【18】名乗る程の者じゃないッスけど【32】
◆ ◆ ◆
「あ、僕朕の術技、解除された」
「何?」
その馬車は二人掛けの席が対面同士に作られた四人用の馬車。王国の勇者たちが国内で使う専用の馬車である。
そんな二人掛けの席を一人で座り、ギチギチに挟まる様に座っている男がいる。顔に埋まる様に付けられた四角い眼鏡と不衛生に見えて仕方ない少し長い髪。油まみれのような汗を流しながら手には木で作られたような人形がある。
不潔極まりなく見える巨漢の男。名前はパバト・グッピ。
「術技が解除されたということは、なんだ。どういうことだ?」
「ぶっひゅ。ちょーっとよく分からないなぁ。この木の人形の範囲限界……とは思えないですけどねぇ」
「お前の術技には範囲限界があるのか?」
「ん-、厳密には無いですよ。僕朕の術技は地上万マン、じゃなかった、何万キロメートル先まで理論上は発動し続けますよ」
パバトの言葉にナズクルは眉間に皺を寄せる。
「……理論上? どういうことだ?」
「ぶひゅ、僕朕の術技は土じゃないですか?」
知らんが。とボソッとナズクルは呟く。
「その兼ね合いか、僕朕の術技は上空に行くとなーんでか解けちゃうんですよねぇ。
割と低い高さでも急上昇に耐えられないみたいで。例えば、地上から建物の二階まで一気に跳び上がったりすると、ぱーっと砕けちゃいます」
「……それ、俺に話していたか?」
「いいえ?」
「先に言ってくれないか」
「ぶひゅひゅ。言う訳ないですよぉ。明確な弱点ですしねぇ」
ナズクルはため息を吐き立ち上がる。
「……ラニアン王子から聞き出すだけなら、建物の二階以上に一気に上昇する必要は無いな」
「そーですねぇ。ぶひゅ」
ニタニタとパバトは笑う。
「少し出る」
「ぶっひゅひゅ、ようやく僕朕も馬車から出て──」
「パバト。分かってると思うが、この馬車から出さないぞ」
「ええ!?」
「王都の第一層は貴族と王族の町だ。お前が出歩いたらすぐに通報されるだろう。そして分かっていると思うが、勝手は許さない」
「……はぁ。仕方ないですね。兎耳幼女にバニー着せる為には耐えねばならない試練ということ……」
「……一言喋ればすぐに劣情の話。俺は胸焼けしそうだ」
「ぶひゅひゅ。それは失礼。ただですね、生きとし生ける全ての者は、欲に忠実たるべきですよ。
ナズクルさん、貴方自身ももっと欲望、解放した方が良いと思いますけどねぇ」
パバトの言葉を鼻で笑い、ナズクルは馬車を降りる。
「それは訂正して貰おうか」
「?」
「欲はある。お前より、汚く黒い欲が。そして隠しているつもりもないさ」
そう呟いて歩いていく背中を見送って、馬車の扉は自動で閉じた。
誰も居なくなった馬車の中でパバトは人形を捨て、首を回す。同じ姿勢で身体全体が凝っていた。
「へぇ。ぶひゅひゅ。やっぱり……ナズクルさんは面白い人だなぁ」
ニタニタと、パバトは一人笑っていた。
◆ ◆ ◆
王都は大通りの道以外、細く狭い。
勇者の間で『王都の地図を無くしたから野宿になった』という酒場会議がよくされる。
野宿は流石に誇張だが、……例えば月が出ていないような暗い道で目印である王城を見失ったら、確かに自分が下宿している宿が見つけられないかもしれない。
細く狭い入り組んだ道。同じような外壁の塗装と道行く人に聞いても道が分からない可能性が高い町。『不便』と誰もが思ってしまう。それが王都。
だが、その『不便』は意図的に作られた。
この都市は『迷路型の都市』である。
実際に攻め込まれたことはない。だが王国という国自体が樹立してからずっと外敵の脅威にさらされている。
背後には巨大な帝国に聖国。脇には獣皇国。
何より強大なのは正面の魔王国。
いずれ敵になりうる国か、敵意のある国か。敵国か。
そんな立地から、この王都は自然と侵攻を妨げるべく迷路のような都市になった。
同じような外壁の塗装。袋小路、十字路、T字路。
今でこそ看板や標識は少し出ているが、それらも非常時にはすぐに外せるようになっている。
王都に住む人間でも、自分が住む『層』の半分も道を知らないのが実情であり──彼らを脅して道案内させるのも難しい。
そんな複雑な迷路都市を第一層のこの場所からは眺めることが出来た。
第一層。貴族・王族たちの住む町は、第二層から建物三階建て分は高い場所にある。
この場所は人気が少ない第一層の中でも更に人気が少なかった。
ここは、第一層と第二層を隔てる柵の程近く。関所も近くには無く、商店も無い。通路ですらない為、第一層に住む人間もほとんど来ないという場所。
「僕の為にこんな良い場所に逃げ込んでくれたんですかね?
