【18】脱兎【30】
◆ ◆ ◆
僕の名前は、特にない。
気に入っている名前である『ユウ・ラシャギリ』は《雷の翼》の加入時の名前。
今はもう『世間的には死んだことにしてある』。どこかの隊長殿と同じ感じですねぇ。
ちなみに、『魔族の諜報員』の名前は『ギーラ』で通している。
老王にはバレてるので『ユウ』で通していただけで、他の魔族の方々には『ギーラ・シャリュウ』と名乗っていた。
王国で執政補佐官として働いている時の名前は『ラウリ・Я・ユキジ』。
これも気に入っている名前だけど、やっぱり『ユウ』がしっくりくるねぇ。
名前を剥ぎ、存在を消し、変装と変声の魔法に長けた『影の存在』
──って言えたら超カッコイイんですけど、実際はただの『影の薄い存在』です。
のらりくらりと身を躱し、その場での『最善』を見つけて『それを選ぶこと』が僕の生存戦略です。
強い武器として『年寄受けの良い青年顔』ですし、同性から見ても『マウント取り易そうな雑魚顔』。
女性から見たら『同性に見えるような中性顔』らしいですので、『諜報』の場では『重宝』してますよ。
……寒い? ははは、よく言われます。
最近は冬らしい日和ですし、お風邪などは召されないようにしてくださいねぇ。
さて。
この場の『最善』は何でしょうか。
ラニアン王子は、『ルキさんに変装した僕』に話しかけてきました。
ナズクルが『国王を殺して、革命を起こそうとしている』と。
とりあえずまぁ、一番漏れちゃいけない機密が漏れてますね。
うーん。捕縛すべきでしょうか。
そう言えば何故、ラニアン王子をナズクルさんは泳がしているんですかね? いや、当たり前か? 王子を急に捕まえたり軟禁したら王国で働く勇者たちに不信感を与えてしまいますもんね。
えーっと、そうなると。捕まえるとかは考えない方が良い、んですよね。
諜報活動は得意ですが、分析は苦手なんですよ。
僕らは諜報。つまりは現場です。情報を集める現場担当者です。
集めた情報を分析して、それを元に行動や作戦を考えたりするのが『参謀』のお仕事。つまりナズクルさんの仕事。
決めました。ことなかれ主義で行きましょう。
というのも理由があります。実は先日、魔族の現頂点である老王と呼ばれる奴をぶっ殺してしまったんです。理由ですか? まぁ死ぬべきだったからですよ。
で、本当は生かして使う予定だったのですが……それが出来なくなりました。所謂、やらかしました。
ので、今回は失敗出来ません。そろそろナズクルさんを怒らせてしまうかもしれませんからね。
ここは穏便に済ませて情報を持ち帰りましょう。ビバことなかれ主義。
◇ ◇ ◇
裏路地で金髪の背の低い少年王子ラニアンと、ルキの顔をした人物──彼女に化けたユウは静かに会話をしていた。
ルキに化けたユウは、『阻音の魔法』で二人の会話を外に漏れづらくし会話をしていた。
「王子。よく分かった。勇気をもって打ち明けてくれてありがとう」
少し声高のルキの声。彼女に親しい者が聞いても騙されてしまうだろう。
『変声の魔法』。ユウの得意魔法の一つであり、時間は掛かるが調節していけば理論上誰の声でも出せる魔法だ。
「しかし、どうやってその情報を暴いたんだ?」
続けて訊ねると、ラニアン王子は少し苦い顔をした。
「……それは」
「一応教えてくれるかい?」
「えっと。そういう術技を持っているのだ。変身系の」
「なるほど、変身術技か」
(なるほど。なるほど。昔、本物のルキさんの方に聞いたことがある。
探索魔法の回避方法で、無機物の中に隠れれば回避できるって。
多分、ラニアン王子は物質に変身する系の術技なんだなぁ。
いや、ただの物質変身だったら人間として探索魔法に引っかかるか?
まー、それもどうでもいいですね。それも含めて報告すればいいですね)
「ルキさんなら、ナズクルさんに対抗できるのだ。頼むのだ」
「ああ。ボクに任せてくれ。ナズクルを止めるよ。ありがとう、ラニアン王子」
ユウはルキらしい猫のような微笑みを浮かべて、ラニアン王子の頭を撫でていた。
諜報員であるユウの調べは完璧のようである。
微笑みかける猫のような顔も完璧に取り繕う。
撫で方も利き手でちゃんと柔らかく撫でる。
誰がどう見ても、ルキという人物を演じていた。
だが、その一瞬、ラニアン王子は目を見開いた。
無論、すぐさま笑顔に戻った彼の一瞬の『動揺』に並の人間なら気付かないであろう。
(……今一瞬、ラニアン王子が固まったように見えましたね)
ラニアン王子の不運は、その一瞬を見破れる相手と会話していたこと。
そして、彼自身が高い洞察力もまた不運。『ルキという人物への理解』があった為、察知した新しい違和感に気付いてしまった。
「? どうした、ラニアン王子?」
「いえ、何でもないのだ。撫でられたのが、ちょっと恥ずかしかっただけなのだ」
(やらかしましたか。今、僕が何かミスしたみたいですね。何だろう。ともあれ、マズいですねぇ。その顔からは伺えないが疑われているのは確実)
「ラニアン王子。このまま王城へ帰るつもりですか?」
「そうなのだ」
「一緒に同行しますよ」
「ありがたい申し出なのだが……目立ちすぎてしまうのだ。流石に」
「確かにそうですね。ただ、そうだ。王子。
もしよければ、ボクを王子の従者に一時的に任命するのはどうでしょうか?」
「なんと!」
「そうすれば警護が楽になりますので」
「それは願っても無い申し出なのだ!
でも、そこまで目立った行動をすると流石にナズクル参謀も放っておかなくなるはずなのだ」
動揺は見られない。王子は流れるようにさらりと言葉を吐き出していた。
(ただ『自然すぎます』よねぇ……)
(うーん。撫でたのが余計だった? いやでもルキさんの性格なら撫でますしねぇ……いったい何が……あ)
ユウは不意に気付いた。
気付けたのは本当に偶然。
そのルキの利き手を見たからだ。
「では。ルキさん。ありがとうなのだ。
近いうちにことは起こる……余方も騎士とどうにか連絡を取ってどうにか守りを固めるのだ」
この場を自然に離れようとするラニアン王子に、ルキの顔をしたユウは苦く笑った。
「王子……申し訳ないです」
「?」
「……そうですよね。間違えましたよ、僕」
ユウは苦く笑う。ラニアン王子はギリっと奥歯を噛んだ。
「あの優しい『ルキさん』が、『人を義手で撫でる』訳がないですよね。
この鉄の義手で撫でたら髪の毛挟まったりして痛いですしねぇ。
『ルキさん』なら左手で撫でるかぁ。失敗しました」
即、脱兎。
王子は真後ろに跳んだ。同時に着地後、ユウに背を向け路地を曲がる。
(おぉ。本当に逃げ足が速い。脱走の天才でしたっけ、彼)
「はぁ。鬼ごっこは好きなんですけど、鬼役は嫌いなんですよねぇ……疲れるから。だから……──速攻で終わらせましょー」
ユウは足を少し上げ、踵で白い石畳を叩く。
「凍てつく者の『氷床』」




