【05】ヴィオレッタという少女【09】
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今日の空へ、煙草の煙を吐き出す。星と月に煙草の雲が薄く掛かってから消えた。
煙の先に、少女が座っている。
黒い毛皮を羽織り、黒緑色の髪を撫でる少女。その隣には漆黒の狼が少女を守る様に座っている。
「そういえば、質問してもいいか?」
「ん。なに、ガーちゃん」
「その、キミのこと、なんて呼べばいい?」
少女と出会って三日目の夜、オレは、少女に訪ねた。
今は、南の山林地帯を通って東に向かう途中だ。
オレの質問に少女は、そうだね、と腕を組む。
と同時に、少女の隣にいた狼が目を丸くした。
『お前、この子の名前も知らずに付いてきてるのか』
「え、まぁ……そうなるけど」
そう。オレはこの少女と狼と、一緒に旅をしている。
旅をする理由? それは、なんとなく、としか。
オレは、先日、死にかけた。
勇者を騙して安い薬を売って、その薬がきっかけで、ボコボコにされたのだ。
オレ自身が、怪刻と人間のハーフだから、勇者に殺されても何も言えない。
そんな、死にかけの所を、助けて貰ったから。
……と、いう理由、だけではない。
その時、少女は、オレに何も訊かなかった。から、一緒にいたいと思った。
変な理由だろ? でも、それが理由なんだ。
多分、オレが出会った人たちは皆さ。
『どうして死にかけてるの?』とか『大丈夫?』とか。
『名前は何?』、『ハーフだから大変ね』とか。
ありふれた、ことを言うから。
だから。何も訊かれないってことが、本当に居心地よかった。
あの時間をくれた少女の隣に、ずっと居たいんだ。
「師、驚くことないよ。だって私も、その人の名前知らないもん」
『は? いやいや。キミ。いつも、ガーちゃんと呼んでるじゃないか?』
「? それはこの人の顔が、ガーちゃんぽいからそう呼んでるだけ。ガーちゃん、って感じじゃない?」
そう。理由は特に分からないが、なぜか、オレは少女に、ガーちゃんと呼ばれている。
怪刻のガーなのか、と思ってはいたが、なんか違うみたいだ。よく分からない。
『おいおい。お互いに名前も知らないで友達になったのか……』
「そうだけど?」
何日一緒に居るんだ、と狼が溜息を吐く。
そういえば、この狼は喋るのだ。
『普通、名前やら何やら、相手に聞くだろうに……』
狼は真っ当なことを言った。
多分、オレに対しても、少女に対してもだろう。
オレは、少し申し訳ない顔をすると、少女がくすくす笑った。
「師は、相手の名前を知ったら友達になれるの?」
ビリっと空気が震えた気がした。
少女はおもむろに立ち上がり、オレに近づいてくる。
「名前も、職業も、経歴も。好きな煙草の銘柄や、趣味だって。その人がどういう人か、教えてくれないよ。でもね」
少女は、オレの顎に、掌で優しく触れた。
そうか。
少女にとって、オレの名前とか、過去は気にならないものだった。
そんなことよりも少女は、オレを。一個人を見つめてくれていた。
だからか。だから、オレは、この少女に。
「顔を見たら分かる。その人の生き方の全てが、書いてあるから。だから」
この少女に、強く惹かれているんだ。
「この人とは友達になれる、って思えたの」
少女はくるりと狼を見る。
「だから。私を。いいえ、私たちを、普通、なんて括りで語るのは、二度としないでよね。師」
狼は、鼻を鳴らした。
『……そう怒るな。悪かったよ』
溜息を吐いた狼は、小さく丸まって眠る。
「あーあ。拗ねちゃった。ごめんね、師」
その様子を見て、くすくすと少女は笑う。
三日、一緒に旅をして、気づいた。
少女は狼のことを師と呼ぶ。実際の所の力関係は、少女の方が上のように見える。
いや、きっとほぼ確実に、少女が上だ。
不思議な、二人組だ。
少女が、オレの顎に置いた手を、まるで羽箒みたいに耳までなぞる。
体の神経の奥から何とも言えない、気持ちの良いゾクゾクが走った気がする。
くすくすと少女は笑い、オレのおでこにおでこを当てた。
「ガーちゃん。質問の答えだけど、私のことは、好きに呼んでいいよ」
私も、ガーちゃんのことは、ガーちゃんって呼ぶから。
言葉の一つ一つが、甘く、そして、毒のように脈打つ。
だから、オレは、最初から彼女のことを、菫のような人だと思った。
オレのいた国では、菫という字は、スミレとも、トリカブトとも読む。
だから。
「す……スミレ、って呼んでも、いいか」
星空を背に、少女はオレを見た。
作り物のような白い肌が、眩しかった。その首筋が、美しかった。
アメジストのような目に、何もかもが吸われていくようだった。
少女は、にっこりと微笑む。
「音が綺麗すぎるから嫌だな」
「好きに呼んでいいって言ってなかったっけっ!?」
『そういう子なんだよ、この子は』
そうか。オレの認識が違ったかもしれない。
狼は、力関係が少女の方が上、とかじゃなく、純粋に少女の駄々に構いたくなくて、投げやりだっただけなのかも。
「じゃ、じゃあ、ムラサキさん、とか」
「音がいいけど、私っぽくない」
なんてこった。
『ヴァイオレットとか、似合うんじゃないか?』
「なんか直球過ぎてやだなぁ」
少女は楽しそうに笑っている。
ああ、そうか、と少女は手を叩いた。
「私、ヴィオレッタって名乗るよ。最北国では、スミレって意味だよね」
ヴィオレッタ。少女は自らにそう名前を付けた。
くるりとその場で舞う。ああ、合う。しっくりと来る。
『長くて呼び辛くないか?』
「いやいや、狼先生、その長さがいいんじゃないですか」
「んー。じゃあ、略してレッタで?」
「ええっ」
「くすくす。だから、好きに呼んでいいってば」
少女は楽しそうに微笑む。
「ヴィオレッタでも、レッタでもいいの。師と、ガーちゃんに呼ばれたら、私は、すぐに振り返るから」
狼先生が、ふんっと鼻を鳴らした。どこか笑っているようにも思えた。
オレは、デレデレ、だ。
「れ、レッタちゃん」
「ガーちゃん、なーに?」
「い、いや、呼んでみただけ、というか」
くすくす、とレッタが笑う。
『とりあえず、二人とも。早く寝なさい。明日は国境を超える予定だからね』
「はーい、師」
「国境、超えるんですか」
『ああ。探してる人物のうちの、二人は王国には居なさそうなんでね』
「その。どんな人を探してるんですか?」
オレは、恐る恐る聞いてみた。
狼はまっすぐオレを見た。黒い目とずっと合う。
『主にレアな術技を持った人物を探していてね』
どうして術技を持った人物を探しているのか、とは聞けなかったが、狼は言葉を続けた。
『どうしても回収したいのは、『生命回復』を持つ聖女アルテミシア。『死霊術』を持つ夜の森のプルメイ。『支配人』のルキ。それから、最後に、スキルを持っていない人間だが──』
『ハルル、という少女だな』
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これからも、楽しめる作品になるように、より邁進いたします!
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