かせていた。
「ルキさんも透明化の魔法と熱の魔法を応用して『凍着』してあります。
では──和了です」
ユウは矛を手放す。
緩やかに地面に落ちていき──地面に触れて霧となる。
「『四暗矛刻』」
それは頭上に起きた変化。
氷の矛。ジンの真上に浮いている。
「これは単純な魔法です。ただ氷の矛を作り出し、相手に向けて降らせるだけの魔法。
破壊力も速力も優れてはいない。ただ、唯一優れているのは──」
空を覆い尽くす程の量の矛。
「まじか」
「──その数量。三万二千本の矛の雨が、一秒で全て降り注ぎます。どうぞご賞味あれ」
──雨、いや『散弾』のように降り注いだ。
霧が荒ぶ。
爆撃でもしたような煙が上がった。
「形くらいは残ってると良いですけどね」
──この時、ユウは一つ違和感に気付いていた。
それは、目の前の霧の向こう側の建物。
(……あれ。ちょっと待ってください。そうだ。変だ)
振り返る。
ユウは『気付いた』。今、戦闘しているこの場所は、路地裏。
それなりに広いとはいえ、壁も近い。それなのに。
(民家の外壁にも、石畳みにも……『傷一つない』……!?)
「くそ。三万二千と五百本あったぞ。
一本場にしちゃ多いし、二本場にしては少ないな」
ジンは『右手』で傘を握っていた。
左腕の氷も、足の凍結も──残っていない。
だが、そんなことより。
「なっ……ちょっ。まさか、隊長……」
三万二千五百本の『矛の雨』が降り注いだ地面にも、壁にも傷一つない。
「まさかっ、町を傷つけないように戦ってたんですか……ッ!?」
「あー。まぁ、そうなるな。当たり前だろ」
「ふ、不可能ですよ。氷の矛を! 水、いや霧に変えるには、高温で焼き切るしかないっ!」
「火の魔法も熱の魔法も俺は苦手だ。だけど、高温の武器は作れる」
「はあ!?」
ジンは傘を振り回す。──傘はよく見れば、もう傘の形をしていない。
溶けて、黒い木刀のようになっていた。
「めっちゃ空中で振って、めっちゃ摩擦させて、めっちゃ熱した」
「んな滅茶苦茶なッ!? ま、まさか、最初の攻撃が威力低かったのは」
「ああ。俺が武器を全力で振ったら周りの建物の硝子とか割れちゃうだろ」
「っ……! そこまで余裕が、あるなんて」
「馬鹿。逆だよ。『余裕が無い』から、傷一つ付けられないと思ったんだ」
ジンは──まるで研ぎ澄まされた刃のように鋭い目でユウを見た。
その男が切っ先のような目をするのを、ユウは戦場でも見たことがない。
自然と、手が震えていた。
「──昔の俺なら出来たんだがな」
一歩。
ジンはユウに近づく。
「っ……!」
ユウはすぐに矛を構える。だが、その矛の先端が『切り裂かれて箒みたいに毛羽だった』。
「今の俺にはもう出来ない」
「このっ!」 ユウの遮二無二に放った氷の拳を、左手でガッチリとジンは受け止めた。
「何がっ、出来ないんですかッ! これほどまでの力があって!!」
「ここは貴族の町だろ? もう、昔と違う」
がんっ、とユウの頭に頭突きが入った。
「痛っ……」
「お前、あの窓ガラス一枚幾らすると思う?」
「は、は……はい???」
「あのステンドグラス風の窓、一枚で金貨10枚だぞ!?
弁償出来ねぇよ!! 昔の俺なら弁償くらい出来たけどなっ!」
「え、えぇぇ」
「勇者じゃなくなってから、マジで金ないんだよっ!
だから近距離戦にしろってあれだけ言ったのに、最後にどでかい魔法使うから!
消すの大変だったんだぞっ!」
「え、あぁぁ。あ、そういう……理由、かぁ」
(なんか違う理由で、憧れが憧れじゃなくなっていく気がしますねぇ……)




