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【05】ヴィオレッタという少女【09】

◆ ◆ ◆


 今日の空へ、煙草の煙を吐き出す。星と月に煙草の雲が薄く掛かってから消えた。

 煙の先に、少女が座っている。

 黒い毛皮を羽織り、黒緑色の髪を撫でる少女。その隣には漆黒の狼が少女を守る様に座っている。


「そういえば、質問してもいいか?」

「ん。なに、ガーちゃん」

「その、キミのこと、なんて呼べばいい?」


 少女と出会って三日目の夜、オレは、少女に訪ねた。

 今は、南の山林地帯を通って東に向かう途中だ。


 オレの質問に少女は、そうだね、と腕を組む。

 と同時に、少女の隣にいた狼が目を丸くした。


『お前、この子の名前も知らずに付いてきてるのか』


「え、まぁ……そうなるけど」


 そう。オレはこの少女と狼と、一緒に旅をしている。


 旅をする理由? それは、なんとなく、としか。

 オレは、先日、死にかけた。


 勇者を騙して安い薬を売って、その薬がきっかけで、ボコボコにされたのだ。


 オレ自身が、怪刻(ガーゴイル)と人間のハーフだから、勇者に殺されても何も言えない。

 そんな、死にかけの所を、助けて貰ったから。

 ……と、いう理由、だけではない。



 

 その時、少女は、オレに何も訊かなかった。から、一緒にいたいと思った。




 変な理由だろ? でも、それが理由なんだ。


 多分、オレが出会った人たちは皆さ。

 『どうして死にかけてるの?』とか『大丈夫?』とか。

 『名前は何?』、『ハーフだから大変ね』とか。

 ありふれた、ことを言うから。


 だから。何も訊かれないってことが、本当に居心地よかった。

 あの時間をくれた少女の隣に、ずっと居たいんだ。


(せんせー)、驚くことないよ。だって私も、その人の名前知らないもん」


『は? いやいや。キミ。いつも、ガーちゃんと呼んでるじゃないか?』


「? それはこの人の顔が、ガーちゃんぽいからそう呼んでるだけ。ガーちゃん、って感じじゃない?」


 そう。理由は特に分からないが、なぜか、オレは少女に、ガーちゃんと呼ばれている。


 怪刻(ガーゴイル)のガーなのか、と思ってはいたが、なんか違うみたいだ。よく分からない。


『おいおい。お互いに名前も知らないで友達になったのか……』


「そうだけど?」


 何日一緒に居るんだ、と狼が溜息を吐く。

 そういえば、この狼は喋るのだ。


『普通、名前やら何やら、相手に聞くだろうに……』


 狼は真っ当なことを言った。

 多分、オレに対しても、少女に対してもだろう。

 オレは、少し申し訳ない顔をすると、少女がくすくす笑った。


(せんせー)は、相手の名前を知ったら友達になれるの?」


 ビリっと空気が震えた気がした。

 少女はおもむろに立ち上がり、オレに近づいてくる。


「名前も、職業も、経歴も。好きな煙草の銘柄や、趣味だって。その人がどういう人か、教えてくれないよ。でもね」


 少女は、オレの顎に、掌で優しく触れた。

 そうか。


 少女にとって、オレの名前とか、過去は気にならないものだった。

 そんなことよりも少女は、オレを。一個人を見つめてくれていた。


 だからか。だから、オレは、この少女に。



「顔を見たら分かる。その人の生き方の全てが、書いてあるから。だから」



 この少女に、強く惹かれているんだ。


「この人とは友達になれる、って思えたの」


 少女はくるりと狼を見る。


「だから。私を。いいえ、私たちを、普通、なんて括りで語るのは、二度としないでよね。(せんせー)


 狼は、鼻を鳴らした。


『……そう怒るな。悪かったよ』

 溜息を吐いた狼は、小さく丸まって眠る。


「あーあ。拗ねちゃった。ごめんね、(せんせー)