助かりますよ、大っぴらに人に見られたくはないですから」
「かっ、ふ」
金髪の少年王子の首に、ユウの肘があった。
壁に押し付けられ、肘で喉を圧迫。大声も叫び声も上げられない。
「でも惜しかったですね。後数歩行けば、その柵からぬいぐるみ化して降りれるのですね。
なるほどなるほど。そこからぬいぐるみ状態でジャンプすれば第二層の民家の屋根の上に跳べると。
こうやって抜け出していたんですねぇ」
「っ、っう」
「まぁ、子供にしてはよく逃げれたと思いますよ。ほら、こう見えて僕、魔族の中でも高位なんですよ? だから、まぁ、諦め──痛っ!?」
それは蹴り上げ。ラニアン王子の無邪気で鋭いキックがユウの大切な場所を蹴り上げた。
腕の力が少し緩めば抜けれる。ラニアン王子はすり抜けてすぐに柵へ向かって走る。
「【遮る王い──」
一瞬で声が出せなくなった。
(なっ、唇、凍り付いてっ……!)
「王子……っ、王族なら、そういう下品な攻撃は駄目ですよ……ッ」
ユウは青い髪より青い顔で苦く言った。
「往生してください。別に殺したり拷問する訳じゃないんですからッ」
それでも、王子は柵まで行く。口を擦りながら。
(ここで捕まったら。……王が。……父が、殺される)
「ちょ、凍ってる所にそんな強く擦ったら駄目ですって! 皮膚が剥がれて!」
(余方と最近、会ってくれない。どうしてか分からない。
小さい頃は、よく遊んでくれた。数年以上前から、全然、会話してない)
「その手を止めろって! 凍れッ!」
ラニアン王子の腕が凍る。そして、倒れた。
転んだ訳ではない。前のめりに自分から倒れ、顔を地面に強くうちつけた。氷を、剥がそうとして。
(父は、王としてボンクラである。余方が見てもそうだ。
使えない王なのだ。仕事が出来ない王なのだ。だけど)
「ああもうっ、貴方は殺さないですからそんな必死にならないでくださいって! そんな怖いかな僕!?」
(愚王だけど、無能だけど──あの人は余方の……父なのだ)
「はぁ。後でちゃんと解除しますからね。
──凍てつく者の右手……」
ユウの右手が白く光って見えた。それは空気が凍り付く程の冷気。
(誰か。誰かっ! 父をッ!)
「『凍軟遮蔽』」
「爆発しないッスけど『傘で槍の一撃』!!」
その右手を『黒い傘』が受け止めていた。
上から下まで黒いタキシード。
怪しさすら感じる程のシルクハットと、見て分かる分かり易いくるんとした付け髭。
白い髪に、毛先だけはピンク色の──紳士風の少女。
「……誰ですか?」
「名乗る程の者じゃないッスけど──この人の友達ッス!!」




