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【18】衰えましたね【37】


 ◆ ◆ ◆


 正に雷の如き早業だった。


 ジンは豹か何かを思い出させるような跳躍力をもって、何十メートルか先から『一歩』で、ユウの背後に落ちて来た。

 まずその場に辿り着いたジンの行動は単純かつ明瞭だった。

 『装纏翼(イデア・アーラ)』という魔族の戦闘方法を『破壊する』。

 その技は魔族の力を三倍程以上に押し上げる。

 魔族の秘中の秘であり、ジンはそれを『何度も見て来て』、厄介と知っている。


 ただ、対処は簡単。その翼を破壊すればいい。


 着地と同時に翼を掴む。

 まるで熊が拳を振り下ろすような重さのある一撃でその背の翼から羽根を毟れるだけ毟り取った。


 羽根を投げ捨て拳を握る。その時、ユウは既に魔法を発動していた。

 ユウの魔法速度は早かった。

 敵が何か判断するより先に、羽根がやられたという条件反射で組み上げた魔法は『氷の膜』だった。


 彼の身体の周りを目に見えない程に薄い氷の膜が覆い、次の攻撃を防ぐべく身体を守った。

 ただ、その次の攻撃をその魔法は防ぎきれなかった。

 ジンの拳は、魔法の防御を殴り砕き、空気を震えさせた。

 氷が砕けて空中に舞い、そのままユウの顔面を拳が捉える。




 それが、目が眩む程の数瞬で起こったこと。




「──お久しぶりです、隊長」

 ユウはその言葉を絞り出しながら、鼻血を拭う。


「何してんだ。ユウ」

 『雷』。そう形容するに相応しい『素早く』『破壊的で』『理不尽な強さ』の男がそこに居る。


「うーん……お仕事、ですかねぇ」

 ユウはそう困ったような笑顔で言ってから、ぺっと折れた奥歯を2・3本吐き出す。

 立ち上がり、首を回しながら笑う。


「そうか。ナズクル絡みか?」

「お答えしかねます」

「王子を──どうするつもりだったんだ?」

「それも、お答えしかねます」

「じゃぁ……こいつを殴ったのはお前か?」

「……そうですね。僕です」

「そうか」


「殴っちゃいけませんでしたかねぇ?」

 ユウが僅かに挑発的に笑うと、ジンが首を振る。


「こいつは勇者だし、お前は一対一で戦った。特に言うべきことは無い」

「それは良かったですよ。弟子をイジメたからやり返すって言うのかと思いました」

「弟子じゃないけどな、こいつ。──ただ」

「?」


「歯、食いしばれ」


 ──一閃、としか言うことが出来ない速度。

 ユウの顎が下から殴られる──突上拳(アッパーカット)が炸裂した。


「かっ──」


 ユウは大の字になって倒れる。

 だがジンは、手応えが無かった。


「……上手いこと重心をズラすようになったな」


「は、はは。早ぇ」

(痛ぇー……はぁ。でも昔なら今の一撃で死んでた気もしますけど。生きててよかった)


 ユウが顎を抑えながら身体を起こす。

 ──ジンは無視してハルルに近づいた。


 ジンの背──隙だらけに見えるが、ユウは何もしない。


(この距離だと、攻撃をした瞬間に反応されるんですよね。

隊長さん、不意打ち攻撃無効の術技(スキル)でも付いてるんじゃないかっていう反応速度ですから)