 その様子を見て、くすくすと少女は笑う。


 三日、一緒に旅をして、気づいた。

 少女は狼のことを(せんせー)と呼ぶ。実際の所の力関係は、少女の方が上のように見える。

 いや、きっとほぼ確実に、少女が上だ。

 不思議な、二人組だ。


 少女が、オレの顎に置いた手を、まるで羽箒みたいに耳までなぞる。

 体の神経の奥から何とも言えない、気持ちの良いゾクゾクが走った気がする。


 くすくすと少女は笑い、オレのおでこにおでこを当てた。


「ガーちゃん。質問の答えだけど、私のことは、好きに呼んでいいよ」

 私も、ガーちゃんのことは、ガーちゃんって呼ぶから。


 言葉の一つ一つが、甘く、そして、毒のように脈打つ。

 だから、オレは、最初から彼女のことを、菫のような人だと思った。


 オレのいた国では、菫という(スペル)は、スミレとも、トリカブトとも読む。

 だから。


「す……スミレ、って呼んでも、いいか」

 星空を背に、少女はオレを見た。

 作り物のような白い肌が、眩しかった。その首筋が、美しかった。

 アメジストのような目に、何もかもが吸われていくようだった。

 少女は、にっこりと微笑む。



「音が綺麗すぎるから嫌だな」



「好きに呼んでいいって言ってなかったっけっ!?」

『そういう子なんだよ、この子は』

 そうか。オレの認識が違ったかもしれない。

 狼は、力関係が少女の方が上、とかじゃなく、純粋に少女の駄々に構いたくなくて、投げやりだっただけなのかも。


「じゃ、じゃあ、ムラサキさん、とか」

「音がいいけど、私っぽくない」


 なんてこった。


『ヴァイオレットとか、似合うんじゃないか?』

「なんか直球過ぎてやだなぁ」


 少女は楽しそうに笑っている。

 ああ、そうか、と少女は手を叩いた。


「私、ヴィオレッタって名乗るよ。最北(あっちの)国では、スミレって意味だよね」


 ヴィオレッタ。少女は自らにそう名前を付けた。

 くるりとその場で舞う。ああ、合う。しっくりと来る。


『長くて呼び辛くないか?』

「いやいや、狼先生、その長さがいいんじゃないですか」


「んー。じゃあ、略してレッタで?」

「ええっ」


「くすくす。だから、好きに呼んでいいってば」


 少女は楽しそうに微笑む。


「ヴィオレッタでも、レッタでもいいの。(せんせー)と、ガーちゃんに呼ばれたら、私は、すぐに振り返るから」


 狼先生が、ふんっと鼻を鳴らした。どこか笑っているようにも思えた。

 オレは、デレデレ、だ。


「れ、レッタちゃん」

「ガーちゃん、なーに?」

「い、いや、呼んでみただけ、というか」

 くすくす、とレッタが笑う。


『とりあえず、二人とも。早く寝なさい。明日は国境を超える予定だからね』

「はーい、(せんせー)

「国境、超えるんですか」


『ああ。探してる人物のうちの、二人は王国には居なさそうなんでね』


「その。どんな人を探してるんですか?」

 オレは、恐る恐る聞いてみた。

 狼はまっすぐオレを見た。黒い目とずっと合う。


『主にレアな術技(スキル)を持った人物を探していてね』


 どうして術技(スキル)を持った人物を探しているのか、とは聞けなかったが、狼は言葉を続けた。


『どうしても回収したいのは、『生命回復』を持つ聖女アルテミシア。『死霊術』を持つ夜の森のプルメイ。『支配人』のルキ。それから、最後に、スキルを持っていない人間だが──』






『ハルル、という少女だな』





 

◆ ◆ ◆

先日に続き、評価ポイントを付けて頂き、誠にありがとうございます。

こんなに有難く嬉しいことはありません!

これからも、楽しめる作品になるように、より邁進いたします!

今後とも、少しでも楽しい時間になりますように、頑張ります!

何卒よろしくお願い致します!

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