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【06】川辺の馬車停まりにて【01】


◆ ◆ ◆


 顔バレ防止──というのもあるが、慣れで、俺は紙袋を被って戦っている。

 ルキが作ったこの白銀の剣、見事な切れ味だ。

 刀身の長さは肘から指先ほどまでの長さ。種類的には短剣が近い。


 元が、ルキの最新型の機械義足だったが為、鍔は無く、柄も本来は無機質なむき出しの鉄だ。

 流石に柄には、あの戦いの後に布を巻いて、少し滑り辛くはしたが。


 やはり、いい剣だ。

 ただ、切れ味が良すぎて、手加減しないと、山賊を殺してしまいそうだ。



 無論、山賊に後れを取ることも無ければ、苦戦することもない。


 

 それでも、少し時間を掛けているには理由があった。

 脳裏に、数日前戦った少女を思い出す。

 あの黒い靄の少女は、何者だろうか。


 戦い方が、独特だった。

 熟練した踊りのような動きと、不慣れな術技(スキル)を合わせたような戦い。


 ──そんな少女は、俺の発動した絶景の中で、動いた気がしたんだ。


「くそっ! 何なんだよこの、紙袋野郎ッ!」


 ──その為、山賊たちには実験体になって貰っている。


 ──俺の『絶景』、本当に発動しているのかを。


 向かってくる髭の男がスローモーションに見える。

 男が振り上げたのは農作業用の鉈。柄にこびり付いた血痕が見える所から、人を何人か殺めている。

 髭の動き、男が口から飛ばした汚い唾、舞い上がった土。

 山賊の付けている女物のネックレスが揺れ、腰にある不相応な懐中時計も跳ねたまま。


 空を行く雲も──男の行う無意識の瞬きも──停止した世界のようだ。

 一瞬の時間を集中し、スローモーションで世界をとらえる技術。


 これが絶景。


 

 少女との戦いで、俺は、絶景を使った。

 絶景の世界では、自分自身も少し遅い。

 訓練次第で、この時間ゆっくりとした時間の中で早く動くこともできる。もちろん限界はあるが。


 そして、俺は、その絶景に、『迅雷(スキル)』を使って干渉し、高速で動くことが出来る。


 絶景で世界をスローモーションに見る。

 自分だけ雷化する。

 相手が無意識の瞬きをしたら、それに合わせて動いて背後を取る。


 これが、俺の初見殺し(おうぎ)の『雷天絶景』の仕組みだ。


 山賊が、空振り、鉈が地面に叩き付けられた。

 俺は、山賊の背後にいる。斬る。


「ぐはっ」


 血を吐き、倒れる山賊。

 これで、この辺の山賊は全て倒した。

 ──やはり、通用している。問題ない。


 ──じゃあ、何故、あの少女に致命傷を与えられなかったのか。


 俺の頭の中にある疑問は、それだけだ。

 少女への攻撃を終えた時、最初に思ったのは、傷が浅いことへの疑問だった。

 相手の靄の術技(スキル)が強かった? それもあるだろうが。

 それよりも、あの一瞬、少女が避けたようにも思えた。


 ……いや、考えすぎか。


 そもそも絶景は、人間の死地における防衛本能が元になった技。

 相手も、死地に立ち、生存本能で躱した、というのも十分にあり得る話だ。

 実際、魔王討伐の旅の途中でも、何度かそういう場面はあった。


 だが、それでも、何か漠然とした見落とし、違和感が残り続けている。


 それこそ、本当に、心の中に何か靄があるかのように。


 不意に、先ほど斬った山賊が呻き声を上げている。

 ……とりあえず、山賊と言えど人間だ。

 懸賞金付きの危険人物や犯罪者かもしれない。勇者なら、止めを刺しておくべきだが。


 俺は、便利屋。殺しは、極力しない。

 薬草は近くに生えているし、食品とかも手は出していない。

 数日は生き残れるだろう。


 ポケットから、俺は赤い泥団子のような物を取り出し、焚火へ投げ込む。

 すると真っ赤な煙が立ち上る。


 これは、緊急救助依頼の狼煙。これを見たら、勇者か衛兵が来てくれる。

 この状況を見れば、ノされた山賊たちを見て、捕まえてくれるだろう。


 とりあえず、そろそろ馬車に戻るとしよう。


「くそっ……なんで、俺たちが、何したってんだ……くそ、紙袋野郎!」


 地べたをはいずりながら髭の男が声を上げた。


「山賊して、人も殺してるだろ」


「へ……証拠、あんのかよ。証拠……勇者様よ」


「証拠? はは、驚いた。山賊のくせに、難しい(・・・)言葉知ってるね」

 嫌味を呟いてから、剣を山賊に向ける。


「そのネックレスは自分で買ったのか、女物だぞ?

 腰の懐中時計のブランドを答えられるか?

 その鉈の返り血は?

 必死で隠してるあの厩の奥の盛り上がった土の下には何がある?」


 まくしたてると、男は青ざめる。


「本当なら、お前はここで殺したいくらいだ。だが、法の下、殺さない。法に照らされて死罪ならそれを受け入れろ。じゃあな」

 被っていた紙袋を捨て、俺は馬車へと戻る。



◆ ◆ ◆



 乗り合い馬車は、何駅かごとに停車する。

 三十分~一時間停車することが多い。

 長く馬車に揺られていると疲れるのもあるし、ちょうどいい休憩時間だ。

 子供たち三人くらいが川辺で遊んでいるのを、ベンチに座ってハルルは眺めていた。


「平和ッスね~」

 陽気な春の日差しに当てられ、少しぼんやりするハルル。

 平和なのは、うちの師匠のお陰なんスよね~、と内心で呟く。

 かれこれ、一時間。山賊退治に出発したまま帰ってこない。


「ハルル。ジンが帰ってこないから心配なのだ?」

「え? いえいえ、全然?」


 山賊にやられた! などというのは想像出来ないので、何か新技を開発しているのかもしれない、などと想像を膨らませていた所であった。


「寧ろ、師匠に狙われた山賊たちの心配ならするッスけどね~」

 うちの師匠、最強なんで、と微笑むハルル。


「ジンって、いったい、何者なのだ? うちのお師匠様とも対等ってスゲーのだ」

「あー……えーっと」


 ポムの師匠、ルキ・マギ・ナギリは、魔王討伐の勇者として有名だ。

 現在は、隠居生活をしている、ということは多くの人間の知る所。

 いくら信頼がおけそうなポムを相手でも、ルキと一緒に魔王を討伐した勇者ッス! とは言えないハルルであった。


「なんか、元、王国騎士、だった、みたいな?」

「おお、なるほどなのだ!」


 王国騎士。文字通り、王国の直属騎士。

 当時の活躍としては、魔王討伐の勇者たちの影に隠れがちではあるが、相当な実力者揃いの集団だ。


 教科書や歴史書にも多くの武功が登場する。

 ポムは納得した様子で、頷いて欠伸をする。


「もうひと眠りするのだぁ」

「じゃぁ、私も、そろそろ戻るッスかね」


 ばしゃん。


 きゃーっ、と声がした。

 ハルルは音の方──川を見た。

 子供が川に流されている。ばたばたと手で水を叩いている。

 溺れている。

「っ!」

 ハルルはすぐに走り出し──川へ飛び込んだ。

 


◆ ◆ ◆

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