【18】押しかけ師匠【34】
◆ ◆ ◆
──古い記憶。僕は今、懐かしいことを思い出していた。
どうして今、思い出したんだろう。あの十年くらい前の日々を。
「 」
「 」
遠い。喋ってるんだろうけど全然聞こえない。
草原で、二人が何かを僕に向けて言っている。
「 ……!」
なんだ? え?
あ、走って来た。二人とも早すぎる。土煙の上がり方がえぐい。爆発でも起きたみたいだ。
そんな走り幅跳び世界記録みたいなぶっ飛び方しなくてもっ!!
最初に僕の目の前に着地したのは、黄金の獅子。もとい、獅子兜の隊長、ライヴェルグさん。
そして次に着地したのは緑色の長い髪を持つ女性。サシャラさんである。
ぶっちゃけ美人だ。
何を食べればこんな綺麗な人になるんだろう、って思うくらい綺麗だった。
「ユウ。思ったことがあるんだ。その作戦の幅を広げたい」
声を上げたのはくぐもった声。兜を被ったライヴェルグさんだ。
「??」 僕は最初意図が分からず首を傾げていた。
「連携行動を取る為に、遠距離援護だけではない戦略を」
「えっと?」
「ライ! 回りくどい!」
どんっ! と隊長を押し退けた。これが出来るのはサシャラさんだけだろうなぁ。
「もっと近くで戦え!」
「ええぇぇ。魔法使いなんですけど……」
「知らんよ!」
「ええぇぇ」
無茶苦茶言う人だぁ。
「魔法使いが武器持っちゃ駄目というルールは無いだろう!」
「そりゃそうですけど」
無茶苦茶な人だぁ。
サシャラさんは強引な人だ。ぶっちゃけ初絡みの時は苦手過ぎると思ったし、好きになれないと思ったよ。
ライヴェルグさんは意外と押しが無い人で、絡まれないから逆に付き合い難しかった。
サシャラさんは腕を組んで優しい目をした。
「背中合わせで戦いたい」
「え?」
「近くに居れば、もっと連携が取れると思ったんだ。お前の魔法は一撃一撃が鋭いからな」
「鋭いんですかね?」
「ああ。鋭いとも。見ろ、ライの兜に良い感じに刺さってるぞ」
あ。ほんとだ。気付かなかったけどライヴェルグさんの後頭部に氷柱が刺さっている。
「……あ、さっきの援護の時」
遠回しに説教されているのかと、まだ若かったし僕は嫌な顔が出そうになった。
けど、サシャラさんは笑った。
「ライは避けるつもりで動いて当たったんだ! ユウ、お前は凄いぞ!」
「え?」
「あのライに一撃当てたんだ! 魔法の速力があるということだ!
だからもっと近距離で戦えたら更に良いんじゃないかというのが私とライの意見だ!」
ライヴェルグさんを見たが兜の下の表情は掴めない。
無口な人だが、怒っては無いらしい。
「後ついでに槍を教えたい」
「ええぇぇ何でぇぇ」
「ライみたいに弟子が欲しい!!」
「ぇえぇぇ、あっちの機姫様でいいじゃあないですかぁ、または聖女様とかに」
「駄目だ! 二人とも年上だ! 弟子は年下がいい!!」
「いや、僕こう見えて──」
「背が低いから弟子とする!」
「背丈のことは禁句ですよ!! 許しませんよ!!!?」
「よし、その意気だ! では私に怒りを発散するならその槍で攻撃しろ! 受け取れ!」
「ふぁっ!?」
そうして無理矢理に渡された。
先端が両刃の剣。長い柄。
「……矛じゃん???」
「行くぞ、槍の練習だ! 弟子よ!」
「えぇぇ、これサシャラさんが隊長みたいに師弟ごっこしたいだけじゃないですかぁぁあ」
「まずは攻撃を避けるがいい!」
「えええ、実戦から教えるとか可笑しくないですか!?」
「花天槍術!」
この人は、無茶苦茶な人だ。
綺麗な奇人。美人な変人。
だけど、根が良い人だから、それが分かって来ると全然嫌じゃない。
愛情表現がぶっきらぼうなだけだ。
ただ、サシャラさんみたいに熱い、僕にとってはちょっぴり五月蠅い人が居たから、《雷の翼》っていうチームは笑いが絶えないんじゃないかって思った。
お節介焼きのお姉さん。ああ、うん、これが一番しっくりくる。
そして、僕の師匠ということになるらしい。
『押しかけ師匠』なんてクーリングオフしたい所ですけどねぇ。
◆ ◆ ◆
「奇抜な格好ですね。勇者……ですよね?」
「そうッスよ。ハルルッス。6級勇者のハルル・ココ、ッス」
『傘』を構えたタキシード姿の少女ハルル。
シルクハットに付け髭。似非貴族らしい変装である。
彼女に相対するのは青い髪の青年然とした男──ユウ。
見た目はただの青年だが、その背には一対の蒼黒い翼。
鷹の翼のように羽根をふんだんに蓄えながらも、少し鋭い印象を与えるその翼は──『人魔戦争』の知識がある者なら知っている。
「『装纏翼』ッスね。始めて見たッス」
「おお、よく知ってますねぇ」
「ええ。勉強したんで! 魔族の戦闘術式の中でも格式が高く歴史も長い術式ッスよね。
魔王か、それに準ずる高い魔力の存在から『羽根』を貰い受け継がれる力。
翼は周囲の魔力を吸い込む役目があって、『装纏翼』発動中は自身の魔力が発動前の2倍にも3倍にもなるって聞いてるッス」
「その通り。魔力吸収率が格段に上昇します。
ただ、それならこれも知ってるんじゃないですかねぇ?」
「はい?」
「『装纏翼』は魔王腹心『八骨』以上にしか与えられていない。
つまり僕は──」
「元『八骨』ですよね。しかもただの『八骨』じゃないッス。
魔王直属の腹心『四翼』に名を連ねる予定でありながら、任務の兼ね合いで四翼と成らず魔族の位列より外れてしまった魔族──ユウ・ラシャギリ様」
「……え? 僕のこと知ってるんだ?」
「ええ、存じてるッス。与えられた任務はつまり、《雷の翼》に潜入し諜報員となること」
「へぇ。そこまで知ってるんだ」
「ええ。知ってるッス──よっ!」
ハルルは傘をユウに突き出した。
ユウは軽く受け止め、軽く横にいなす。
「ユウ・ラシャギリ様。魔王討伐隊《雷の翼》の勇者だった人ッス。
そのクールな戦闘に、私は憧れてましたから」
「それは……照れますねぇ」
ハルルは、攻める。
突きと薙ぎ、上段の構えから放つ一撃一撃は、空気を鳴らす程の激烈な打ち込みだった。
突きで風切る音が鳴る。
三連突きをユウは飄々と躱すが、その攻撃を見て舌鼓を打っていた。
傘という武器ですらない道具を使った攻撃など、ユウレベルの魔族なら当たっても痒くもない。
だが、鍛えられた戦士が木刀でも相手を斬り殺せるように、彼女の一撃が当たったら骨が砕けるだろうとユウは予測して避けていた。
避けていた──にも関わらず。
「中々、やりますね」
ユウの頬から一筋の血が流れた。
頬を擦り、ユウは静かに笑った。




