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【18】75度【28】



「ボクを軍番棋しょうぎの駒か何かと勘違いしていないか」



「何?」

「討ち取ったら自由に使えるようになると思ってるなら盤上遊戯(ゲーム)のやりすぎだ。

人間には感情があると勉強した方が良いね。ボクは、何があっても協力しない」


「ほう。何があってもか」

「ルキさーん。それ嘘でもいいから仲間になるって言って、後で寝首かけばいいんじゃないんですかー??」

 ユウが間延びした声で見下したようなせせら笑いを浮かべると、ルキはギロリと彼を睨みつけた。




「嘘でも嫌だ。それだけだ」




「強情だなぁ。昔から変わらないですねぇー」

 ユウは目を細めて薄く笑った。

 ナズクルは我関せず珈琲を飲む。


「ルキ」

 珈琲を机に置き、彼はルキを見ないで名を呼んだ。


「なんだい。ボクの名前を呼ぶのがそんなに好きか?」


「『天使の書』の『写本』は、どこにある?」

 そのナズクルの言葉に、その場にいるユウと聖女ウィンは首を傾げた。

 知っている単語が二つ合わさった簡素な単語。

 そしてそれの写しを意味する写本。

 ユウとウィンが目を合わせて肩を竦めた。

 だが、ルキの反応だけは違った。




「……何故、『写本』があると知っている」




「原本では、無意味だからだ。『天使の書』は解読不能。

だが、後世に伝える為に内容を翻訳した写本が伝わっている筈だ。

お前の師匠である『魔女の森の賢女(アルシュローズ)』が遺している筈だ」


「……魔王書の次は『天使の書』か。何がしたいんだいキミ」

「『天使の書』の写本を渡してくれ。それがお前への協力の依頼だ」

「ふん。あの本にどんな価値を見出しているか知らないが、それが目的なら焚書にしておこう」


 ナズクルは、ふぅと息を吐き、机の上の珈琲を見る。

 まだ、湯気が立っている。  

 淹れてから相当時間が経つのに立つ湯気を眺めながらナズクルは言葉を出した。


「お前が作った『熱の魔法』だが、便利だ。

温度を自在に操れるこの魔法のお陰で、人魔戦争も生き残れた」


「急に話を変えるな。

お前の為に作った訳じゃないし、お前に教えた日々を後悔しているよ」


「この熱の魔法のお陰で、俺は珈琲を淹れる時93度の湯を作る。

適温は95度までの湯で作ると良いと習ったからだ。

瞬時に95度を作れるこの魔法は素晴らしい」

「……ボクに珈琲を入れさせてくれよ。2万℃の珈琲を作って飲ませてやるよ」


「飲む時は67度から一口ごとに1度ずつ冷まし60度までで止まるように調節している」


「食器と会話してるだけの寂しい独り言だったのなら、相槌を打ってすまなかったね」


「本当の飲み頃は70度を少し下回った方がいいそうだ。

環境によるが淹れてから数分後だろうな」


「会話する気がないなら意図不明の会話を振るな。

気になる子と上手く喋れない思春期の少年かお前は」


「微調整を練習するようになって、様々な温度を操れるようになった。

ただ難点があってな、熱魔法は手で触れないと発動が出来ない。

遠距離でも発動出来る方法はないか?」

「あるよ、腕を切り落とせばいいんじゃないか?」


「賢者なら作れると信じている。アップデートを期待している」

「消費者の意見ばかり聞いてる生産者は倒産しやすいらしいね」


「所で、ゆで卵の作り方を知っているか? 

卵に多く含まれるタンパク質は58度で熱凝固を始め80度で完全に固まる。

ちなみに卵黄は65度から固まり始め70度で──」


 ガシャン! と牢に瓶があたり破砕した。


「雑学披露大会をしたくて連れてきたのか? あ? 

その知識は戦争より喫茶店経営向きだ。繁盛するだろう!」


「まだ、会話が続くのだがな。

血漿中のタンパク質は42度を10時間ほど経過すると崩れ始めてしまう。

発熱の危険性だな。さて、42度でも危険なのだが、頭にあるタンパク質は……さて何度で熱凝固すると思う?」


「知らん!!」



「頭の中にあるタンパク質の熱凝固は『75度』だ」



「まともに会話する気はないんだな、そうかそうか!」


 苛立ち、牢の柵を足蹴にしながらルキは怒号を上げた。

 ユウとウィンは流石に引きつった顔をする。

「ナズクルさん。ルキさん超キレてますよ」


「だな。キレてる所あれだが、『天使の書』の写本を渡してくれ」

「言語中枢に異常を発生(きた)してるな! もうボクは本気で喋らないし、絶対に渡さないぞ!」

「そうか。なぁルキ」

「なんだ!」

「この世に絶対は無いと、思わないか?」

 言い返そうとルキが息を吸った時だった。







「お師匠様?! 大丈夫なのだ!?」






 その時、ルキは言葉を失った。

 元気な声で喋るその少女。

 物理的に少し焦げてもいる焦茶の髪。

 機械仕掛けのゴーグルと、焦げが付いた白衣を纏っている少女は。



「ポム……!」


「ポムッハ・カイメ・バルディエ。ルキ、お前を心配して来てくれたんだぞ。この子は」

「なっ……」


「何故心配しているのか、それは僕から! ユウだけに『雄』弁なので! ……。

……えー、ポムさん、『ルキさんには敵の魔法は掛かっておりませんでした』! 

いやぁ良かった良かった!」


「良かったのだ! お師匠様! 本当に何ともないのだ!?」

「ええ! その治療の為に聖女さんまで来てもらったので! 

『僕らは、すぐに魔王の残党を倒して、ルキを救出しました』!」




(な……敵の魔法? 魔王!? 嘘偽りばかりじゃないか! 何を虚言をいけしゃぁしゃあと!!)




 ルキが声を出そうしたが、声が出ない。

 ナズクルの目がルキと合っている。

(くっ、ナズクルの偽感(スキル)か……! くそ、声が出せない状態異常っ!

風邪の症状かッ!? 声がっ、出せな──)



 そして、ナズクルはポムッハの頭の上に、その大きな掌を置いた。



「天才ポムッハ。お前の師匠のルキは知っての通り俺たちの仲間だった」

「知ってるのだ!」

「その魔法にはいつも助けられていてな。今回もまた助けて貰おうと考えている」



「所でルキ、さっきの会話の続きだが。ゆで卵の話だ」



「?? ゆで卵の話してたのだ??」

「ああ。さてルキとな。さっきのゆで卵の話、ちゃんと覚えているかい?」

「……な」 気付けば、声はもう出ていた。


「珈琲を淹れるのに適した95度の湯を作るより。

『ゆで卵』を作る方が容易なんだ。『ゆで卵はタンパク質が豊富だな』。

で『タンパク質』は何度で固まるんだったかな? なぁルキ。『75度』だったか」






 がしがしとポムの頭を撫でているナズクル。






 『熱魔法は手で触れないと発動が出来ない。』

 『血漿中のタンパク質は42度を10時間ほど経過すると崩れ始めて』

 『頭の中にあるタンパク質の熱凝固は『75度』だ』


 ルキは唇を噛んだ。



「……周りくどいな」



「ほう?」

「……分かった。協力する。写本を、渡そう……」




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