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【18】捕縛【27】




「勝負に水を差すのは無粋ですから、勝敗が決した後に水を差すならいいですよね?」




 それは、青い髪の青年だ。童顔で背も平均男性から少し低め。

 色白で弱々しそうに見える彼の名前はユウ。

 魔族であり、《雷の翼》の一員であった人物。


 だが彼はあまり王国で語られることは少ない。

 それは──彼が魔族の諜者(スパイ)だったことに起因する。

 戦後に彼は勇者たちに有利に働くように情報を操作していたという事実も分かるが、それでもやはり語られることはとても少ない。

 というより意図的に情報は遮断されている。

 重篤な熱狂者(ハルルレベルのヲタク)曰く、ナズクルよりも語れる情報が少ないのである。


 ユウはパチパチと乾いた拍手をして見せた。

「いやぁ、凄い戦いでしたねぇ。二人の本気、こんな特等席で見れて、感激しましたよ。

真剣勝負(ガチバトル)ならルキさんが勝つんですね! 

いやぁ、凄い戦いでした。誰かに話したいですよ」


 本音とも偽りとも取れる笑顔と口調でユウは歌うように言った。

 ルキは眩む視界で、どうにかユウを見続ける。


「ユウ……お前」

 魔王討伐隊《雷の翼》に所属していたユウ・ラシャギリという勇者は。




「死んだ筈じゃ……」




 ユウ・ラシャギリ。

 彼は人魔戦争の途中、《雷の翼》の活躍中期と呼べる頃に、死亡している。


「あー、その経緯説明、長くなるんですよね。

あの時の事情とかも話さなきゃいけないので。

とりあえず端的に言うと、あの死は偽装です、生きてますよ」


「なっ……ん、だと」


「ちなみに、この死の偽装ですが、隊長さんは勿論知ってますよ。

それにナズクルさんにドゥールさんも知ってますよ」


「そっ……く」

 ルキは頭を押さえる。立ち上がれない。


「あ、無理しない方が良いですよ。大丈夫です、ただの睡眠の魔法ですから」


(ただの睡眠魔法っ? 詰まらない嘘をッ……睡眠の中和がさっきから、発動しないっ。

だから、これは、意識混濁っ……麻酔系だっ。くっ、中和の魔法を)


「それ、させませんよ」

 にこやかに微笑んだ青年のような男は、ゆっくり近づいてルキの頭に『輪』を乗せた。

 まるで子供が花冠を作って友達にあげるような優しい仕草で。



 それは鎖だった。白銀に輝くその鎖は、青い刻文字(ルーンドル)が刻まれている。



(これはっ……)



「崩魔術式です。魔法、ほぼほぼ使えなくなりますんで」


 ルキはその場に崩れる。手を伸ばすが、上手く動かない。

 まるで徹夜明けの朝のように、目を開けていられなかった。


「な……ぜだ」


「え?」

「何故……この、場所に。お前が入ってこれた……! 

外からは確かに侵入は可能だが……この場所にナズクルがいるなんて、分からない筈だっ。

外に音を出せない、誰かに助けを呼ぶ方法など……何も、無かった」


「ああ。それに関しては、『ナズクルさんが賭けに勝った』としか言えないですね」

「賭け……?」

 ユウは胸ポケットから何かを取り出し、地面に落とす。

 ルキの前に『それ』は転がった。


 『銃弾』。親指のような大きさの銃弾。


 回転しない頭でもルキはすぐに気付く。

 ナズクルの手銃(ハンドガン)の銃弾だと。


 彼の使う手銃(ハンドガン)は、この世界に流通『していない』。

 『超技術者』により作られたその銃は、五十年は先の技術で作られていると言われている。


 弾丸自体も希少。それを何故、ユウが持っていたのか。


「ボクが式典後にその道を通ったのは偶然に近かったんですよ。

まぁ妙な魔力の流れがあったんで調べはしましたが。

そしたら石畳に銃弾が刺さってたんですよ。

銃撃の痕跡から、撃たれたのは向かいの建物と分かりました。それで見つけたわけです」



(石畳に、銃弾だと。そんなタイミング──いや、あの時か!)



 『乱射』。ルキは思い出した。

 今思えば、合理的な戦闘を主とするナズクルが、唯一『無意味』に思えた行動を取った瞬間があった。



 それは最初。ナズクルをこの場所にルキが拉致した瞬間、破損した建物が再生していった。

 その時に、ナズクルは『弾幕を張るようなただの乱射』を行った。


 建物が再生している時点で、乱射は『弾の無駄』であると理解していた筈だと妙な引っかかりを今更ながらに思い出していた。



(あれは、壁に穴を穿つ為の乱射じゃなく……塞がる前に、外に向けて……救難信号代わりに、撃ったということだったのか……。最初から、外に助けを求めて……)



「あ、ルキさーん、見えてます? あー、もう寝ちゃったかぁ。

この魔法、解除ってどうすれば……あ」


 ユウの背後で、きしきしと氷が擦れ合う様な音がした。


「流石、優しい賢者さんですね。殺す気が無いから、魔法の解除まで設定してあるとは」

 白い煙が地面を這った。

 その魔法は、ルキの意識の消失を引金(トリガー)にし、発動魔法から効力を消し去っていた。


 氷が溶けて水となる。氷の中に閉じ込められていた赤褐色の男はその場に前のめりに倒れた。

 ユウは少し困った顔をしてから、一応、その男ナズクルの口元に手を置く。呼吸はあった。


「とりあえず、どっかに運びましょうかね。

しかし手のかかるリーダーですねぇ、ナズクルさん」

 


 ◆ ◆ ◆



「という経緯がありまして、僕に。『ユウ』に『幽』閉された訳ですよー!」


 空間凍結魔法よりも素早く、世界と時間が凍り付いた。

 ナズクルは腕を組んで目を閉じて、ルキは座った目のままため息を吐いた。


 王国地下『隠し通路内』特別監房。

 檻を隔てて、ナズクルたちとルキは顔を合わせていた。

 監房と言えど、その空間はとても綺麗だった。清潔な白い室内。壁も床も埃一つない。

 ソファも机も置かれており、何なら机の上には果物の山があった。


「殺そうとかは思ってないですよ。とりあえず、おもてなしは友好の証です」

 ルキは鼻で笑う。


「おもてなしだと言うなら、この首輪も変えて欲しいね。

それと衣服ももっとボク好みの物を揃え給えよ。こんな派手な『首輪』を付けずにね」


 ルキはソファに深く座り足を組んだ。

 いつもは身に付けないような派手で鮮やかな赤いワンピース姿。

 そして、その首には無骨な白銀の首輪。

 頬杖を付き、ルキは苛立ちながらナズクルたちを見る。


「懐柔しようたって無駄だぞ。その馬鹿は戦争をしようとしている。止めるのが条理だ」

「あはは、まぁそれはそうなんですけどね」

「それと。驚いたし、軽蔑したよ。まさかキミまで、そちら側とはな」


 ナズクルの前に座る女性を、ルキは睨みつけた。


「ウィン・アルテミシア」


 ルキが吐き捨てるようにその名前を言った。

 桃色髪の聖女──ウィンは、困ったように微笑んだ

「ごめんねぇ、ルキちゃん。ただねー、違うさー……。

ウチはね。どっちの味方とかでも無いんさー……」

「そちらに座っているくせに、何を言ってるんだか」

「それは、そうだけどもねー……」


「で──本題は何だ。討伐隊の同窓会という訳じゃないんだろう」


「ああ。そうとも」

 ナズクルは指を組んだ。





「単刀直入に言う。俺たちに協力しろ。ルキ」





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