【18】根源【29】
◆ ◆ ◆
「あの。ルキさん本人にやって貰ったら駄目なんですかね。
何で僕が変装して昼食会に参加なんですかぁ?」
──馬車の中、『ルキのような人物』は間延びした男の声で喋っていた。
ルキに成りすましている人物──彼の名前はユウ。
『ユウ・ラシャギリ』。
彼は、『魔族の諜報員』──と、魔族側が思っているが、実は『王国の諜報員』。
所謂、二重諜報員である。
より厳密にいえば、王国の諜報員ではなく《雷の翼》時代からの潜入なので、ナズクル直属の諜報員となる。
ナズクルはルキの顔したユウを見やり、腕を組む。
「ルキを自由にしたら絶対に逃げるだろ」
「そうですね。僕が同じ立場でも逃げますよ。あ。ユウだけに『悠々』と!」
「……お前は登場話一回滑らないと死ぬ病気なのか?」
「え……滑ってますか、この掛笑?」
二人の間に真剣な沈黙が流れ、馬車の走る音だけが響いた。
「……まぁ、【物質変形】の『変身操作』の予行演習だ。
『本番』に備えてな」
「本番に、ですね。まぁ僕の魔法、僕しか声も変えられないですし。仕方ないのかぁ……。
でもルキさんの性格なら人質取ってたら真面目にやってくれそうですけどね」
「まぁな、だろうな。だがこれはお前への罰でもある」
「へ?」
「お前が勝手に『老王』を殺したからな。作戦が面倒臭くなった」
「あはは……すみません。熱くなっちゃって」
深く溜息を吐きナズクルは腕を組む。
「で──結局、『天使の書』ってなんなんですか?」
それは軽薄に聞こえる声だった。同時にそれは薄い氷のような質問だった。
その氷の下に冷たい意志が見え隠れする。
「答えられないならそれでもいいんですけどね。ただ、ナズクルさん。
前にも僕は聞きました。貴方の動機が分からない。
どうして、この革命を始めたんですか?」
一応、誰かに聞かれない為なのか、ユウは言葉を抽象化しながら質問をした。
「……俺の使ってる時計のブランドに興味があるのか? 前も言ったがそれと同じで──」
「ありますよ」
「……何」
「だから。ありますって。一応、僕らは昔から仲間じゃないですか。
だから、興味ありますよ」
ユウはルキの顔で優しく微笑む。ナズクルは目を細めて「そうか」と呟いた。
「……鉄の町のツヴェルグで買える奇妙な針シリーズの11年モデルだ。
このシリーズは針が逆時計回りする。洒脱で俺のお気に入りだ」
「そっちじゃないんですけどっ! というかちゃんと教えてくれるんですね!
へぇ! 逆時計回りの時計とか珍しいですね!」
「だろ。唯一無二だから使っている。見るか? これだが」
「うわぁ、すご。本当に逆時計回りしてる。慣れないと使い辛そうですね……。
じゃなくて!」
「なんだ?」
「だーから! ナズクルさんは、何でこの革命をしようとしているんですか?
王の殺害だって、戦争をするだけなら傀儡に使っても行えますよね。
ナズクルさんの立場なら」
「……」
「理由。教えてくれてもいいんじゃないですか?
興味ありますよ。食事も時計も。お風呂でどこから身体を洗うかも」
「ユウ……お前」
にっ、とルキの顔で笑うユウに、ナズクルはフッと笑う。
「それは気持ち悪い」
「馬車引き返せェ! 作戦は止めだァ! 僕ァ今から敵になるぞ、おらァ!」
「冗談だ。本心でもあるが落ち着け」
「優しい言葉を紡いだら気持ち悪いと罵られて落ち着いてられるかですよっ!」
──同性異性問わず、お風呂でどこから身体を洗うか気になると言われたら即座に気持ち悪いという返しが出てしまうだろうに。
などとナズクルは思っていたが流石に言い憚った。
「まったく……。本当に。良いチームだったんだな、《雷の翼》は」
ナズクルは頬杖を付いて、遠くを見た。ただ流れる景色。王城も近く見える。
「……ナズクルさん?」
「人が本気になる時。その動機の──『根源』は決まっていると俺は思う」
「根源?」
「怒りだ」
少し皺が増えた顔。暗い瞳に写るのはこの場所以外の景色。
ナズクルは帽子を目深に被り直した。
「誰もが同じだ。俺も例に漏れない。ありふれた絶望に終止符を打つ為に。
そして、その絶望を作り出した者を殺し終わらせる為に必要なんだ。
だから、始めた。その為の、覇道だ」
「……まだ抽象的で、要領得ないんですけど」
「そうだな。シラフで語るには少し辛い内容だ。いい酒が無ければ難しいな」
「はー、酒呑みは大体、そう言って酒飲む口実を作るんですから」
「それに着いたぞ。昼食会の会場だ」
馬車が止まり、ナズクルは帽子の角度を直す。
「話があっても、この後だ。準備もある。お前も準備があるだろ」
「ありますけども」
「じゃぁ早く支度をしろ。ラニアン王子が何を知っているか、炙り出してくれ」
「はーい。あ、でも聞いていいですか?」
「何をだ」
「聞き出せたとして、その後はどうします?」
「……内容次第だな。判断は任すさ」
「任すって……はぁ。了解です」
ナズクルの背を見送り、ユウは渋々と声を上げた。
◆ ◆ ◆
まぁ、勇者常識としてですけどね。
何でも一々訊かないと行動出来ないのは、勇者失格ですからね。
上長の無茶振りには、笑顔で応えるのが常道ですが。
「──ということなのだ、ルキ。信じられないかもしれない。
だが、ナズクルが。
彼が王を殺して国を乗っ取ろうとしているのだ」
ラニアン王子はルキに変装した僕に助けを求めた。
そして、語った内容。ラニアン王子が知った秘密とは、『革命』についてだった。
……つまり、一番ヤバい案件が漏れてるじゃないですかー……!
この状態、え、どうします。これ泳がせてたら厄介ですよね。
でも、敢えて泳がし続けているのは外交的戦略とか色々あるんですかね? え、どうしよ。
ユウは内心で静かに微笑み、一つだけ戒めた。
勇者たる者、上長と打ち合わせは綿密に行うべき、ですね……。




