【18】蒼黒【31】
一昔前の魔族たちは氷魔法が得意である。
衣服にも流行があるように、魔法にも流行り廃りがある。
昨今、中堅と呼ばれる20代から40代の魔族は皆、得意魔法は何かと問うと氷魔法を上位三つの中に入れている。
もちろん、種族都合で氷魔法が苦手だったり、違う系統の属性魔法が得意という人らもいるが──およそ六割以上の魔族は『氷属性』の魔法を得意とする。
確かに氷属性魔法は、『応用元素』の中でも、それなりに使いやすい。
魔法とは、火・水・土・風という有名な『四大元素』と、『回復・強弱化』の『二元魔法』から成り立つ。
『四大元素』と『二元魔法』を様々な分量で配合し、派生させていくことで多くの魔法は発動出来る。その配合の兼ね合いで生まれる別の属性のことを『応用元素』と呼ぶ。
氷という属性は『応用元素』の魔法だ。
発動までに幾つかの作成方法があり、簡単な魔法ではない。
水属性と風属性、または火属性を微調整出来なければ発動は難しいのである。
また氷属性は魔族たちの学校でも教えていない。にも関わらず、何故、皆が得意なのかというと──言ってしまえば憧れだ。
服装の世界に注目を浴びる最先端を征く者がいるように、魔法の世界にも憧れの存在がいた。
魔王フェンズヴェイである。
元は炎魔法を得意とする魔王であったが、その炎が燃える熱を逆用し氷結魔法を生み出した。
水の魔法からではなく炎の魔法から氷の魔法を生み出すという魔法回路が当時の魔族たちには衝撃的であった。
そしてその発動は超絶技巧という訳ではなく、コツを理解すれば誰でも出来る物だったのもあって、魔族の多くの少年も兵士もこぞって氷魔法を練習したのである。
実際、氷魔法はとても便利な魔法だ。
冷気を丸ごと利用した『捕縛』の魔法。
造形も容易く『投擲武器』としても中距離攻撃も可能。
遠距離攻撃用の属に言う『玉刃系』魔法で遠距離攻撃も行ける。
『盾』にも『壁』にも、何なら冷気で傷口を覆う『応急処置』にも使える万能の魔法だ。
もしかするとそこまで考えて『先駆者』は──いや、それは考えすぎだろう。
ともあれ。いつの時代も『流行の中心』が使っている物は輝いて見える。
結果的に魔族たちの戦闘能力も大幅に上がったと言って良いだろう。
──そして、ユウ・ラシャギリ。彼もそんな氷魔法大流行で氷魔法を練習し、氷魔法が得意となった一人である。
きっかけはどうあれ──彼の氷魔法は魔族の中でも『鋭い』と評される。
それは魔法作成の速度がとても速いこと。そして、その発動出来る魔法の威力が極めて高い所に由来する。
「凍てつく者の『氷床』」
ユウが地面を踏みしめるとほぼ同時に──あたり一面の石畳が白い煙を吐いた。それは冷気。
一瞬で凍り付き、周囲に咲いていた花弁に霜が降りた。
『氷床』の魔法。それは広い面積を地中深くまで凍らせることが出来る氷魔法だ。
同時に、発動時に範囲内に足を付けている者を瞬時に凍らせる魔法でもある。
魔法耐性が低い者や、防御の対応が遅れた者なら全身を凍らせる程の威力を持つ魔法だ。
「うわぁっ!?」「な、なに!」「ひぃいっ!?」
曲がり角の向こう側で悲鳴が三つほど聞こえた。
「ああ。民間人も巻き込んでしまいましたか……皆さん。
暴れて足を引っぺがさないように。すぐに解除しますので」
『ルキの声のまま』ユウはそう大声で言う。
(顔もルキさんのままなので、街中で民間人を凍らせた悪行はルキさんに被って貰うとします)
「まぁ大丈夫ですよ。今解除すれば凍傷にもなりません。まぁ霜焼けにはなってしまうかもしれませんけどね」
シャクシャクと氷を踏むような音を立てながら、『ルキの顔をした』ユウは曲がり角へ向かう。
そして、曲がり角から顔を覗かせ──目をパチパチさせた。
「……あるぇ??」
氷の上を、少年王子が走って逃げている。
その道に居た男女問わない三人、いや、よく見れば王子の隣にも凍っている人物が二名ほどいる。合計五人は皆凍っている。
「ちょっ、何で貴方、凍ってないんですかッ」
ユウは声を荒げて走り──ナイフでも投げるように氷のダーツを飛ばした。
王子は跳び、木の枝を掴む。そして槍の頭が密集しているような柵の上に器用に立ち、そのまま走って行く。
「っ! 猿か猫か鼠のような動きですねっ!」
王子の背中を追いかけて走る。
(しかし、なるほど。床を凍らせる魔法はああやってジャンプで避けたんですね。いやぁ、背中に目でも付いてるんですかねっ!?)
