【06】川辺の馬車停まりにて【01】
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顔バレ防止──というのもあるが、慣れで、俺は紙袋を被って戦っている。
ルキが作ったこの白銀の剣、見事な切れ味だ。
刀身の長さは肘から指先ほどまでの長さ。種類的には短剣が近い。
元が、ルキの最新型の機械義足だったが為、鍔は無く、柄も本来は無機質なむき出しの鉄だ。
流石に柄には、あの戦いの後に布を巻いて、少し滑り辛くはしたが。
やはり、いい剣だ。
ただ、切れ味が良すぎて、手加減しないと、山賊を殺してしまいそうだ。
無論、山賊に後れを取ることも無ければ、苦戦することもない。
それでも、少し時間を掛けているには理由があった。
脳裏に、数日前戦った少女を思い出す。
あの黒い靄の少女は、何者だろうか。
戦い方が、独特だった。
熟練した踊りのような動きと、不慣れな術技を合わせたような戦い。
──そんな少女は、俺の発動した絶景の中で、動いた気がしたんだ。
「くそっ! 何なんだよこの、紙袋野郎ッ!」
──その為、山賊たちには実験体になって貰っている。
──俺の『絶景』、本当に発動しているのかを。
向かってくる髭の男がスローモーションに見える。
男が振り上げたのは農作業用の鉈。柄にこびり付いた血痕が見える所から、人を何人か殺めている。
髭の動き、男が口から飛ばした汚い唾、舞い上がった土。
山賊の付けている女物のネックレスが揺れ、腰にある不相応な懐中時計も跳ねたまま。
空を行く雲も──男の行う無意識の瞬きも──停止した世界のようだ。
一瞬の時間を集中し、スローモーションで世界をとらえる技術。
これが絶景。
少女との戦いで、俺は、絶景を使った。
絶景の世界では、自分自身も少し遅い。
訓練次第で、この時間ゆっくりとした時間の中で早く動くこともできる。もちろん限界はあるが。
そして、俺は、その絶景に、『迅雷』を使って干渉し、高速で動くことが出来る。
絶景で世界をスローモーションに見る。
自分だけ雷化する。
相手が無意識の瞬きをしたら、それに合わせて動いて背後を取る。
これが、俺の初見殺しの『雷天絶景』の仕組みだ。
山賊が、空振り、鉈が地面に叩き付けられた。
俺は、山賊の背後にいる。斬る。
「ぐはっ」
血を吐き、倒れる山賊。
これで、この辺の山賊は全て倒した。
──やはり、通用している。問題ない。
──じゃあ、何故、あの少女に致命傷を与えられなかったのか。
俺の頭の中にある疑問は、それだけだ。
少女への攻撃を終えた時、最初に思ったのは、傷が浅いことへの疑問だった。
相手の靄の術技が強かった? それもあるだろうが。
それよりも、あの一瞬、少女が避けたようにも思えた。
……いや、考えすぎか。
そもそも絶景は、人間の死地における防衛本能が元になった技。
相手も、死地に立ち、生存本能で躱した、というのも十分にあり得る話だ。
実際、魔王討伐の旅の途中でも、何度かそういう場面はあった。
だが、それでも、何か漠然とした見落とし、違和感が残り続けている。
それこそ、本当に、心の中に何か靄があるかのように。
不意に、先ほど斬った山賊が呻き声を上げている。
……とりあえず、山賊と言えど人間だ。
懸賞金付きの危険人物や犯罪者かもしれない。勇者なら、止めを刺しておくべきだが。
俺は、便利屋。殺しは、極力しない。
薬草は近くに生えているし、食品とかも手は出していない。
数日は生き残れるだろう。
ポケットから、俺は赤い泥団子のような物を取り出し、焚火へ投げ込む。
すると真っ赤な煙が立ち上る。
これは、緊急救助依頼の狼煙。これを見たら、勇者か衛兵が来てくれる。
この状況を見れば、ノされた山賊たちを見て、捕まえてくれるだろう。
とりあえず、そろそろ馬車に戻るとしよう。
「くそっ……なんで、俺たちが、何したってんだ……くそ、紙袋野郎!」
地べたをはいずりながら髭の男が声を上げた。
「山賊して、人も殺してるだろ」
「へ……証拠、あんのかよ。証拠……勇者様よ」
「証拠? はは、驚いた。山賊のくせに、難しい言葉知ってるね」
嫌味を呟いてから、剣を山賊に向ける。
「そのネックレスは自分で買ったのか、女物だぞ?
腰の懐中時計のブランドを答えられるか?
その鉈の返り血は?
必死で隠してるあの厩の奥の盛り上がった土の下には何がある?」
まくしたてると、男は青ざめる。
「本当なら、お前はここで殺したいくらいだ。だが、法の下、殺さない。法に照らされて死罪ならそれを受け入れろ。じゃあな」
被っていた紙袋を捨て、俺は馬車へと戻る。
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乗り合い馬車は、何駅かごとに停車する。
三十分~一時間停車することが多い。
長く馬車に揺られていると疲れるのもあるし、ちょうどいい休憩時間だ。
子供たち三人くらいが川辺で遊んでいるのを、ベンチに座ってハルルは眺めていた。
「平和ッスね~」
陽気な春の日差しに当てられ、少しぼんやりするハルル。
平和なのは、うちの師匠のお陰なんスよね~、と内心で呟く。
かれこれ、一時間。山賊退治に出発したまま帰ってこない。
「ハルル。ジンが帰ってこないから心配なのだ?」
「え? いえいえ、全然?」
山賊にやられた! などというのは想像出来ないので、何か新技を開発しているのかもしれない、などと想像を膨らませていた所であった。
「寧ろ、師匠に狙われた山賊たちの心配ならするッスけどね~」
うちの師匠、最強なんで、と微笑むハルル。
「ジンって、いったい、何者なのだ? うちのお師匠様とも対等ってスゲーのだ」
「あー……えーっと」
ポムの師匠、ルキ・マギ・ナギリは、魔王討伐の勇者として有名だ。
現在は、隠居生活をしている、ということは多くの人間の知る所。
いくら信頼がおけそうなポムを相手でも、ルキと一緒に魔王を討伐した勇者ッス! とは言えないハルルであった。
「なんか、元、王国騎士、だった、みたいな?」
「おお、なるほどなのだ!」
王国騎士。文字通り、王国の直属騎士。
当時の活躍としては、魔王討伐の勇者たちの影に隠れがちではあるが、相当な実力者揃いの集団だ。
教科書や歴史書にも多くの武功が登場する。
ポムは納得した様子で、頷いて欠伸をする。
「もうひと眠りするのだぁ」
「じゃぁ、私も、そろそろ戻るッスかね」
ばしゃん。
きゃーっ、と声がした。
ハルルは音の方──川を見た。
子供が川に流されている。ばたばたと手で水を叩いている。
溺れている。
「っ!」
ハルルはすぐに走り出し──川へ飛び込んだ。
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