【18】不回答【35】
「ユウ・ラシャギリ様の《雷の翼》での活躍の期間は一年程度でしたッス。
短いと言えば短いですが、初期から中期に掛けて魔王討伐隊を支えた重要メンバーと私は考えているッス」
「ほうほう。どうしてですかね?」
ハルルは袈裟斬りのように傘を振り下ろす。
地面に傘が着くスレスレ、低い姿勢から放たれる傘の突きをユウは身体を捻り避ける。
「理由はいくつかありますが、加入後から緩やかに《雷の翼》の怪我人が減少傾向にあるからッス。
これはユウ様が偵察や斥候に長けていたこと。
それと賢者ルキさんが出来ないような『近距離魔法防衛』などが使えたからだと私は思うッス」
「なるほど」
ハルルの蹴り上げを肘で受け止め、ユウは後ろに下がる。
「ユウ様が加入された後と前での数値の証明があるッス。
ライヴェルグ様とサシャラ様の怪我報告。
これがぐんっと下がってるッス。顕著なのは『山賊村』や『八眼虫王戦』での活躍ッスね」
「ふむふむ、活躍ですかー?」
後ろへ下がったユウに傘が真っ直ぐに進む。
「ええ。ライヴェルグ様とサシャラ様の戦闘記録を確認していくと。
ユウ様の魔法防御と魔法攻撃が突破の為に重要だったように思えたッス」
「そうですかそうですか」
びゅん、と撓る傘がユウの髪を掠めた。
「記録上、ユウ様単独の撃破は少ないッス。
ただルキさんと同じように、他の人との連携やバックアップが素晴らしい戦闘が多いッス。
特に、サシャラ様と背中合わせで戦った『レセギス海賊団による漁村防衛』は村では童歌になる程の戦いでした」
「それはそれは。そうですか」
傘の突きが肩を掠めた。ハルルの攻撃は更に素早くなっている。
「更に、『機械姫』メッサーリナ様との共同戦線時には多種類の武器をお互いが交換し合うという戦い。
絵にもなっていてメティス美術館に寄贈されたそうッスよ」
「それは、見に行ってみたいものですね」
ハルルは喋りながらも間髪を入れずに攻撃を続けていた。
攻勢は止まない。逃げ場を塞ぐように放たれる突きに、素早い薙ぎ払いの応酬。
ユウは彼女の攻撃を避けるのに精いっぱい──なんて訳が無い。
反撃に出る機会は幾度もある。
突きを出した瞬間など、手を伸ばして頭を掴み地面に減り込ませるなど目を瞑ってでも出来るだろう。
だが、それをしない。
「歩く辞書ですか? 凄いですねぇ。よく知っていますね」
「ども。よく言われるッス」
「ちなみに」
ユウは思い出していた。
──革命参加者であるティスたちやパバトに『恋』の代理の人物に、ドヤ顔で『ユウ・ラシャギリです』と《雷の翼》在籍時の名前で名乗ったのに『お前は誰だ』と異口同音に言われたあの時を、思い出していた。
「?」
「他にも、何か知ってますかぁ?」
ユウは欲しがっていた。
(ぶっちゃけ、満更悪い気分じゃないですねェ……!)
顔に出さずユウは舞い上がって浮かれていただけである。
ユウという『勇者』は教科書でもあまり触れられない(雷の翼自体がこの時代では深堀され辛い時期ではある)。
そんなマイナーな自分の活躍を知ってる相手に出会い、更にはあの時代の活躍を讃えてくれている。
満更悪い気分はない──どころか自己肯定感の爆上げであった。
「いえいえ。本に載ってることしか知らないッスよ。
後は『南部鉄橋挟撃戦』の時ッスね」
ハルルの言葉に、ああ、とユウは目を細くした。
「それは、有名ですもんね」
「ええ。最前線を担当。
《雷の翼》に所属していない『貴族の方』との連携で敵を撃退したという記録は魔族と人間なんて垣根を超える友情があったのかなって勝手に思ってしまう内容ッス。ただ」
「ええ。その後に裏切って魔族側に付いているので。その戦いは、そうですね」
「実は魔族を中から切り崩す為だった、と聞いてるッス。
これは戦後に分かったことなので誤解されがちで一般人にはあまり浸透してないみたいッスけどね」
「──本当によく知ってますねぇ」
「ええ。知ってるつもりッス。けど……分からないことがあるんス」
「……いいですよ。仕方ないですねぇ。質問くらい答えましょう」
ちょっといい気分になっているユウはニヤニヤ顔を我慢して笑って見せた。
ただ、ハルルの顔には冗談めかした顔も無く、寧ろ暗い影が掛かっているような鋭さがあった。
ユウには気付けないだろうが、もしここにジンが居たら彼女のことを見て言うだろう──
「どうして、武器も持たない子に……捕縛魔法とはいえ、魔法攻撃を仕掛けたんですか」
──見たことないくらい激怒してる。と。
ハルルの後ろで、地面にうつ伏せになっている少年がいる。
ラニアン王子。彼は両腕が石畳に引っ付いてしまって離れられなくなっていた。
ユウの氷結の魔法によって逃げられない状態である。
ハルルは《雷の翼》の熱狂支持者である。
三度の飯より彼ら勇者たちが好き。
そんな彼女は《雷の翼》のことに成れば熱く語る。
だが、ユウのことを語る熱量は、怒りの熱量だった。
傘を血が滲む程に握り込んでキッと唇を噛む。
「……それは」
「魔族でありながら勇者を助けた。
戦後は行方不明扱いになっているのは、貴方が『影の戦い』も含めて立派に戦い抜いたからこそ、自身の存在を消して安寧な生活を得たんだと解釈していたッス。
なのに、そんな人がどうして、この子を攻撃してたんスか」
ハルルは真っ直ぐな目だった。
その目と視線が合って、ユウは少し目を細めた。
真っ直ぐすぎるその眼差しが眩しく感じてしまった。
「この子を攻撃して。何も思うことは無いんスか」
「……不回答。残念ながら、答えないです」
「──……なら、容赦なく。貴方をぶっ倒すッス!」
踏み込むハルルを見てユウは察した。
走りながらの中段構えの突き技。
(あの構え。『直突』ですね。懐かしい)
ユウは失笑した。
槍の技の中で走りながら放つ『直突』は名前の通り攻撃が直線的な技だ。
加速を攻撃に乗せられる分、威力はある。
(先端に刃物が付いていないのなら脅威ではないです。
攻撃に合わせて素手で弾くだけで充分)
走るハルルに『ある人』を重ねる。
それは、槍の師匠。槍と矛の区別もつかないような『最高峰の槍使い』。
(あの人も好んで使っていた技ですね)
《雷の翼》で明るく笑う太陽みたいな女性。
長い緑色の髪の誰もが慕う彼女にその技を習った。
後にも先にも、彼女以上の槍使いとは出会わなかった。
槍だけで見れば『隊長』よりも優れているだろう。
だから自負していた。
対処できる。驕りなくそう思っていた。
その瞬間、ハルルの身体が宙に浮く。跳んだ。
(なっ──跳ぶって。それにその身体を丸めた構え──!)
それは、空中での一瞬の構え。
跳び上がって身体をリスのように丸め、傘をまるでハンマーのように大きく後ろに振り被る。
身体を捩じりながらの薙ぎ払い。
その技をユウは知っていた。
「『雲払い』!」
空中回転の大薙ぎ払い。
ユウは避けずに──その一撃を胴に受けた。
空気を割るような破裂音が──大きく響き渡った。