水飛沫が散る。それは氷床の魔法を解除したからだ。
ユウは地面を蹴飛ばし、跳ぶ。跳び上がる。
建物の屋根に跳び移り、上から王子を目で追う。
右に曲がってすぐ左の細い路地に入った。そこはT字路で、左右両方とも行き止まり。
ユウは跳ぶ。T字の真ん中に目掛けて。同時に手を一度、パンッと強く叩いた。
「憧憬と戯れの『玉雪像』」
丸い雪の塊。人間の五倍は恰幅の良いバケツ帽子の雪達磨がその道の入口を塞いだ。
(これで袋の鼠! 戻ろうとしても逃げれません!)
着地と同時に左右の道を見る。この辺りは領事館もあるからか、槍のような鉄柵がびっしりと生えている。これを王子の身長では跳び越えられないだろう。
だが──いない。左右見渡しても存在しない。
(ば──ばかなっ! そんな訳無いですよ! この道に入ったのは確実でしたからっ!)
細い柵に囲まれたT字路。──その柵の間を人間は通れないだろう。
柵は腕一本入れるのが限界だ。猫か『ぬいぐるみ』なら通り抜けられるであろう。
(……そうだ。ラニアン王子は言ってた。変身術技があると。やられた。この隙間を通れる何かに化けれたのかっ!?)
ユウの理解は早く、そして『正解』だった。
ラニアン王子は王家に伝わる術技を三つ持っている。
その内の一つ、【遮る王衣・犬化】──の未熟状態。
本来は犬の能力をその身に宿す術技であるが、未熟な為、何故かは不明だが『掌サイズの犬のぬいぐるみ』に変身してしまう。
だが、おかげでラニアン王子はその細い鉄柵を潜り抜け、一気に逃げることが出来た。
細い道を抜け、植え込みの中を『ぬいぐるみ王子』は走る。
──後、四人。四人だけ、頼もしい人たちを知っているのだ。民間人ゆえ、巻き込みたくは無かった。のだが、彼らに頼む他ない。他、ないのだ。
──便利屋の、ジン殿。それから、ハルル殿にメーダ殿とラブトル殿なら。力を貸してくれるやもしれないのだっ。
十分。いや二十分以上、ラニアン王子は走り続けた。
植え込み。花壇。ともかく人の姿では入れない道なき道を進んだ。
そして、見えてきたのは石造りの『関所』。第一層から第二層へ降りる為の『関所』。
向かう先は『王都の第二層』。第二層なら商店街の喧騒に溶け込める。
人ごみに紛れれば、もう手は出せない。だから。
「ドヤ顔で、『速攻で終わりにするぜ!』って宣言した後に『取り逃がしました』なんてクソダサいこと──あったらマズいじゃないですか」
それは蒼黒い羽根。烏を髣髴とさせる紺に近く黒寄りの光沢のある羽根。
一つ──ラニアン王子は思い出した。
彼が大好きな魔王討伐の勇者隊《雷の翼》。
彼らと最も多く戦い、最も苦戦した相手がいる。
それは、魔王の直属の四名。
色の名と翼を冠する幹部。──《四翼》。
「随分と──可愛らしい姿になるんですねぇ。王子様」
背後に居る人物は、ルキの顔を既に捨て──蒼黒の翼を一対広げた青年然とした男──にこりとした顔のままのユウがそこに降り立った。