 ジンはハルルに「大丈夫か?」と声を掛けた。

 ハルルは空元気で笑い、「大丈夫ッス」とか弱い声だった。

 ジンは頷き、彼女の傘を受け取る。


「王子も大丈夫か?」

「ジン、殿……」

 ハルルの向こう側で地面に這いつくばるような格好で両手両足が氷漬けにされたラニアン王子を見る。

 ──ジンは彼の横に立ち、彼の真横へ傘を突き立てた。

 氷が割れ、王子の身動きが自由になる。

 それすらもユウは見送り、どっこいしょ、と立ち上がる。


「後ろから、攻撃してこないんだな」

 ジンはユウに背を向けたままそう呟くと、ユウは肩を竦めて笑う。


反撃(カウンター)取られるんで。それなら背の翼、修復して万全にした方がまだいいでしょう」

「……俺と、戦うつもりか?」

「まぁ、そうなりますね──『装纏翼(イデア・アーラ)』」

 ユウは感情が読めない笑顔を浮かべて──その背に蒼黒い翼を顕現し直す。

 もぎ取られた羽根も修復された一対の翼が生まれた。


 そして、その右手にある矛をくるりと回した。

 身の丈より長いその矛は、ジンが振り返るといつの間にか彼の手の中にあった。


 その矛の先が半透明な氷であることから、氷と石の複合した造形魔法で造られた物だと察しが付く。


 ジンは傘を左手に構える。


「聞きたいことは山ほどある。

なんで王子を追いかけ回したのかとか、ナズクルのやろうとしていることとか。

──まぁとりあえず、ちゃんと防御してくれ」



 地面が『焦げた』。



 ユウは目で追い、左から振り下ろされた傘の一撃を矛で防いだ──瞬間、矛が砕け散った。


「なっ!」

 跳び退くが、振り上げられた傘の先端がユウの顎を掠めた。

 ナイフで切られたように血が跳び散る。



「傘とはいえ、当たり所が悪いと死ぬ。気を付けて防げよ」



「っ……隊長に掛かれば、ただの傘も名刀みたいになりますね……ッ!」


 ユウはすぐに氷と石でまた同じ矛を作り出す。

 作り出し構える──ユウは目の前のジンを丁寧に分析していた。


装纏翼(つばさ)状態で『身体強化(バフ)』の魔法をゴリゴリに自分に掛けて、動体視力も強化。これで、隊長と互角に動ける)


 ジンはまた地面を焦がす程の加速で突進──急ブレーキをかけ視界から消え、左右にフェイントをかけて一撃を放って来る。


(目で追える──隊長の動きが、目で追える)


 ユウは矛を大きく一度振り回す。

 ジンは一歩後ろに引いてから、また加速して向かってくる。


 次の一撃は、矛で防げた。砕けない。

 そこから『突き・突き・払い』の三連続攻撃(コンボ)

 だがユウは、ギリギリ防げていた。


術技(スキル)を失ったと聞きました。本当なんですね」

「まぁな」


 風を切る音が二回した。矛が砕け、ユウの左腕が割れたように裂かれた。

 だが血が出ない。即、自身の魔法で凍らせて止血。

 合わせて、三日月のような形の氷の刃が空中からジンに降り注いだ。

 皿を数十枚単位で割ったような甲高い音が複数した。一瞬で氷の刃はジンに叩き落とされた。


「天裂流──」


 少し奥まった中段の構え。薙ぎ払いが来る。ユウは内心で舌打ちをする。

(ッ! それはマズいッ!)


「陽前輝神の威光を防げ! 『冷守者の楯(スヴァリン)』!」



「撫で書き一文字」



 斬撃は音すらしなかった。

 代わりに──どすん。と音がした。


 それは人間五・六人を圧し潰せてしまいそうな分厚い氷。

 分厚い板氷が地面に転がった。


 ジンはそれを足で蹴って退かす。


「っ……ただの傘で、なんて斬撃ですかっ」

「中々硬い魔法だったな。お前の胴ごと斬ったつもりだったが」


「は、ははっ……そりゃどうも」

(本当は轟炎竜の焔吹(ブレス)とかを余裕で防げる盾魔法なんですけど

……中々硬い程度の感想ですか……流石、規格外。

とはいえ……分かってきましたよ)



「確かに、素早いですね。破壊力も圧倒的だ。しかしそれだけ」



「……。んだよ」

「無くしたという、あの術技(スキル)があったら僕はもう雷の速さで焦がし殺されていたんでしょうけどね」

「かもな」

「──それに加えて」

 ユウは細い目を見開く。まるで鷹のように鋭く見開かれた。

 身体を屈めて真っ直ぐに──地面を『焦がす』ステップ。


 ジンの真横からユウは矛撃を放つ。

 顎を引いて胴の動きだけでジンは避けるが、ユウはそのまま『空中で止まり』薙ぎ払いに移行した。

 傘で矛を防ぎ、ジンは後ろに一歩下がる。


「隊長。……──衰えましたね」


「何?」


「お気付きじゃないんですか。

アッパーカットも、薙ぎ払いも。昔なら僕の首を刎ねていたでしょう?

それに、思えば三連撃も通常攻撃も、破壊力こそあれど精彩を欠いているように思えます」


 ユウは槍を上段に構える。それは──ハルルも得意とする構え。

 ジンもユウも同一の人物から教わった構え。


「今の貴方と、今の僕なら──僕の方が強いかもしれませんね」


「そういうのは、俺を倒してから言わないと格好がつかないぞ」

「はは、そうですね。なら! お見せしますよ。

──貴方が十年、前線から離れていた間も研鑽した僕の技──」


 ユウは距離を詰め──一気に空中へ跳んだ。




氷花槍術(ひょうかそうじゅつ)・空浮き──!」






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